パソコン室の前で少し待っていると、鍵を持った大晴が戻ってきた。
「お待たせ。メンバーも揃ったし、すぐに上映始めよう」
パソコン室に入ると、大晴が家から持ってきたノートパソコンとプロジェクターを準備する。
蒼月と並んで椅子に座って待っていると、パソコン室の前のホワイトボードに映像が映り、電気が消えた。
真夏の青い空とわたし達の自宅の近くの公園の風景が、騒がしい蝉の声とともにざあーっと流れていき、引きで撮られた制服姿のわたしと蒼月に少しずつカメラが近付いてくる。
ジー、ジーと五月蝿い蝉の声。顔を寄せ合ってちょっと恥ずかしそうに笑っているわたしと蒼月。
このシーンを撮ったのは、映画撮影が始まってすぐの頃。物語のなかの陽咲と蒼月は事故に遭う前で、夏休みの計画を話しながら幸せな時を過ごしている。
『じゃあ、明日ね』
『うん、明日』
わたしと蒼月が手を振り合うと、画面にはまぶしい真夏の空が映される。
『消えていく君のカケラと、進まない僕の時間』
あざやかなブルースカイに、白文字でゆっくりと映画のタイトルが浮かびあがっていく。そこまでの演出は、かなりよくできていて正直驚いた。
「陽咲の予想を超えた仕上がりになってる」と、大晴が自信たっぷりに笑っていただけのことはある。プロジェクターのそばで映像を見ている大晴のほうを見ると、わたしの視線に気付いた彼がにんまりと口角を引き上げる。この先も期待してろとでも言いたげな笑顔だ。
蒼月と恋人役を演じている映画なんて恥ずかしくて見られないかと思ったけれど、大晴の編集がうまいのか、最初に自分が写ったときの羞恥心は少なかった。
映画は映画。現実とは違う。たしかに、大晴が言っていたとおりだ。
やがて映画タイトルのテロップが夏空に吸い込まれて溶けるように消え、シーンは病院の個室(実際には学校の保健室だったけど)へと移り変わる。そこで、ベッドで目覚めた陽咲と蒼月が顔を合わせる。
夏休みが始まってすぐのデートで事故に遭ったこと、自分の記憶が欠けていること、恋人がすでに亡くなっていること。そういう事実を知らないままに、陽咲は蒼月とタイムリミット付きの恋をする。
駅前での待ち合わせ。ふたりで歩く帰り道。夏の夜の公園での花火。海でのデート。沈む夕陽とともに告げた「好き」の気持ち。
流れるように移り変わっていくシーンを見ていると、撮影中に感じたいろいろな気持ちが蘇ってきて、胸がジンと熱くなる。
撮影中は恥ずかしいと思うこともたくさんあったけど、今年の夏休みは蒼月との思い出がたくさんできた。現実のわたしではなく、映画の中の陽咲としての思い出だけど。だからこそ、ひとつひとつのシーンが記憶に残るように瞼の裏にしっかりと焼き付ける。
どうか、この記憶だけはわたしの中から消えてしまわないように。そう願って……。
一時間半なんて長すぎると思ったけれど、ストーリーはあっという間に進んでいき、海での告白で記憶を取り戻した陽咲の前から幽霊になった恋人は消えてしまう。
蒼月の姿がゆっくりと夕暮れの海の背景に溶けていくところは、想像以上にうまく編集をしてあった。消えていく蒼月の、最後まで愛おしそうに陽咲を見つめるまなざしに、溢れる涙を押さえきれない。
隣の蒼月を気にしながらズビッと鼻をすすると、蒼月は真面目な顔で食い入るようにスクリーンを見つめていた。その横顔が綺麗で、思わずドキッとして視線をはずす。
幽霊の蒼月が消えてしまったあとで、彼の弟役だった涼晴がようやくスクリーンに登場する。弟役の涼晴と陽咲が会って話すシーンは、夏祭りのあとに撮った。
陽咲がひとりで語るラストシーンも、夏祭りのあとに大晴と涼晴と三人で撮っている。
映画のラストで、陽咲は、生きているときの蒼月が告白してくれた思い出の場所に行く。
元々の映画の台本では、そのシーンは遊園地の観覧車。グラデーションの綺麗な空を背景に、ヒロインが独白をする。だけど、わたしは大晴に頼んでこのシーンの撮影場所を別のところに変えてもらった。
わたしが選んだ撮影場所は、小学生のときに蒼月とホタルを見た河原。
