『武田真翔です。よろしくお願いします』
武田くんと出会ったのは、高校一年生の終わり、二年生になる前の春休みのこと。
高校一年間をどうにかやり過ごせた僕は、両親の許しを得てフェリーチェのアルバイト面接に見事合格。ドキドキの初日、僕の指導役として紹介されたのが、この辺りでは有名な進学校に通う同い年の武田くんだった。
僕より半年以上前の高一の夏休みからフェリーチェで働いている先輩だ。
『あ、僕とは生きてる世界が違うひとだ』
第一印象はそんな感じ。世間一般でいうところの、イケメンという部類のひと。顔が整っているだけじゃない。身長は百八十三センチと僕より十センチ以上も高いし、顔も小さくて手足が長くてモデルみたいで、どこをとってもケチのつけようがないイケメン。
最初は苦手かも、と思った僕だけど、話してみると彼の印象はひっくり返った。
とにかく、武田くんは物腰柔らかで優しい。
僕が覚えが悪くて同じミスをしてしまっても、怒らないしフォローして、さらには励ましてくれる。本当に優しい先輩で、懇切丁寧に僕に仕事内容を教えてくれた。
そして、話しているうちに同じアプリゲームをしていることを知って以来、僕たちはバイト終わりやバイトがない日の放課後にも、時折会っては一緒にゲームをやるまでの仲になっていた。
『そういえば、今コラボやってる星七のやつ出た』
『えっ、本当⁉ すごい! 僕貯めてたダイヤ全部つぎ込んだんだけどダメだった……』
『もしよかったら、俺の持ってないキャラと交換してくれない?』
『えっ、いいよそんな! だってこれ星七だよ? めっちゃ使えるスキルだから武田くんが使えばいいよ』
『遠慮しなくていいって。だって、相良くんの好きなキャラでしょ』
『お、覚えててくれたの……?』
今回のコラボは僕の好きなアニメで、さらに星七のキャラはその中でも一番好きなキャラだった。前になにかでアニメの話が出たときにちらっと好きだと言った記憶は確かにあるけれど……。まさかあんな世間話程度に交わした内容を覚えていてくれたなんて。
ちょっとびっくりする僕に武田くんは、柔らかな笑みをその整った顔に浮かべたのだった。
バイト終わりにたまに寄るファミレスでは、僕がおろしハンバーグとチーズインハンバーグで決めかねていると、「じゃぁ俺がおろし頼むから、半分こしよう」と提案してくれたこともある。
それに、テスト勉強でわからないところがあるって言ったら、バイトがない日なのに僕のバイト上がりに合わせて来てくれたことも、僕の好きな漫画のコラボカフェに嫌な顔一つせずに付き合ってくれたことも……。
え……。ちょっと待って。
僕は、再び激しくなる動悸に思わずシャツの上から胸を押さえた。
武田くんは、すごく優しいひとだと思ってたんだけど……、その優しさにはもしかしたらすでに恋愛的な意味が込められていたかもしれないってこと?
い、一体いつから……。
考えたって、全然わからない。
「うわぁ……」
これまでの武田くんの数々の優しさエピソードが次々に思い出されて、胸がぎゅんって音を鳴らす。
とくにここ最近の武田くんは、言われてみればいつにも増して優しかったかもしれない。
全然気づかなかった……。
当たり前のように、「友だち」としての優しさだと思い込んでいたから。
頬の熱が、ぐんぐん上昇してきて、僕の脳みそが沸騰してしまいそうだ。
いつの間にか発車していた電車の中、それ以上考えたら倒れてしまいそうで、僕は思考を停止しようと試みる。
だけど、もう手遅れだったみたい。
僕の頭の中は、あちこち武田くんに占領されてしまって、もう武田くんのことしか考えられなくなっていた。