「蝶は結葵が幼い頃から、結葵に愛を注ぐことを止めなかった」
両親に、嫌われてしまうかもしれない。
両親から、軽蔑されるかもしれない。
その日が来ることを、怖いと思った。
この日が来なければいいと、ずっとずっと願ってきた。
でも、蝶は、私を外の世界に羽ばたかせることを選んだ。
「俺は結葵を、嘘の優しさで懐柔しようとした」
溢れそうになる涙を堪えて、悠真様を視界に映す。
唇を固く結んで、泣きたくなりそうな想いを必死に堪えた。
「その邪な気持ちを、蝶に見破られたな」
素直に、幸せを受け入れられる人間になりたい。
これが幸福だって、心の底から思えるようになりたい。
「悠真様の優しさは嘘だったのかもしれませんが、私は悠真様の優しさを愛と感じました」
世界が変わっていくというのは、そういうこと。
広い世界を生きていくというのは、そういうこと。
変わらない日々を歩むということは、私は両親からの愛しか知らずに日々を潰してしまうということ。それを、紫純琥珀蝶は危惧してくれた。
「嘘も吐き続けていると、本当になるんですよ」
白い世界に、足跡をつける人間は私しかいなかった。
一緒に産まれてきたはずの美怜ちゃんは、足跡を残してくれなかった。
私は紫純琥珀蝶が舞う白い世界で、ずっと冷たい呼吸を繰り返していた。
「私は、すっかり悠真様の優しさに懐柔されてしまっています」
でも、今なら、一緒に跡を残してくれる方と巡り合えたのかなと自惚れた。
今では、もう足跡を見つけることすら大変なくらいかもしれない。
それだけ悠真様の優しさが、私を外の世界へと連れ出してくれた。
それだけ悠真様の優しさに救われて、もう北白川に戻らなくてもいいのだと勇気をくれた。
「はぁー……」
部屋が暖まり切っていないこともあって、悠真様が吐き出した息が白くなる。
けれど、この場にいるのは独りじゃない。
白く染まる世界で私が何をやったとしても、言葉を返してくれる人が傍にいると気づく。
「悠真様」
「……なんだ」
視線から表情が読み取れないことに怖気づきそうにもなるけれど、悠真様は腕をだらりとさせ、体から力を抜いていることが分かる。彼が私との距離を開くつもりはないということに安堵して、私は勇気を出す。
「隣に座っても宜しいですか」
「っ」
人間、予想もしていなかったことが身に降りかかると大きな声を上げてしまいそうになるらしい。でも、悠真様は漏れ出そうになった声を押さえ込むことに成功してしまった。
「……調子が狂う」
「狂ってください。私は悠真様の婚約者ですよ」
空いている方の手で、自分の口を塞いだ悠真様。
そんな様子に口角を上げながら、私は悠真様が腰かけられている長椅子へとお邪魔する。
「俺は、君の妹の記憶を消したかもしれないのに……」
「していませんよ」
「っ、紫純琥珀蝶が話したのか?」
隣に並ぶと、悠真様との距離が近づく。
それを嬉しいと思ったけれど、肝心の悠真様は自分の手で顔を覆ってしまう。
覗き込みたいはずの悠真様の顔を、どう顔の角度を傾けても知ることはできない。
「狩り人のみなさんは、妹の記憶に関わっていないと話してくれました」
「……調査を止めなかった理由は?」
頭をぐいっと後ろに反らして、悠真様はなんらかしらの考えごとに思考を巡らせる。
「初さんの無実を、来栖さんの前で証明する必要があった。初様が不利な立場になれば、それは悠真様にとっての不利益になるのかなと」
「……なるほどな、事の全容がわかった」
悠真様は顔を覆っていた手を下ろし、大きく息を吸い込んだ。
「初が、悪者の立場になろうとしているのは気づいているな」
険しい表情をしながらも、はっきりとした物言いで悠真様は私に言葉を届けてくれる。
そこには年下だから、未来の嫁だからという遠慮が感じられないことに、感謝の気持ちを抱く。
「私が蝶と話す力を試すため、もしくは初さんは悪役を買って出る立場なのかなと思っています」
「どちらも正解だ。初は、俺の右腕として動いている」