ラストシーンをそこで撮ってほしいとお願いすると、大晴は少し不思議そうだったけれど、理由までは深く追求してこなかった。
このシーンの撮影場所が台本と変わっていることを知っていることを蒼月は知らない。
最後のシーンで見慣れた河原の風景が映った瞬間、隣で空気の揺れる気配がした。
空が茜色に染まる夕暮れとき。河原にひとりで立つ陽咲に焦点があたり、消えてしまった恋人へ最後の想いを語る。
『君がわたしのそばにいなくても、君がわたしのそばにいてくれたことはずっと忘れないよ……。声も笑顔も触れたときの温かさも、記憶はいつか薄れてしまうかもしれないけど……。君への気持ちだけは一生覚えてる。だから、またいつか会えたときには伝えるね。大好きだよ――。ずっと、大好き』
このシーンの、このセリフを言うときは、涼晴が用意していたカンペをちらりとも見なかった。
一発で、大晴のオッケーが出た。
ひとつひとつの言葉をゆっくりと丁寧に唇にのせながら、想いを伝えたいと頭に思い描いていた人はただひとり。
スクリーンに映る陽咲に、現実のわたしの姿が重なって泣きそうになる。
映画を撮影しているときもたまに変な錯覚を起こすことがあったけど、あらためて編集された映像を見せられるとなおさら思う。
この映画は、まるでわたしの蒼月への気持ちをストーリーにしたみたいだ。もちろん蒼月は幽霊じゃないし、ちゃんと隣にいるけれど。
蒼月は、この映画とラストシーンをどう思っただろう。そっと横目に見ると、暗がりの中で蒼月の目元がキラリと光る。その光の粒が、蒼月の頬を静かにすーっと流れていった。
え、今の――。
焦ってスクリーンに視線を戻したわたしの心臓が、ドクドクと音をたてる。
見間違いでなければ、蒼月の目から零れたのは涙の雫だった。
陽咲の独白が終わって、スクリーンには大晴が好きなアーティストの曲とともにエンドロールが流れ始めている。海でわたしが何気なく撮ったみんなが戯れて遊んでいるシーンが、短く切り取られて細切れに移り変わる。
青春って雰囲気の楽しそうなみんなの笑顔。それをぼんやりと眺めるわたしの鼓動はドクドクと高鳴っていて、今にも過呼吸を起こしそうだ。
蒼月は小さな頃から人見知りで引っ込み思案で、感情の起伏があまり大きくない。特に中学生以降は基本的に無表情でいることが多くて、一般的に感動できる映画やドラマを見てもそう簡単に泣くタイプじゃない。だから、本当にびっくりしていた。蒼月が陽咲の独白のあとに泣いていたことに。
BGMの音がだんだんと小さくなっていってエンドロールが終わると、『The End』のテロップが浮かんで静かに映像が消える。すぐに部屋が明かるくなって、目の前がチカチカして変な感じがした。
「どうだった?」
プロジェクターの電源を切りながら、大晴が自信たっぷりな笑顔で振り向く。
「よかった。すごく……」
わたしよりも先に、噛みしめるように感想を口にしたのは蒼月だった。ドキドキしながら振り向くと、さっきはたしかに見えたと思った涙は消えていた。
「陽咲は? 予想以上の出来だっただろ」
蒼月の感想に満足そうに頷いた大晴が、にこっとわたしに笑いかけてくる。
「そうだね。たしかに、予想以上だった。すごい良かったよ。わたしのヘタクソな演技が大晴の編集によってだいぶカバーされてた」
「まあ、そうだな。最初のほうに撮ってるシーンはいいところを頑張って繋げたから。でも後半とかラストのシーンは陽咲の演技もいい感じだったよ。な、蒼月」
そこで大晴が、なぜか蒼月に意見を求める。どうして、って思ったけど、わたしのほうを振り向いた蒼月はとても優しい目をして笑ってくれた。
「うん。花火のシーンも海のシーンも、いつもの陽咲っぽくて良かったと思うよ。僕はすごく好きだった」
他意なく口にしたであろう「好き」の言葉。それが幼なじみとしての好意だとわかっていても、胸がさわぐ。
でも、それを悟られたらいけない。蒼月にも大晴にも。
だからわたしは、幼なじみとして蒼月に笑い返した。
「ありがとう」
これで、良かったんだよね……。
