「筒路森が民の信頼を裏切っていると結葵に知らせたかった初と、北白川の第二令嬢の思惑が一致したってことか」
私が、なんの力も持たない少女だとしたら、筒路森家が国をも動かす大きな計画に関わっているということは知らされなかったと思う。
「狩り人が紫純琥珀蝶を操ることができると私に証明するために、初さんは悠真様とはぐれるという失態を犯したということでしょうか」
「正確には、狩り人全員が蝶を飼い慣らしているわけじゃない」
人の記憶を喰らう蝶と言葉を交わすことのできる私は、筒路森の力になることができる。
その一方で、筒路森の大きな脅威にもなりえると初さんは考えた。
「ごく少数の限られた人間しか、筒路森が都合のいい研究をやっていると知らない」
「来栖さんは知らないのですね……?」
「ああ、いい観察力だ」
外から来た人間が筒路森を危険に陥れる存在だと判断した時点で、初さんは私を殺害するつもりだったのかもしれない。
「筒路森が担っている役割を私が反対した場合は、悠真様が私を殺す算段だった。悠真様に手を汚させないために、初さんは行動してくださったということですね」
紫純琥珀蝶の囁きは、妹が記憶を失うことになった事の流れを教えてくれた。
「恐らく、な……」
深く溜め息を吐く悠真様の背を、そっと撫でる。
「妹が、ご迷惑をおかけしました」
妹が狩り人の監視下から外れるように仕組んだのは初初さんかもしれないけど、初さんは妹の記憶には関与していないと蝶が教えてくれた。やはり北白川の屋敷に蝶を招き入れたのは、妹ということになる。
「私が婚約者を奪うことになって、美怜ちゃんは気が動転していたのだと思います」
悠真様と妹の婚約が纏まる日に、妹は悠真様への想いを吐露した。
私よりも長い時間、悠真様を恋い慕う気持ちを積もらせてきたのだと気づいてしまった。
「記憶を失ってでも、愛する方の気を引きたかったのだと思います」
「結葵」
名前を呼ばれる。
あと何回、悠真様に名前を呼んでもらえるのか。
そんなことを考えただけで、心がぎゅっと絞めつけられるように痛くなる。
「結葵」
悠真様の顔を見たら泣くわけではないけど、自分の心が弱くなっているのを感じた私は用意いただいたティーカップに視線を集中させる。
「狩り人が、記憶を消したいと望んでいた彼女を止めることができなかったこと。本当に申し訳ないと思ってる」
二人きりという空間は、より鮮明に悠真様の声を私に届けてくれる。
その、悠真様の声をいとおしいと感じるのに、悠真様は謝罪の言葉しか述べてくれないことに心が痛い。
「筒路森の正妻になったところで、なんの手柄にも功績にもならない」
やっと悠真様の声を記憶に留められるようになったのに、私はいつか悠真様の声を思い出せなくなるのかもしれない。
「むしろ、筒路森がやっていることが公になれば、君も無傷では済まなくなる」
悠真様を視界に入れないように、悠真様の声だけに意識を注ぐ。
(悠真様は、ときどき私のことを君と呼ぶ……)
名前を呼ばれることは、私にとって凄く貴重なこと。
父は娘の名前を忘れてしまったかのように、私の名を呼んでくれることはなくなった。
母が私の名を呼ぶときは、決まって叱りつけられた。
「それでも、俺は君の力が欲しい」
あと何回。
あと何回、私は私の名前を呼んでもらえるのか。
私の名前を柔らかい音で呼んでくれる悠真様に、もっと名を呼んでほしい。
「結葵」
感傷的になっている私に対して、悠真様はいつも通りに。
いつもらしい悠真様の声で、私の名前を呼んでくれる。
「私が望んでいるのはいつだって、悠真様に必要とされることですよ」
だから、私もいつもらしさを取り戻す。
