「あの……」
美怜ちゃんは、やっぱり戸惑っていた。
美怜ちゃんの記憶上では、赤の他人。
赤の他人から心配されたとことで、嬉しくもなんともない。
私が一方的に気持ちを伝えたところで、私の記憶を失っている妹にはなんの効果も影響ももたらさない。
「疲れたよね、少し横になって」
「うん……」
私たちは双子のはずなのに、紫純琥珀蝶に記憶を喰われた妹はまるで幼子に戻ったかのように見えた。
自分の意思すら持つことができず、ただただ起きている出来事を純粋無垢な眼差しで受け入れていく。
「おやすみ、美怜ちゃん」
美怜ちゃんが私の言うことに従順になり、そのまま美怜ちゃんは布団の中へと体を休めた。
筒路森家から多額のお金が送られているのは間違いないらしく、妹を包み込んでいる布団の厚みに安堵の気持ちを抱いた。
「悠真様、ありがとうございました」
妹が寝入った頃合いを見て部屋を後にし、初さんが待機していた廊下へと戻ってきた。
「結葵、少しは姉妹の時間を……」
「妹のことを本気で考えているからこそ、どうして美怜ちゃんが記憶を失ってしまったのか考えないといけないのかなと」
緊張しているわけでも、運動したわけでもないのに、心臓の音がうるさい。
息切れなんてまったくしていないのに、心臓の辺りがざわついている。
「初」
廊下で待機している初さんを呼ぶときの悠真様の声が厳しさを含んでいて、ほんの少し怖いと思った。
でも、それは私を想って発してくれた声だと信じたい。
「北白川の第二令嬢が家にいたのは確認できているな」
「結葵様のご家族は、特に厳重に警備するように手配済みです」
それは契約内容に含まれていたものなのか、悠真様が一方的に配慮したことなのかは分からない。でも、私が嫁ぐことで、私の家族は手厚い警護を受けることができたという事実を知らされる。
「でも、部屋の中で何をしていたかまでは把握できていないのは事実」
心臓が激しく動き出したような気がする。
心臓が壊れてしまうんじゃないかと錯覚させるほど、心臓が激しい運動を繰り返す。
「だったら……」
「やはり辿り着くのは、その結論ですよね」
悠真様が言葉にしなくても、分かってる。
悠真様が、このあと何を言葉にしたいかということが想像できてしまう。
「北白川美怜が、なんらかしらの目的を持って蝶を中へと招き入れたってことになるな」
残酷な言葉を告げられた。
悠真様は言葉を優しく包んでくれているけれど、それは美怜ちゃんの記憶が失われてしまったのは自業自得で起きてしまったということを示している。
「不注意、とは考えないの?」
北白川の屋敷のどこかしらの出入り口から、紫純琥珀蝶が侵入した可能性はないのかと初さんは目を細めながら尋ねてきた。
「紫純琥珀蝶が飛び交う世界で、不注意な人間がいると思うか」
蝶の存在を忌み嫌っていた両親のことを考えると、使用人の過ち一つすら許さない勢いで屋敷の戸締りだけは厳重にしていたはず。
「まあ……うん、そうだよね」
様々な案を寄せ集めて、二人は妹と、北白川のことを庇ってくれようとしているのが分かる。
でも、それらの案はどれも捨て去るべきものだと、子どもの私でも理解できる。
(私の家族のために待機している人たちの中に、裏切り者が混ざっている……?)
そんな可能性がないわけではないけれど、没落寸前の北白川家を危険に陥れる可能性は恐らく低い。
大勢の証人が屋敷に妹がいることを証明するのなら、記憶を失った原因は妹にある。
どう考えたって屋敷の中にさえいれば、美怜ちゃんが紫純琥珀蝶に襲われることはないのだから。
「妹が迷惑をかけて、申し訳ございません」
互いに、誰が悪かったという犯人捜しをしたいわけではない。
誰が悪いかと問われれば、それは妹の美怜が悪かったと全員が答えを一致させるはず。
「妹が蝶を招き入れた理由が、人々を蝶の脅威に陥れるものでなければいいのですが……」
私が視線を床に向けると、悠真様は私の頭を撫でてくれるような気がする。
今も、ほんの軽い力ではあったけど、悠真様は私の頭を撫でてくれた。
それだけ広い視野で、この場を観察してくれていることに感謝の気持ちを抱きながら、私はなるべく自身の心臓を落ち着けるよう努める。
「紫純琥珀蝶とは何物なのか……未だに正体が分からない」
悠真様が自分を卑下なさるような声を発したものだから、俯きがちだった視線を上へと向けるように体へと指示する。
自分が俯いている場合ではないのだと言い聞かせていく。
「結葵様っていう大きな協力も得ることができたんだから、悠真くん一人で背負わなくても……」
「人工的に蝶が作られている可能性も含めて、俺たち狩り人は調査を進めている」
人の記憶を奪う紫純琥珀蝶が、人工的に造られているという発想を持ったことがなかった。
悠真様の発言に言葉を失いそうになるものの、人の手が加わった蝶なら記憶を奪うことも可能なのかもしれないと息を呑む。
「北白川美怜が、第三者にそそのかされた可能性もないわけではない」
この場にいる私たちを観察するように視線を配る悠真様だけど、多くの優しさを与えてくれた彼に不快感なんてものを私が抱くはずがなかった。