自分を納得させるように心の中でつぶやきながら。
「お待たせ。メンバーも揃ったし、すぐに上映始めよう」
パソコン室に入ると、大晴が家から持ってきたノートパソコンとプロジェクターを準備する。
蒼月と並んで椅子に座って待っていると、パソコン室の前のホワイトボードに映像が映り、電気が消えた。
真夏の青い空とわたし達の自宅の近くの公園の風景が、騒がしい蝉の声とともにざあーっと流れていき、引きで撮られた制服姿のわたしと蒼月に少しずつカメラが近付いてくる。
ジー、ジーと五月蝿い蝉の声。顔を寄せ合ってちょっと恥ずかしそうに笑っているわたしと蒼月。
このシーンを撮ったのは、映画撮影が始まってすぐの頃。物語のなかの陽咲と蒼月は事故に遭う前で、夏休みの計画を話しながら幸せな時を過ごしている。
『じゃあ、明日ね』
『うん、明日』
わたしと蒼月が手を振り合うと、画面にはまぶしい真夏の空が映される。
『消えていく君のカケラと、進まない僕の時間』
あざやかなブルースカイに、白文字でゆっくりと映画のタイトルが浮かびあがっていく。そこまでの演出は、かなりよくできていて正直驚いた。
「陽咲の予想を超えた仕上がりになってる」と、大晴が自信たっぷりに笑っていただけのことはある。プロジェクターのそばで映像を見ている大晴のほうを見ると、わたしの視線に気付いた彼がにんまりと口角を引き上げる。この先も期待してろとでも言いたげな笑顔だ。
蒼月と恋人役を演じている映画なんて恥ずかしくて見られないかと思ったけれど、大晴の編集がうまいのか、最初に自分が写ったときの羞恥心は少なかった。
映画は映画。現実とは違う。たしかに、大晴が言っていたとおりだ。
やがて映画タイトルのテロップが夏空に吸い込まれて溶けるように消え、シーンは病院の個室(実際には学校の保健室だったけど)へと移り変わる。そこで、ベッドで目覚めた陽咲と蒼月が顔を合わせる。
夏休みが始まってすぐのデートで事故に遭ったこと、自分の記憶が欠けていること、恋人がすでに亡くなっていること。そういう事実を知らないままに、陽咲は蒼月とタイムリミット付きの恋をする。
駅前での待ち合わせ。ふたりで歩く帰り道。夏の夜の公園での花火。海でのデート。沈む夕陽とともに告げた「好き」の気持ち。
流れるように移り変わっていくシーンを見ていると、撮影中に感じたいろいろな気持ちが蘇ってきて、胸がジンと熱くなる。
撮影中は恥ずかしいと思うこともたくさんあったけど、今年の夏休みは蒼月との思い出がたくさんできた。現実のわたしではなく、映画の中の陽咲としての思い出だけど。だからこそ、ひとつひとつのシーンが記憶に残るように瞼の裏にしっかりと焼き付ける。
どうか、この記憶だけはわたしの中から消えてしまわないように。そう願って……。
一時間半なんて長すぎると思ったけれど、ストーリーはあっという間に進んでいき、海での告白で記憶を取り戻した陽咲の前から幽霊になった恋人は消えてしまう。
蒼月の姿がゆっくりと夕暮れの海の背景に溶けていくところは、想像以上にうまく編集をしてあった。消えていく蒼月の、最後まで愛おしそうに陽咲を見つめるまなざしに、溢れる涙を押さえきれない。
隣の蒼月を気にしながらズビッと鼻をすすると、蒼月は真面目な顔で食い入るようにスクリーンを見つめていた。その横顔が綺麗で、思わずドキッとして視線をはずす。
幽霊の蒼月が消えてしまったあとで、彼の弟役だった涼晴がようやくスクリーンに登場する。弟役の涼晴と陽咲が会って話すシーンは、夏祭りのあとに撮った。
陽咲がひとりで語るラストシーンも、夏祭りのあとに大晴と涼晴と三人で撮っている。
映画のラストで、陽咲は、生きているときの蒼月が告白してくれた思い出の場所に行く。
元々の映画の台本では、そのシーンは遊園地の観覧車。グラデーションの綺麗な空を背景に、ヒロインが独白をする。だけど、わたしは大晴に頼んでこのシーンの撮影場所を別のところに変えてもらった。
わたしが選んだ撮影場所は、小学生のときに蒼月とホタルを見た河原。
