「表向きは……筒路森の婚約者ですから」
言葉にすることで実感が湧くと思ったのに、私が発したかった言葉は迷子のようにさ迷ってしまう。悠真様の前で、言葉にしていいことなのか分からない。
「君は、よくやっている」
悠真様の腕が伸びてきて、何をされるのか不安になった私は瞼を下ろして瞳をぎゅっと閉じてしまう。
「ちゃんと筒路森の婚約者としての振る舞いができている」
光が差し込まなくなった世界で怯えていると、温かさを感じるものが頬を優しく撫でてくる。
「結葵が変わっていくと思うと、寂しくもなるが……」
悠真様の手が私の頬に触れていると想像はできるけど、私はまだ瞼を上げることができない。
「結葵は、筒路森の外に出ても大丈夫だと思えるのは嬉しい」
視界に入ってくるものがないことが原因なのか、悠真様が頬を触れる指の感覚に震えのようなものを感じてしまう。
何も怖いことはされない、嫌なことは何もされないって分かっているのに、悠真様に触れられるたびに私の体はぴくりと反応してしまっている。
「結葵」
悠真様に、触れていてほしい。
悠真様に、触れてもらいたい。
そんな気持ちが溢れて止まないことに気づかされるけど、湧き上がる感情を口にすることができない。
「俺のこと、見てくれるか?」
紫純琥珀蝶が存在しなければ、私と悠真様は出会うことがなかった。
儚い繋がりしか持っていない私が、こんな願いを抱いてはいけない。
「せっかく結葵と二人きりなのに、結葵が俺のこと見てくれないと寂しい」
大好きな人に触れてほしい。
大好きな人に触れたい。
そんな願望は、蝶と言葉を交わす子には相応しくない。
「……できません」
自身の体を、悠真様に寄せる。
自分から触れることは許されない。
分かってはいるけど、自分の顔を隠すための手段が浮かばない。
悠真様に顔を見られないように、悠真様の体に顔を埋めるように体を密着させる。
「そんなに抱き着かなくても、落としたりしない」
抱き着いたつもりはない。
ただ、顔を隠したかっただけ。
でも、それらの想いは悠真様には通じなかった。
「怖くないか?」
腰に悠真様の腕が回される。
さっきは抱き締めてくれなかったのに、今度はいとも容易く私は悠真様に抱き締められた。
「悠真様……」
「ん?」
瞳いっぱいに、悠真様を視界に映す。
そうなってしまったのは、悠真様の行動に驚かされたから。
突然のことに驚いてしまったために、頑なに閉ざしていた視界を開くことになった。
でも、今振り返れば……なんで、もっと早く悠真様のことを視界に入れなかったのかなって思ってしまう。
私たちの時間に限りがあるのを知っているなら、私は一秒でも長く大切な人を見ていたいはずなのに。
「恥ずかしい……です……」
悠真様と見つめ合うことが、恥ずかしい。
悠真様の瞳を見つめ続けていたいのに、恥ずかしい。
そんな想いを、悠真様に訴える。
「でも」
気持ちと反対の行動をとってしまう。
そんな自分に、後悔してしまう。
「悠真様と……こうして、二人で過ごせる時間に……」
そんな後悔の気持ちが、私を勇気づけてくれたのかもしれない。
それとも、悠真様と過ごす時間に限りがあることが私を急かしたのか。
普段なら鍵をかけてしまって二度と出て来られなくなる言葉の数々を、今日は伝えようと思った。
「凄く幸せを感じています」
神様。
「恥ずかしがって、申し訳ございません」
今日だけは。
「悠真様は、いつか私のことを忘れてしまうかもしれませんが……」
今日だけは……。
「私にとって悠真様は、ずっと大切な婚約者です」
蝶と言葉を交わす子が、大切な人に笑顔を向けることを許してください。
「ありがとう」
ここに鏡はない。
悠真様の瞳を覗き込んだところで、自分がどんな表情をしているかよく分からない。
けど。
「……別れの挨拶、早すぎですね」
「ははっ、そうだな」
「申し訳ございません……」
「でも、それが俺たちらしい」
今まで生きた人生の中で一番、綺麗に笑うことができている。
そんな気がする。
「悠真様」
こんなにも多くの想いと言葉が溢れているのに。
私は、今という時間に幸せを感じているのに。
悠真様はやっぱり、こんなときでも嘘の言葉をくれない。
「私も……」
筒路森を出たら、私たちの関係は終わる。
その言葉を、否定してくれない。
嘘でもいいのに。
嘘でいいから、私を励ましてくれてもいいのに。
「悠真様のこと、抱き締めても宜しいですか」
「結葵……」
仮眠用のソファは、二人で寝転ぶことができるくらいの広さがある。
けれど、抱き締め合うという行為をするには難しさもある。
とても幸福感に満ち溢れた空間なのに、腕の位置や腕の伸ばし方とか訳が分からない。
無理矢理、大切な人を抱き締めるという行為は……きっと私には向いていない。
「結、葵……っ」
「婚約者同士、ですよね」
このままの体勢を続けていたら体が可笑しなことになってしまいそうなのに、私の中の幸せは満たされたまま。少しも減ることがない幸福感に、一生分の贅沢をしているような気分になってくる。