美怜ちゃんは、やっぱり戸惑っていた。
美怜ちゃんの記憶上では、赤の他人。
赤の他人から心配されたとことで、嬉しくもなんともない。
私が一方的に気持ちを伝えたところで、私の記憶を失っている妹にはなんの効果も影響ももたらさない。
「疲れたよね、少し横になって」
「うん……」
私たちは双子のはずなのに、紫純琥珀蝶に記憶を喰われた妹はまるで幼子に戻ったかのように見えた。
自分の意思すら持つことができず、ただただ起きている出来事を純粋無垢な眼差しで受け入れていく。
「おやすみ、美怜ちゃん」
美怜ちゃんが私の言うことに従順になり、そのまま美怜ちゃんは布団の中へと体を休めた。
筒路森家から多額のお金が送られているのは間違いないらしく、妹を包み込んでいる布団の厚みに安堵の気持ちを抱いた。
「悠真様、ありがとうございました」
妹が寝入った頃合いを見て部屋を後にし、初さんが待機していた廊下へと戻ってきた。
「結葵、少しは姉妹の時間を……」
「妹のことを本気で考えているからこそ、どうして美怜ちゃんが記憶を失ってしまったのか考えないといけないのかなと」
緊張しているわけでも、運動したわけでもないのに、心臓の音がうるさい。
息切れなんてまったくしていないのに、心臓の辺りがざわついている。
「初」
廊下で待機している初さんを呼ぶときの悠真様の声が厳しさを含んでいて、ほんの少し怖いと思った。
でも、それは私を想って発してくれた声だと信じたい。
「北白川の第二令嬢が家にいたのは確認できているな」
「結葵様のご家族は、特に厳重に警備するように手配済みです」
それは契約内容に含まれていたものなのか、悠真様が一方的に配慮したことなのかは分からない。でも、私が嫁ぐことで、私の家族は手厚い警護を受けることができたという事実を知らされる。
「でも、部屋の中で何をしていたかまでは把握できていないのは事実」
心臓が激しく動き出したような気がする。
心臓が壊れてしまうんじゃないかと錯覚させるほど、心臓が激しい運動を繰り返す。
「だったら……」
「やはり辿り着くのは、その結論ですよね」
悠真様が言葉にしなくても、分かってる。
悠真様が、このあと何を言葉にしたいかということが想像できてしまう。
「北白川美怜が、なんらかしらの目的を持って蝶を中へと招き入れたってことになるな」
残酷な言葉を告げられた。
悠真様は言葉を優しく包んでくれているけれど、それは美怜ちゃんの記憶が失われてしまったのは自業自得で起きてしまったということを示している。
「不注意、とは考えないの?」
北白川の屋敷のどこかしらの出入り口から、紫純琥珀蝶が侵入した可能性はないのかと初さんは目を細めながら尋ねてきた。
「紫純琥珀蝶が飛び交う世界で、不注意な人間がいると思うか」
蝶の存在を忌み嫌っていた両親のことを考えると、使用人の過ち一つすら許さない勢いで屋敷の戸締りだけは厳重にしていたはず。
「まあ……うん、そうだよね」
様々な案を寄せ集めて、二人は妹と、北白川のことを庇ってくれようとしているのが分かる。
でも、それらの案はどれも捨て去るべきものだと、子どもの私でも理解できる。
(私の家族のために待機している人たちの中に、裏切り者が混ざっている……?)
そんな可能性がないわけではないけれど、没落寸前の北白川家を危険に陥れる可能性は恐らく低い。
大勢の証人が屋敷に妹がいることを証明するのなら、記憶を失った原因は妹にある。
どう考えたって屋敷の中にさえいれば、美怜ちゃんが紫純琥珀蝶に襲われることはないのだから。
「妹が迷惑をかけて、申し訳ございません」
互いに、誰が悪かったという犯人捜しをしたいわけではない。
誰が悪いかと問われれば、それは妹の美怜が悪かったと全員が答えを一致させるはず。
「妹が蝶を招き入れた理由が、人々を蝶の脅威に陥れるものでなければいいのですが……」
私が視線を床に向けると、悠真様は私の頭を撫でてくれるような気がする。
今も、ほんの軽い力ではあったけど、悠真様は私の頭を撫でてくれた。
それだけ広い視野で、この場を観察してくれていることに感謝の気持ちを抱きながら、私はなるべく自身の心臓を落ち着けるよう努める。
「紫純琥珀蝶とは何物なのか……未だに正体が分からない」
悠真様が自分を卑下なさるような声を発したものだから、俯きがちだった視線を上へと向けるように体へと指示する。
自分が俯いている場合ではないのだと言い聞かせていく。
「結葵様っていう大きな協力も得ることができたんだから、悠真くん一人で背負わなくても……」
「人工的に蝶が作られている可能性も含めて、俺たち狩り人は調査を進めている」
人の記憶を奪う紫純琥珀蝶が、人工的に造られているという発想を持ったことがなかった。
悠真様の発言に言葉を失いそうになるものの、人の手が加わった蝶なら記憶を奪うことも可能なのかもしれないと息を呑む。
「北白川美怜が、第三者にそそのかされた可能性もないわけではない」
この場にいる私たちを観察するように視線を配る悠真様だけど、多くの優しさを与えてくれた彼に不快感なんてものを私が抱くはずがなかった。