ラストシーンをそこで撮ってほしいとお願いすると、大晴は少し不思議そうだったけれど、理由までは深く追求してこなかった。
このシーンの撮影場所が台本と変わっていることを知っていることを蒼月は知らない。
最後のシーンで見慣れた河原の風景が映った瞬間、隣で空気の揺れる気配がした。
空が茜色に染まる夕暮れとき。河原にひとりで立つ陽咲に焦点があたり、消えてしまった恋人へ最後の想いを語る。
『君がわたしのそばにいなくても、君がわたしのそばにいてくれたことはずっと忘れないよ……。声も笑顔も触れたときの温かさも、記憶はいつか薄れてしまうかもしれないけど……。君への気持ちだけは一生覚えてる。だから、またいつか会えたときには伝えるね。大好きだよ――。ずっと、大好き』
このシーンの、このセリフを言うときは、涼晴が用意していたカンペをちらりとも見なかった。
一発で、大晴のオッケーが出た。
ひとつひとつの言葉をゆっくりと丁寧に唇にのせながら、想いを伝えたいと頭に思い描いていた人はただひとり。
スクリーンに映る陽咲に、現実のわたしの姿が重なって泣きそうになる。
映画を撮影しているときもたまに変な錯覚を起こすことがあったけど、あらためて編集された映像を見せられるとなおさら思う。
この映画は、まるでわたしの蒼月への気持ちをストーリーにしたみたいだ。もちろん蒼月は幽霊じゃないし、ちゃんと隣にいるけれど。
蒼月は、この映画とラストシーンをどう思っただろう。そっと横目に見ると、暗がりの中で蒼月の目元がキラリと光る。その光の粒が、蒼月の頬を静かにすーっと流れていった。
え、今の――。
焦ってスクリーンに視線を戻したわたしの心臓が、ドクドクと音をたてる。
見間違いでなければ、蒼月の目から零れたのは涙の雫だった。
陽咲の独白が終わって、スクリーンには大晴が好きなアーティストの曲とともにエンドロールが流れ始めている。海でわたしが何気なく撮ったみんなが戯れて遊んでいるシーンが、短く切り取られて細切れに移り変わる。
青春って雰囲気の楽しそうなみんなの笑顔。それをぼんやりと眺めるわたしの鼓動はドクドクと高鳴っていて、今にも過呼吸を起こしそうだ。
蒼月は小さな頃から人見知りで引っ込み思案で、感情の起伏があまり大きくない。特に中学生以降は基本的に無表情でいることが多くて、一般的に感動できる映画やドラマを見てもそう簡単に泣くタイプじゃない。だから、本当にびっくりしていた。蒼月が陽咲の独白のあとに泣いていたことに。
BGMの音がだんだんと小さくなっていってエンドロールが終わると、『The End』のテロップが浮かんで静かに映像が消える。すぐに部屋が明かるくなって、目の前がチカチカして変な感じがした。
「どうだった?」
プロジェクターの電源を切りながら、大晴が自信たっぷりな笑顔で振り向く。
「よかった。すごく……」
わたしよりも先に、噛みしめるように感想を口にしたのは蒼月だった。ドキドキしながら振り向くと、さっきはたしかに見えたと思った涙は消えていた。
「陽咲は? 予想以上の出来だっただろ」
蒼月の感想に満足そうに頷いた大晴が、にこっとわたしに笑いかけてくる。
「そうだね。たしかに、予想以上だった。すごい良かったよ。わたしのヘタクソな演技が大晴の編集によってだいぶカバーされてた」
「まあ、そうだな。最初のほうに撮ってるシーンはいいところを頑張って繋げたから。でも後半とかラストのシーンは陽咲の演技もいい感じだったよ。な、蒼月」
そこで大晴が、なぜか蒼月に意見を求める。どうして、って思ったけど、わたしのほうを振り向いた蒼月はとても優しい目をして笑ってくれた。
「うん。花火のシーンも海のシーンも、いつもの陽咲っぽくて良かったと思うよ。僕はすごく好きだった」
他意なく口にしたであろう「好き」の言葉。それが幼なじみとしての好意だとわかっていても、胸がさわぐ。
でも、それを悟られたらいけない。蒼月にも大晴にも。
だからわたしは、幼なじみとして蒼月に笑い返した。
「ありがとう」
これで、良かったんだよね……。
自分を納得させるように心の中でつぶやきながら。