「これから筒路森は、日本を掌握するほどの力を手に入れる」
息を吸い込むのも難しくなるような殺伐とした空気が空間を覆っているけれど、独壇場を手に入れた初さんを嫌いになることができないのはどうしてなのか。
「でも、なんで筒路森だけなの? 華族だから? なんで字見は、利用される側なの?」
少し息を吐いて、初さんは言葉を続けていく。
「金も地位もない人間は、いつの時代も利用される側……」
初さんの声が次第に震え、吐き出される言葉は悠真様の心を突き刺していく。
「俺だって、力が欲しかったよ! 蝶の脅威から、村を救う力が!」
弾丸が放たれる時機を予測していたかのように、悠真様はいとも簡単に回避した。
「俺を殺す気のない奴が、心臓を撃ち抜けるはずがないだろ」
銃弾の音と、振動だけが、周囲へと響き渡る。
悠真様は次の一手を計算しているかのように、彼は冷静を装う。
「なんで、なんで、なんで……! なんで、いっつも悠真くんばっか……」
荒れ狂う初さんに対して、悠真様は無言で銃を構える。
「力が欲しいなら、努力を積み上げろ」
悠真様は引き金を引くけれど、銃弾は壁に当たって砕けた。
「終わりのない努力を強いられる身にもなっ……」
「終わりのない努力が嫌なら、諦めればいいだろ」
「っ」
初さんの心が揺らいでいるのか、初さんの拳銃から飛ぶ銃弾は悠真様にかすりもしない。
部屋に置かれている棚を弾避けに利用するまでもなく、悠真様は目にもとまらぬ速さで飛んでくる銃弾を避けていく。
(私を人質にするつもりがないなら)
戦う力を持たない人間を守りながらの戦いは、不利に追い込まれるだけ。
素人でも、そんな想像は容易に浮かぶ。
でも、悠真様は、私を守りながら闘うことを厭わない。
おかげで私は、人質に取られることなく自分の使命に全うできる。
戦う力を持たない私を背負いながらの戦闘は不利に追い込まれるだけなのに、
(真の黒幕を引きずり出さないと)
耳を澄ませて、ここには登場しない美怜ちゃんの居場所を探す。
蝶の姿が見えないからこそ、蝶が溢れさせている美怜ちゃんへの嫌悪感を手繰り寄せる。
「誰も、初に世界を守ってくれなんて頼んでない」
声が震え始めている初さんに対して、しっかりとした声を発する悠真様。
二人は、ずっと対照的な関係を続けていた。
「初が望んだから、俺は力を提供した」
初さんの目が見開き、攻撃の手が緩む。
「俺は、これからも努力を積み重ねる」
銃を構える悠真様の指が、引き金に触れる。
「蝶の脅威から、大切な人を守る」
初さんが、次の言葉を探す間に。
「それが、俺の願いだ」
悠真様は狙いを定め、一発の弾を撃ち込んだ。
「っ」
初さんの拳が震えながらも力なく垂れ、彼は拳銃を手放した。
「おまえは、優しすぎる」
悠真様が撃ち込んだ弾は、もちろん初さんの心臓を貫くことはなかった。
始めから、悠真様は初さんを撃つつもりがなかったということ。
初さんを止めるための威嚇射撃だったということを、初さんは理解していく。
「俺は、ここで悠真くんを止めないと……ここで悠真くんを……」
初さんは、子どものようには背を丸めて縮こまった。
細い体を小刻みに震わせる姿は、まるで自分を見ているようだった。
「ここで上手くやらないと、俺は、俺は……」
両親に愛されるために必死になった、過去の自分。
その想いは届かず、両親が迫るたびに怯えていた過去の自分を思い出す。
怯える初さんの姿に、自身の過去を重ねていく。
(子どもは、両親の声を忘れることができない)
一度聞いたら忘れることのできない重さを背負いながら、子どもたちは生きていく。
その重さは、自身を救う荷物となるのか。
自身の人生を駄目にする荷物になるのかは、育った環境に委ねられていることを私は知っている。
「初さん」
一歩だけ歩を進めて、初さんへと歩み寄る。
「お一人で、すべてを背負わないでください」
悠真様が私に与えてくれた優しさを持って、初さんと接したい。
