「悠真さ……」
「第二令嬢が、記憶を失ったあとの世界でも生きていけるように……筒路森としても、配慮していくつもりだ」
言葉にならない感情を、どうすればいいのかと焦る私に対して。
年上の彼は、いつも先へ先へと誘ってくれる。
「妹の記憶を消したことを、罪として背負うな」
「でも、妹の人生を勝手に決めたのは私……」
「筒路森も、同じだ」
私が涙を浮かべそうになると、彼は私の手を握り締めてくれる。
まるで私の涙が溢れる時機を把握しているのではないかと思ってしまうほど、彼は私の先へ先へと歩みを進めていく。
「依頼された通りに、記憶を消す。それで財を成してきたのが、筒路森だからな」
罪の意識に震えてしまわないように、彼はしっかりと私と手を繋いでくれる。
「罪として裁かれない罪を、俺にも託してくれ」
世間から恐れられていた筒路森が最強であることに間違いはないけれど、その最強を手に入れるために彼が孤独を背負ってきたことに気づかされる。
「私にも、託してくださいますか?」
繋ぐ手に力を込めると、彼の瞳が涙で揺らいだ気がした。
「私にも、悠真様を守らせてください」
きっと彼が、私の前で泣くことはないかもしれない。
けれど、彼が孤独に追いやられたときは、必ず私が自身の熱で彼の孤独を包み込みたい。その想いだけは消えることのないように、彼に誓いを立てる。
「蝶と共鳴できる結葵に、隠しごとはできないだろ」
「はい。これからも蝶を介して、悠真様のお話をいっぱい伺います」
北白川の外に出る事で、彼の強さと優しさに触れてきた。
彼がいたから、私は忌み嫌われてきた力を受け入れることができるようになった。
「それが嫌なら、これからも私とお話ししてください」
「これこそ、最強というのかもしれないな」
互いの瞳が涙で揺らいでいないことを確認し合って、私たちは互いに穏やかな笑みを浮かべる。
「任務に赴く前に、付き合ってもらいたい場所があるんだが」
「どこまでも、お供しますよ」
悠真様は、私が歩く速度に合わせてくれた。
私だけが置いていかれることのないように、彼は私のことを常に気遣ってくださる。
「想像以上に、筒路森の庭園は広いのですね」
「それだけ、多額の金を受け取ってると思ってくれ」
自虐的な言い回しだけれど、彼の声に悲観的な感情は含まれていなかった。
彼の声には不安を与えない安心感があると心が気づくと、彼は繋ぐ手に力を込めてくれた。
そこに痛みなんてものは感じず、深く繋がる右手に心が揺れるのを感じた。
「どなたのお墓……」
濃い紫と、淡い紫の花が対照的に並置されている場所へと辿り着いた。
淡い紫は紫純琥珀蝶の色を思い起こすはずなのに、目に映るすべての紫を美しいと思った。
こんなにも人の心を引きつける紫が、この世に存在したことに胸を打たれた。
「紫純琥珀蝶の墓だ」
国の偉い方が亡くなったのではないかと思ってしまうほど大きな墓石を前に、彼は純白の花を供えた。
「結葵も、弔ってくれるか」
濃い紫と淡い紫の中に、歪な白が混ざる。
でも、その光景にすら私は心を奪われた。
悠真様が私のためを想って行動してくださるすべてを、どう思考を切り替えたところで不快になんて思うことができない。
「私のために、蝶の墓を建ててくださったのですね」
「そんなに立派な話ではないさ」
悠真様の隣に並んで、お墓の中に眠る蝶を弔う。
初さんと来栖さんが、私たちと一緒に蝶の墓参りをすることがないという意味を噛み締める。
「蝶を狩る側の方が、お墓参りをするのは……とても勇気が要ることだと思います」
私のために用意された墓が、どういう意味を持つか。
ここにはいない狩り人二人の態度を見て、察していく。
紫純琥珀蝶の墓を立てること自体が、快く思われていないということを。
「多くの反対があったのでは?」
他人の幸せというものが、どういうものなのかは分からない。
他人の幸せなのだから、他人に尋ねてみるしか答えを得ることはできない。
「……ありがとうございます、悠真様」
外部の人間が悠真様の幸せとは何かと考えたところで、永遠に答えは導き出されない。