言葉にすることで実感が湧くと思ったのに、私が発したかった言葉は迷子のようにさ迷ってしまう。悠真様の前で、言葉にしていいことなのか分からない。
「君は、よくやっている」
悠真様の腕が伸びてきて、何をされるのか不安になった私は瞼を下ろして瞳をぎゅっと閉じてしまう。
「ちゃんと筒路森の婚約者としての振る舞いができている」
光が差し込まなくなった世界で怯えていると、温かさを感じるものが頬を優しく撫でてくる。
「結葵が変わっていくと思うと、寂しくもなるが……」
悠真様の手が私の頬に触れていると想像はできるけど、私はまだ瞼を上げることができない。
「結葵は、筒路森の外に出ても大丈夫だと思えるのは嬉しい」
視界に入ってくるものがないことが原因なのか、悠真様が頬を触れる指の感覚に震えのようなものを感じてしまう。
何も怖いことはされない、嫌なことは何もされないって分かっているのに、悠真様に触れられるたびに私の体はぴくりと反応してしまっている。
「結葵」
悠真様に、触れていてほしい。
悠真様に、触れてもらいたい。
そんな気持ちが溢れて止まないことに気づかされるけど、湧き上がる感情を口にすることができない。
「俺のこと、見てくれるか?」
紫純琥珀蝶が存在しなければ、私と悠真様は出会うことがなかった。
儚い繋がりしか持っていない私が、こんな願いを抱いてはいけない。
「せっかく結葵と二人きりなのに、結葵が俺のこと見てくれないと寂しい」
大好きな人に触れてほしい。
大好きな人に触れたい。
そんな願望は、蝶と言葉を交わす子には相応しくない。
「……できません」
自身の体を、悠真様に寄せる。
自分から触れることは許されない。
分かってはいるけど、自分の顔を隠すための手段が浮かばない。
悠真様に顔を見られないように、悠真様の体に顔を埋めるように体を密着させる。
「そんなに抱き着かなくても、落としたりしない」
抱き着いたつもりはない。
ただ、顔を隠したかっただけ。
でも、それらの想いは悠真様には通じなかった。
「怖くないか?」
腰に悠真様の腕が回される。
さっきは抱き締めてくれなかったのに、今度はいとも容易く私は悠真様に抱き締められた。
「悠真様……」
「ん?」
瞳いっぱいに、悠真様を視界に映す。
そうなってしまったのは、悠真様の行動に驚かされたから。
突然のことに驚いてしまったために、頑なに閉ざしていた視界を開くことになった。
でも、今振り返れば……なんで、もっと早く悠真様のことを視界に入れなかったのかなって思ってしまう。
私たちの時間に限りがあるのを知っているなら、私は一秒でも長く大切な人を見ていたいはずなのに。
「恥ずかしい……です……」
悠真様と見つめ合うことが、恥ずかしい。
悠真様の瞳を見つめ続けていたいのに、恥ずかしい。
そんな想いを、悠真様に訴える。
「でも」
気持ちと反対の行動をとってしまう。
そんな自分に、後悔してしまう。
「悠真様と……こうして、二人で過ごせる時間に……」
そんな後悔の気持ちが、私を勇気づけてくれたのかもしれない。
それとも、悠真様と過ごす時間に限りがあることが私を急かしたのか。
普段なら鍵をかけてしまって二度と出て来られなくなる言葉の数々を、今日は伝えようと思った。
「凄く幸せを感じています」
神様。
「恥ずかしがって、申し訳ございません」
今日だけは。
「悠真様は、いつか私のことを忘れてしまうかもしれませんが……」
今日だけは……。
「私にとって悠真様は、ずっと大切な婚約者です」
蝶と言葉を交わす子が、大切な人に笑顔を向けることを許してください。
「ありがとう」
ここに鏡はない。
悠真様の瞳を覗き込んだところで、自分がどんな表情をしているかよく分からない。
けど。
「……別れの挨拶、早すぎですね」
「ははっ、そうだな」
「申し訳ございません……」
「でも、それが俺たちらしい」
今まで生きた人生の中で一番、綺麗に笑うことができている。
そんな気がする。
「悠真様」
こんなにも多くの想いと言葉が溢れているのに。
私は、今という時間に幸せを感じているのに。
悠真様はやっぱり、こんなときでも嘘の言葉をくれない。
「私も……」
筒路森を出たら、私たちの関係は終わる。
その言葉を、否定してくれない。
嘘でもいいのに。
嘘でいいから、私を励ましてくれてもいいのに。
「悠真様のこと、抱き締めても宜しいですか」
「結葵……」
仮眠用のソファは、二人で寝転ぶことができるくらいの広さがある。
けれど、抱き締め合うという行為をするには難しさもある。
とても幸福感に満ち溢れた空間なのに、腕の位置や腕の伸ばし方とか訳が分からない。
無理矢理、大切な人を抱き締めるという行為は……きっと私には向いていない。
「結、葵……っ」
「婚約者同士、ですよね」
このままの体勢を続けていたら体が可笑しなことになってしまいそうなのに、私の中の幸せは満たされたまま。少しも減ることがない幸福感に、一生分の贅沢をしているような気分になってくる。