そんな気持ちはあるものの、自分が理想の優しい声を出せているのかすら分からない。
「一人だけ悪者になろうとするなんて、狡いですよ」
悠真様が出かけられている間、初さんは私の話し相手になってくれた。
寂しさを抱えている私を気遣ってくれて、私を悠真様の元へと連れて行ってくれた。
「悠真様を守るために、自分だけが犠牲になろうとしないでください」
裏では初さんなりの考えがあってのことかもしれないけれど、そんな裏で起きていることなんて私は知らない。
私と接してくれた初さんの、表向きの顔を信じたい。
「俺を、良い人に仕立て上げるのはやめて……」
「初」
この声を聴きたいと、身体がずっと望んでいた。
「降参しろ」
こんなにも優しい人たちに、重苦しい空気も世界も与えたくない。
「結葵に協力してもらうからには、隠しごとはできない」
悠真様に名を呼ばれて、身体が泣きたくなるくらいの幸福に包まれる。
そう思っているのが、初さんも同じならいいなと思った。
「お二人とも!」
初さんが弱ったときに、次の一手が打たれることは想像できた。
黒幕は、初さんが使えなくなったときの手を用意している。
「後ろですっ! 後ろの壁ですっ!」
短い間に、彼らは周囲の状況を把握した。
弾丸を再装填し、二発の銃弾は淡い紫の翅を貫いた。
(初さんには、叶えたい願いがある)
自分の意志で紫純琥珀蝶に銃を向ける初さんの姿を見て、もう大丈夫という安心感を抱くことができた。
願いを持つ人間の強さを目の当たりにして、私は自分の足を自分でしっかりと支えることができるように顔を上げる。
「美怜ちゃん、無益な殺生はやめて」
「まだ、いい子ぶってるの?」
追い詰められているはずなのに、妹は自分の勝利を信じて疑わないような爽やかな笑みを浮かべていた。
「筒路森からの寵愛かぁ、いいなぁ」
心臓が激しく動き出したような気がする。
心臓が壊れてしまうんじゃないかと錯覚させるほど、心臓が激しい運動を繰り返す。
息を吸い込むのも難しくなるような殺伐とした空気が空間を覆っているけれど、独壇場を手に入れた初さんを嫌いになることができないのはどうしてなのか。
「でも、なんで筒路森だけなの? 華族だから? なんで字見は、利用される側なの?」
少し息を吐いて、初さんは言葉を続けていく。
「金も地位もない人間は、いつの時代も利用される側……」
初さんの声が次第に震え、吐き出される言葉は悠真様の心を突き刺していく。
「俺だって、力が欲しかったよ! 蝶の脅威から、村を救う力が!」
弾丸が放たれる時機を予測していたかのように、悠真様はいとも簡単に回避した。
「俺を殺す気のない奴が、心臓を撃ち抜けるはずがないだろ」
銃弾の音と、振動だけが、周囲へと響き渡る。
悠真様は次の一手を計算しているかのように、彼は冷静を装う。
「なんで、なんで、なんで……! なんで、いっつも悠真くんばっか……」
荒れ狂う初さんに対して、悠真様は無言で銃を構える。
「力が欲しいなら、努力を積み上げろ」
悠真様は引き金を引くけれど、銃弾は壁に当たって砕けた。
「終わりのない努力を強いられる身にもなっ……」
「終わりのない努力が嫌なら、諦めればいいだろ」
「っ」
初さんの心が揺らいでいるのか、初さんの拳銃から飛ぶ銃弾は悠真様にかすりもしない。
部屋に置かれている棚を弾避けに利用するまでもなく、悠真様は目にもとまらぬ速さで飛んでくる銃弾を避けていく。
(私を人質にするつもりがないなら)
戦う力を持たない人間を守りながらの戦いは、不利に追い込まれるだけ。
素人でも、そんな想像は容易に浮かぶ。
でも、悠真様は、私を守りながら闘うことを厭わない。
おかげで私は、人質に取られることなく自分の使命に全うできる。
戦う力を持たない私を背負いながらの戦闘は不利に追い込まれるだけなのに、
(真の黒幕を引きずり出さないと)
耳を澄ませて、ここには登場しない美怜ちゃんの居場所を探す。