それでも彼の幸せとはなんなのかを考えてしまうのは、私の日常に彼が入り込んでしまっているからだと思う。
こうして彼の傍にいる毎日が、私にとっての当たり前になっていくのかもしれない。
「蝶が弔うべき存在なのか、ぞんざいに扱うべき存在なのか」
紫純琥珀蝶という紫色の蝶々が飛び交うようになった。
ただの薄紫色の蝶々なら良かったのに、紫純琥珀蝶はただの蝶々になることができなかった。
「私も、よくわかっていません」
広がる紫たちを、優しく見守ってくれている漆黒の空へと目を向ける。
昼の時間帯に、紫の蝶が飛び交うことは滅多にない。
薄暗い時間帯になって、ようやく蝶たちは目を覚ます。
「蝶は、私に味方をしろとも言っていません」
どんなに空へ熱い視線を注いだところで、きっと蝶の姿を見つけることはできない。
私は蝶に、何も尋ねることができないということ。
「私が選んでいいのだと……勝手に解釈しています」
ここからは、私が物語を紡ぐ番だということ。
「悠真様」
「ああ」
「私を、欲してください」
一瞬だけ、悠真様の瞳が、私を心配する瞳へと変わった。
でも、すぐに口角を上げて、心配を取り払うために彼は笑ってくださる。
「結葵が、必要だ」
私は、彼の力になるためだけに生きていきたい。
悠真様を悲しませるような振る舞いを謹んで、私は私を大切に扱ってくれる人のために尽くしていきたい。
「ありがとうございます」
世界で一番優しい政略結婚。
私は、私を大切に扱ってくれる人の手を取った。
「結葵」
同じ時は続かない。
自然が姿を変えて生きるように、私たち人間も変わっていく。
「抱き締めてもいいか」
だから、ずっと一緒にはいられない。いつかは離れてしまう関係。
同じままでは、変わらないままではいられない。
「抱き締めてください、悠真様」
変わっていく。
変わっていくのが当たり前。
だけど。
せめて、命尽きるときが来るまでは、私は彼と共に生きていきたい。
「結葵は、あたたかいな」
「悠真様も、あたたかいですよ」
叶わない願いかもしれないけど、今は、今だけは、願っていきたい。
「第二令嬢が、記憶を失ったあとの世界でも生きていけるように……筒路森としても、配慮していくつもりだ」
言葉にならない感情を、どうすればいいのかと焦る私に対して。
年上の彼は、いつも先へ先へと誘ってくれる。
「妹の記憶を消したことを、罪として背負うな」
「でも、妹の人生を勝手に決めたのは私……」
「筒路森も、同じだ」
私が涙を浮かべそうになると、彼は私の手を握り締めてくれる。
まるで私の涙が溢れる時機を把握しているのではないかと思ってしまうほど、彼は私の先へ先へと歩みを進めていく。
「依頼された通りに、記憶を消す。それで財を成してきたのが、筒路森だからな」
罪の意識に震えてしまわないように、彼はしっかりと私と手を繋いでくれる。
「罪として裁かれない罪を、俺にも託してくれ」
世間から恐れられていた筒路森が最強であることに間違いはないけれど、その最強を手に入れるために彼が孤独を背負ってきたことに気づかされる。
「私にも、託してくださいますか?」
繋ぐ手に力を込めると、彼の瞳が涙で揺らいだ気がした。
「私にも、悠真様を守らせてください」
きっと彼が、私の前で泣くことはないかもしれない。
けれど、彼が孤独に追いやられたときは、必ず私が自身の熱で彼の孤独を包み込みたい。その想いだけは消えることのないように、彼に誓いを立てる。
「蝶と共鳴できる結葵に、隠しごとはできないだろ」
「はい。これからも蝶を介して、悠真様のお話をいっぱい伺います」
北白川の外に出る事で、彼の強さと優しさに触れてきた。
彼がいたから、私は忌み嫌われてきた力を受け入れることができるようになった。
「それが嫌なら、これからも私とお話ししてください」
「これこそ、最強というのかもしれないな」
互いの瞳が涙で揺らいでいないことを確認し合って、私たちは互いに穏やかな笑みを浮かべる。
「任務に赴く前に、付き合ってもらいたい場所があるんだが」
「どこまでも、お供しますよ」
悠真様は、私が歩く速度に合わせてくれた。