なるべく朗らかな笑みを浮かべられるように努めながら、悠真様を視界の中へと受け入れた。
私が、なんの力も持たない少女だとしたら、筒路森家が国をも動かす大きな計画に関わっているということは知らされなかったと思う。
「狩り人が紫純琥珀蝶を操ることができると私に証明するために、初さんは悠真様とはぐれるという失態を犯したということでしょうか」
「正確には、狩り人全員が蝶を飼い慣らしているわけじゃない」
人の記憶を喰らう蝶と言葉を交わすことのできる私は、筒路森の力になることができる。
その一方で、筒路森の大きな脅威にもなりえると初さんは考えた。
「ごく少数の限られた人間しか、筒路森が都合のいい研究をやっていると知らない」
「来栖さんは知らないのですね……?」
「ああ、いい観察力だ」
外から来た人間が筒路森を危険に陥れる存在だと判断した時点で、初さんは私を殺害するつもりだったのかもしれない。
「筒路森が担っている役割を私が反対した場合は、悠真様が私を殺す算段だった。悠真様に手を汚させないために、初さんは行動してくださったということですね」
紫純琥珀蝶の囁きは、妹が記憶を失うことになった事の流れを教えてくれた。
「恐らく、な……」
深く溜め息を吐く悠真様の背を、そっと撫でる。
「妹が、ご迷惑をおかけしました」
妹が狩り人の監視下から外れるように仕組んだのは初初さんかもしれないけど、初さんは妹の記憶には関与していないと蝶が教えてくれた。やはり北白川の屋敷に蝶を招き入れたのは、妹ということになる。
「私が婚約者を奪うことになって、美怜ちゃんは気が動転していたのだと思います」
悠真様と妹の婚約が纏まる日に、妹は悠真様への想いを吐露した。
私よりも長い時間、悠真様を恋い慕う気持ちを積もらせてきたのだと気づいてしまった。
「記憶を失ってでも、愛する方の気を引きたかったのだと思います」
「結葵」
名前を呼ばれる。
あと何回、悠真様に名前を呼んでもらえるのか。
そんなことを考えただけで、心がぎゅっと絞めつけられるように痛くなる。
「結葵」
悠真様の顔を見たら泣くわけではないけど、自分の心が弱くなっているのを感じた私は用意いただいたティーカップに視線を集中させる。
「狩り人が、記憶を消したいと望んでいた彼女を止めることができなかったこと。本当に申し訳ないと思ってる」
二人きりという空間は、より鮮明に悠真様の声を私に届けてくれる。
その、悠真様の声をいとおしいと感じるのに、悠真様は謝罪の言葉しか述べてくれないことに心が痛い。
「筒路森の正妻になったところで、なんの手柄にも功績にもならない」
やっと悠真様の声を記憶に留められるようになったのに、私はいつか悠真様の声を思い出せなくなるのかもしれない。
「むしろ、筒路森がやっていることが公になれば、君も無傷では済まなくなる」
悠真様を視界に入れないように、悠真様の声だけに意識を注ぐ。
(悠真様は、ときどき私のことを君と呼ぶ……)
名前を呼ばれることは、私にとって凄く貴重なこと。
父は娘の名前を忘れてしまったかのように、私の名を呼んでくれることはなくなった。
母が私の名を呼ぶときは、決まって叱りつけられた。
「それでも、俺は君の力が欲しい」
あと何回。
あと何回、私は私の名前を呼んでもらえるのか。
私の名前を柔らかい音で呼んでくれる悠真様に、もっと名を呼んでほしい。
「結葵」
感傷的になっている私に対して、悠真様はいつも通りに。
いつもらしい悠真様の声で、私の名前を呼んでくれる。
「私が望んでいるのはいつだって、悠真様に必要とされることですよ」
だから、私もいつもらしさを取り戻す。
なるべく朗らかな笑みを浮かべられるように努めながら、悠真様を視界の中へと受け入れた。