蝶の姿が見えないからこそ、蝶が溢れさせている美怜ちゃんへの嫌悪感を手繰り寄せる。
「誰も、初に世界を守ってくれなんて頼んでない」
声が震え始めている初さんに対して、しっかりとした声を発する悠真様。
二人は、ずっと対照的な関係を続けていた。
「初が望んだから、俺は力を提供した」
初さんの目が見開き、攻撃の手が緩む。
「俺は、これからも努力を積み重ねる」
銃を構える悠真様の指が、引き金に触れる。
「蝶の脅威から、大切な人を守る」
初さんが、次の言葉を探す間に。
「それが、俺の願いだ」
悠真様は狙いを定め、一発の弾を撃ち込んだ。
「っ」
初さんの拳が震えながらも力なく垂れ、彼は拳銃を手放した。
「おまえは、優しすぎる」
悠真様が撃ち込んだ弾は、もちろん初さんの心臓を貫くことはなかった。
始めから、悠真様は初さんを撃つつもりがなかったということ。
初さんを止めるための威嚇射撃だったということを、初さんは理解していく。
「俺は、ここで悠真くんを止めないと……ここで悠真くんを……」
初さんは、子どものようには背を丸めて縮こまった。
細い体を小刻みに震わせる姿は、まるで自分を見ているようだった。
「ここで上手くやらないと、俺は、俺は……」
両親に愛されるために必死になった、過去の自分。
その想いは届かず、両親が迫るたびに怯えていた過去の自分を思い出す。
怯える初さんの姿に、自身の過去を重ねていく。
(子どもは、両親の声を忘れることができない)
一度聞いたら忘れることのできない重さを背負いながら、子どもたちは生きていく。
その重さは、自身を救う荷物となるのか。
自身の人生を駄目にする荷物になるのかは、育った環境に委ねられていることを私は知っている。
「初さん」
一歩だけ歩を進めて、初さんへと歩み寄る。
「お一人で、すべてを背負わないでください」
悠真様が私に与えてくれた優しさを持って、初さんと接したい。
そんな気持ちはあるものの、自分が理想の優しい声を出せているのかすら分からない。
「一人だけ悪者になろうとするなんて、狡いですよ」
悠真様が出かけられている間、初さんは私の話し相手になってくれた。
寂しさを抱えている私を気遣ってくれて、私を悠真様の元へと連れて行ってくれた。
「悠真様を守るために、自分だけが犠牲になろうとしないでください」
裏では初さんなりの考えがあってのことかもしれないけれど、そんな裏で起きていることなんて私は知らない。
私と接してくれた初さんの、表向きの顔を信じたい。
「俺を、良い人に仕立て上げるのはやめて……」
「初」
この声を聴きたいと、身体がずっと望んでいた。
「降参しろ」
こんなにも優しい人たちに、重苦しい空気も世界も与えたくない。
「結葵に協力してもらうからには、隠しごとはできない」
悠真様に名を呼ばれて、身体が泣きたくなるくらいの幸福に包まれる。
そう思っているのが、初さんも同じならいいなと思った。
「お二人とも!」
初さんが弱ったときに、次の一手が打たれることは想像できた。
黒幕は、初さんが使えなくなったときの手を用意している。
「後ろですっ! 後ろの壁ですっ!」
短い間に、彼らは周囲の状況を把握した。
弾丸を再装填し、二発の銃弾は淡い紫の翅を貫いた。
(初さんには、叶えたい願いがある)
自分の意志で紫純琥珀蝶に銃を向ける初さんの姿を見て、もう大丈夫という安心感を抱くことができた。
願いを持つ人間の強さを目の当たりにして、私は自分の足を自分でしっかりと支えることができるように顔を上げる。
「美怜ちゃん、無益な殺生はやめて」
「まだ、いい子ぶってるの?」
追い詰められているはずなのに、妹は自分の勝利を信じて疑わないような爽やかな笑みを浮かべていた。
「筒路森からの寵愛かぁ、いいなぁ」
心臓が激しく動き出したような気がする。
心臓が壊れてしまうんじゃないかと錯覚させるほど、心臓が激しい運動を繰り返す。



