(ずっと……傍にいてくれた?)
悠真様が、私の布団に顔を伏せているのは見て分かる。
私が体を起こし辛かった原因は、悠真様の重さが私の体に乗っかっていたからだって分かるけど……。
「っ」
直接、体に触れられたわけじゃない。
掛け布団を挟んだ上で、悠真様は私の脚に体を預けるかたちになっていた。
薪ストーブの心地よさに屈した悠真様が、掛け布団の上で睡魔に襲われたってことは想像できる。想像できる。想像できるけれど……。
(恥ずかしい……)
無性に、なぜか、恥ずかしくなった。
私の脚と、悠真様の体の間には掛け布団の存在がある。
それなのに、まるで悠真が私の脚に直接触れているかのような恥ずかしさが込み上げてくる。
「ん……」
声は、なるべく出さないように心がけた。
平常心を装った。
でも、心音だけは抑え切れなかった。
そのせいかもしれない。
「んんー……」
「……筒路森様?」
激しく動く心臓の音が、もしかすると悠真様の鼓膜に届いてしまったのかもしれない。
私の心臓に悠真様の耳を当てているわけでもないのに、私の心臓音があまりにも激しすぎて悠真様まで届いてしまったのかもしれない。
「朝……?」
「朝……ではないと思います」
障子戸の向こうから、太陽の光が差し込んでこない。
閉じられた部屋で得た時間の感覚が、紫純琥珀蝶が好む夜の時間がやってきたのだと告げてくる。
「ああ、悪い、寝過ぎた」
寝惚け眼の悠真様。
初めて見る悠真様のぼんやりとした様子に、なんだか可愛さのようなものを感じてしまった。
「お疲れですか」
悠真様の意識が覚醒していないのをいいことに、私は悠真様の頭をなるべく優しい手つきで撫でてみた。
幼い子どもたちの頭を撫でるような感じで失礼だとは思っても、彼に触れたいという厚かましい願いを抱いてしまった。
「筒路森さ……」
「いいな」
私が悠真様を呼んだら、悠真様からは不思議な言葉が返ってきた。
「何が……ですか……?」
私の問いかけに、悠真様は返事をくれない。
何度か瞬きを繰り返した後に、悠真様は名残惜しそうにゆっくりと体を起こした。
そして私は、体を起こした悠真様の頭を撫でることができなくなった。
「一緒に暮らしてると、何が幸せなのか分からなくなる」
寝起きで頭を働かせることができないだけだと思っていたけど、悠真様の喋り口調はとてもしっかりしていた。
眠そうに見えたのは悠真様の瞳だけで、意識ははっきりしていたのかもしれない。
「申し訳ございません!」
「結葵?」
勝手に頭を撫でて、ごめんなさい。
何に謝罪しているかを伝えないといけないのに、私は自分が犯した行動すら言葉にできなくなっていた。混乱しているのは、私の方だった。
「あの……」
言葉に詰まる。
訳の分からない謝罪は、悠真様を困らせるしかできない。
「意外と気持ちいいと思ったけどな」
「え」
「頭を撫でてもらえて」
「っ、大変申し訳ございませんでした……!」
謝罪するときの頭の角度がどうとか、紫純琥珀蝶と出会う前の私なら筒路森の婚約者に相応しい教育を受けてきたはず。
それなのに、ただただ謝りたいという気持ちが先走って、腰が折れ曲がりそうなそうな角度で謝罪の言葉を紡いでしまった。
「ふふっ、ははっ」
朗らかに笑う声。
知的な印象を細いフレームの眼鏡の向こう側に待っている優しい瞳は、戸惑いを隠しきれない私のことを引き込んだ。
「あの、失礼があったときに謝るのは当然のことかと……」
「そうだな、結葵の言うことに間違いはない」
整った顔立ちをされているだけでも困るのに、悠真様から穏やかな笑みが絶えることはない。
「いや、ふふっ、悪かったな……」
私の滑稽な姿を見て、悠真様が笑い声を上げているのが分かる。
「結葵の勘違いを解くところから始めないとだな」
悠真様は私の頭に手を置き、指先で優しく髪を梳いた。
「俺は結葵に頭を撫でられたことを、不快には思っていない」
彼の表情は穏やかで、決して誰かを咎めるときに見せるような顔ではないことが分かる。
「謝るところではないと、理解してもらえたか」
筒路森のご当主様は二十歳になられたばかりとはいえ、彼が積み重ねてきた経験からくる優しさを包容力の深さにどうしたらいいか分からなくなる。
「はい……」
私だって十六年という年月を歩んできたはずなのに、一畳分で得られる経験なんてたかが知れていると恥ずかしい。
「無理をしないで、自分の速度で歩めばいい」
心の中を見透かされているような、その言葉。
胸の奥が温かくなるのを感じたけれど、四歳差の空白への恥じらいを消すことができない。