ここで、久しぶりに悠真様と視線を交えることができた。
両親に、嫌われてしまうかもしれない。
両親から、軽蔑されるかもしれない。
その日が来ることを、怖いと思った。
この日が来なければいいと、ずっとずっと願ってきた。
でも、蝶は、私を外の世界に羽ばたかせることを選んだ。
「俺は結葵を、嘘の優しさで懐柔しようとした」
溢れそうになる涙を堪えて、悠真様を視界に映す。
唇を固く結んで、泣きたくなりそうな想いを必死に堪えた。
「その邪な気持ちを、蝶に見破られたな」
素直に、幸せを受け入れられる人間になりたい。
これが幸福だって、心の底から思えるようになりたい。
「悠真様の優しさは嘘だったのかもしれませんが、私は悠真様の優しさを愛と感じました」
世界が変わっていくというのは、そういうこと。
広い世界を生きていくというのは、そういうこと。
変わらない日々を歩むということは、私は両親からの愛しか知らずに日々を潰してしまうということ。それを、紫純琥珀蝶は危惧してくれた。
「嘘も吐き続けていると、本当になるんですよ」
白い世界に、足跡をつける人間は私しかいなかった。
一緒に産まれてきたはずの美怜ちゃんは、足跡を残してくれなかった。
私は紫純琥珀蝶が舞う白い世界で、ずっと冷たい呼吸を繰り返していた。
「私は、すっかり悠真様の優しさに懐柔されてしまっています」
でも、今なら、一緒に跡を残してくれる方と巡り合えたのかなと自惚れた。
今では、もう足跡を見つけることすら大変なくらいかもしれない。
それだけ悠真様の優しさが、私を外の世界へと連れ出してくれた。
それだけ悠真様の優しさに救われて、もう北白川に戻らなくてもいいのだと勇気をくれた。
「はぁー……」
部屋が暖まり切っていないこともあって、悠真様が吐き出した息が白くなる。
けれど、この場にいるのは独りじゃない。
白く染まる世界で私が何をやったとしても、言葉を返してくれる人が傍にいると気づく。
「悠真様」
「……なんだ」
視線から表情が読み取れないことに怖気づきそうにもなるけれど、悠真様は腕をだらりとさせ、体から力を抜いていることが分かる。彼が私との距離を開くつもりはないということに安堵して、私は勇気を出す。
「隣に座っても宜しいですか」
「っ」
人間、予想もしていなかったことが身に降りかかると大きな声を上げてしまいそうになるらしい。でも、悠真様は漏れ出そうになった声を押さえ込むことに成功してしまった。
「……調子が狂う」
「狂ってください。私は悠真様の婚約者ですよ」
空いている方の手で、自分の口を塞いだ悠真様。
そんな様子に口角を上げながら、私は悠真様が腰かけられている長椅子へとお邪魔する。
「俺は、君の妹の記憶を消したかもしれないのに……」
「していませんよ」
「っ、紫純琥珀蝶が話したのか?」
隣に並ぶと、悠真様との距離が近づく。
それを嬉しいと思ったけれど、肝心の悠真様は自分の手で顔を覆ってしまう。
覗き込みたいはずの悠真様の顔を、どう顔の角度を傾けても知ることはできない。
「狩り人のみなさんは、妹の記憶に関わっていないと話してくれました」
「……調査を止めなかった理由は?」
頭をぐいっと後ろに反らして、悠真様はなんらかしらの考えごとに思考を巡らせる。
「初さんの無実を、来栖さんの前で証明する必要があった。初様が不利な立場になれば、それは悠真様にとっての不利益になるのかなと」
「……なるほどな、事の全容がわかった」
悠真様は顔を覆っていた手を下ろし、大きく息を吸い込んだ。
「初が、悪者の立場になろうとしているのは気づいているな」
険しい表情をしながらも、はっきりとした物言いで悠真様は私に言葉を届けてくれる。
そこには年下だから、未来の嫁だからという遠慮が感じられないことに、感謝の気持ちを抱く。
「私が蝶と話す力を試すため、もしくは初さんは悪役を買って出る立場なのかなと思っています」
「どちらも正解だ。初は、俺の右腕として動いている」
ここで、久しぶりに悠真様と視線を交えることができた。