私だけが置いていかれることのないように、彼は私のことを常に気遣ってくださる。
「想像以上に、筒路森の庭園は広いのですね」
「それだけ、多額の金を受け取ってると思ってくれ」
自虐的な言い回しだけれど、彼の声に悲観的な感情は含まれていなかった。
彼の声には不安を与えない安心感があると心が気づくと、彼は繋ぐ手に力を込めてくれた。
そこに痛みなんてものは感じず、深く繋がる右手に心が揺れるのを感じた。
「どなたのお墓……」
濃い紫と、淡い紫の花が対照的に並置されている場所へと辿り着いた。
淡い紫は紫純琥珀蝶の色を思い起こすはずなのに、目に映るすべての紫を美しいと思った。
こんなにも人の心を引きつける紫が、この世に存在したことに胸を打たれた。
「紫純琥珀蝶の墓だ」
国の偉い方が亡くなったのではないかと思ってしまうほど大きな墓石を前に、彼は純白の花を供えた。
「結葵も、弔ってくれるか」
濃い紫と淡い紫の中に、歪な白が混ざる。
でも、その光景にすら私は心を奪われた。
悠真様が私のためを想って行動してくださるすべてを、どう思考を切り替えたところで不快になんて思うことができない。
「私のために、蝶の墓を建ててくださったのですね」
「そんなに立派な話ではないさ」
悠真様の隣に並んで、お墓の中に眠る蝶を弔う。
初さんと来栖さんが、私たちと一緒に蝶の墓参りをすることがないという意味を噛み締める。
「蝶を狩る側の方が、お墓参りをするのは……とても勇気が要ることだと思います」
私のために用意された墓が、どういう意味を持つか。
ここにはいない狩り人二人の態度を見て、察していく。
紫純琥珀蝶の墓を立てること自体が、快く思われていないということを。
「多くの反対があったのでは?」
他人の幸せというものが、どういうものなのかは分からない。
他人の幸せなのだから、他人に尋ねてみるしか答えを得ることはできない。
「……ありがとうございます、悠真様」
外部の人間が悠真様の幸せとは何かと考えたところで、永遠に答えは導き出されない。
それでも彼の幸せとはなんなのかを考えてしまうのは、私の日常に彼が入り込んでしまっているからだと思う。
こうして彼の傍にいる毎日が、私にとっての当たり前になっていくのかもしれない。
「蝶が弔うべき存在なのか、ぞんざいに扱うべき存在なのか」
紫純琥珀蝶という紫色の蝶々が飛び交うようになった。
ただの薄紫色の蝶々なら良かったのに、紫純琥珀蝶はただの蝶々になることができなかった。
「私も、よくわかっていません」
広がる紫たちを、優しく見守ってくれている漆黒の空へと目を向ける。
昼の時間帯に、紫の蝶が飛び交うことは滅多にない。
薄暗い時間帯になって、ようやく蝶たちは目を覚ます。
「蝶は、私に味方をしろとも言っていません」
どんなに空へ熱い視線を注いだところで、きっと蝶の姿を見つけることはできない。
私は蝶に、何も尋ねることができないということ。
「私が選んでいいのだと……勝手に解釈しています」
ここからは、私が物語を紡ぐ番だということ。
「悠真様」
「ああ」
「私を、欲してください」
一瞬だけ、悠真様の瞳が、私を心配する瞳へと変わった。
でも、すぐに口角を上げて、心配を取り払うために彼は笑ってくださる。
「結葵が、必要だ」
私は、彼の力になるためだけに生きていきたい。
悠真様を悲しませるような振る舞いを謹んで、私は私を大切に扱ってくれる人のために尽くしていきたい。
「ありがとうございます」
世界で一番優しい政略結婚。
私は、私を大切に扱ってくれる人の手を取った。
「結葵」
同じ時は続かない。
自然が姿を変えて生きるように、私たち人間も変わっていく。
「抱き締めてもいいか」
だから、ずっと一緒にはいられない。いつかは離れてしまう関係。
同じままでは、変わらないままではいられない。
「抱き締めてください、悠真様」
変わっていく。
変わっていくのが当たり前。
だけど。
せめて、命尽きるときが来るまでは、私は彼と共に生きていきたい。
「結葵は、あたたかいな」
「悠真様も、あたたかいですよ」
叶わない願いかもしれないけど、今は、今だけは、願っていきたい。