悠真様が、私の布団に顔を伏せているのは見て分かる。
私が体を起こし辛かった原因は、悠真様の重さが私の体に乗っかっていたからだって分かるけど……。
「っ」
直接、体に触れられたわけじゃない。
掛け布団を挟んだ上で、悠真様は私の脚に体を預けるかたちになっていた。
薪ストーブの心地よさに屈した悠真様が、掛け布団の上で睡魔に襲われたってことは想像できる。想像できる。想像できるけれど……。
(恥ずかしい……)
無性に、なぜか、恥ずかしくなった。
私の脚と、悠真様の体の間には掛け布団の存在がある。
それなのに、まるで悠真が私の脚に直接触れているかのような恥ずかしさが込み上げてくる。
「ん……」
声は、なるべく出さないように心がけた。
平常心を装った。
でも、心音だけは抑え切れなかった。
そのせいかもしれない。
「んんー……」
「……筒路森様?」
激しく動く心臓の音が、もしかすると悠真様の鼓膜に届いてしまったのかもしれない。
私の心臓に悠真様の耳を当てているわけでもないのに、私の心臓音があまりにも激しすぎて悠真様まで届いてしまったのかもしれない。
「朝……?」
「朝……ではないと思います」
障子戸の向こうから、太陽の光が差し込んでこない。
閉じられた部屋で得た時間の感覚が、紫純琥珀蝶が好む夜の時間がやってきたのだと告げてくる。
「ああ、悪い、寝過ぎた」
寝惚け眼の悠真様。
初めて見る悠真様のぼんやりとした様子に、なんだか可愛さのようなものを感じてしまった。
「お疲れですか」
悠真様の意識が覚醒していないのをいいことに、私は悠真様の頭をなるべく優しい手つきで撫でてみた。
幼い子どもたちの頭を撫でるような感じで失礼だとは思っても、彼に触れたいという厚かましい願いを抱いてしまった。
「筒路森さ……」
「いいな」
私が悠真様を呼んだら、悠真様からは不思議な言葉が返ってきた。
「何が……ですか……?」
私の問いかけに、悠真様は返事をくれない。
何度か瞬きを繰り返した後に、悠真様は名残惜しそうにゆっくりと体を起こした。
そして私は、体を起こした悠真様の頭を撫でることができなくなった。
「一緒に暮らしてると、何が幸せなのか分からなくなる」
寝起きで頭を働かせることができないだけだと思っていたけど、悠真様の喋り口調はとてもしっかりしていた。
眠そうに見えたのは悠真様の瞳だけで、意識ははっきりしていたのかもしれない。
「申し訳ございません!」
「結葵?」
勝手に頭を撫でて、ごめんなさい。
何に謝罪しているかを伝えないといけないのに、私は自分が犯した行動すら言葉にできなくなっていた。混乱しているのは、私の方だった。
「あの……」
言葉に詰まる。
訳の分からない謝罪は、悠真様を困らせるしかできない。
「意外と気持ちいいと思ったけどな」
「え」
「頭を撫でてもらえて」
「っ、大変申し訳ございませんでした……!」
謝罪するときの頭の角度がどうとか、紫純琥珀蝶と出会う前の私なら筒路森の婚約者に相応しい教育を受けてきたはず。
それなのに、ただただ謝りたいという気持ちが先走って、腰が折れ曲がりそうなそうな角度で謝罪の言葉を紡いでしまった。
「ふふっ、ははっ」
朗らかに笑う声。
知的な印象を細いフレームの眼鏡の向こう側に待っている優しい瞳は、戸惑いを隠しきれない私のことを引き込んだ。
「あの、失礼があったときに謝るのは当然のことかと……」
「そうだな、結葵の言うことに間違いはない」
整った顔立ちをされているだけでも困るのに、悠真様から穏やかな笑みが絶えることはない。
「いや、ふふっ、悪かったな……」
私の滑稽な姿を見て、悠真様が笑い声を上げているのが分かる。
「結葵の勘違いを解くところから始めないとだな」
悠真様は私の頭に手を置き、指先で優しく髪を梳いた。
「俺は結葵に頭を撫でられたことを、不快には思っていない」
彼の表情は穏やかで、決して誰かを咎めるときに見せるような顔ではないことが分かる。
「謝るところではないと、理解してもらえたか」
筒路森のご当主様は二十歳になられたばかりとはいえ、彼が積み重ねてきた経験からくる優しさを包容力の深さにどうしたらいいか分からなくなる。
「はい……」
私だって十六年という年月を歩んできたはずなのに、一畳分で得られる経験なんてたかが知れていると恥ずかしい。
「無理をしないで、自分の速度で歩めばいい」
心の中を見透かされているような、その言葉。
胸の奥が温かくなるのを感じたけれど、四歳差の空白への恥じらいを消すことができない。