(もしも、蝶が飛ばない平和な世界が訪れるようなことがあったら……)
そのときは、悠真様が生涯を共にする方を自由に選ぶとき。
なるべくなら妹を贔屓してほしいと願うけれど、悠真様の心を縛り続けることは私にはできない。
「私が両親にできることなんて、何もないと思っていたので……」
「……暴力を振るわれても、精神的な苦痛を受けても、それでも血の繋がりが大切か」
「産んでもらった礼を返さなければいけません」
事実を口にしただけなのに、その言葉は凶器のように私の心へと突き刺さった。
産んでもらった礼を返したいという気持ちは本物でも、その気持ちが揺らいでいることに気づいているからかもしれない。
「……君が望むことなら、どんなことでも協力するべきなんだろうが」
悠真様は冷静な表情を崩さないまま言葉を続けようとしていたようだったけれど、それ以上の言葉を紡ぐことをやめた。
私も言葉を続けることなく、この話はここで終わりを迎えた。
(私があまりにも頑固すぎて、呆れられたのかもしれない……)
産んでもらった礼を返せば、両親は北白川の中へと招き入れてくれるのではないか。
そんな甘い夢を抱いてしまうのは、間違っていることなのか。
子として産まれてきたからには、当然の感情なのか分からない。
「結葵、火傷するなよ」
湯呑に新しく茶を淹れようとしただけのことなのに、悠真様は私のことを気にかけてくれた。
「いくら不慣れでも、火傷なんてするわけないですよ」
一瞬だけ、瞳を伏せた。
深呼吸をしてから、真っすぐ彼のことを見た。
「悠真様、お気遣いありがとうございます」
「……そんなに気を遣ってばかりいると、疲れるからな」
「悠真様こそ、いろいろと余計な世話を焼きすぎだと思います」
「病み上がりの人間を気遣うのは当然のことだろ」
恋仲同士が、どんな会話をするものなのかは分からない。
悠真様との会話は恋仲同士がするようなものではないかもしれないけど、それでも話を続けてみたいと思ってしまう。
(いま以上の関係に進展したい……)
そんな浅はかな願いを抱いてしまうのは、少なくとも幼い頃の自分が華族に嫁ぐ日を夢見たことがあるからかもしれない。
「気を遣いすぎると、肩が凝るからな」
「では、気を遣いません」
「ん?」
「緊張で、食事が喉を通りません」
遠慮することなく言葉を発すると、悠真様は私が愛する優しい笑みを浮かべてくれた。
堪えきれない声が溢れ出すという、おまけも付いてきたけれど。
「人を呼ぶか?」
「……悠真様と同じく、遠慮したいです」
「だったら、頑張って食べてくれ」
「……いただきます」
悠真様を慕う方が、どれだけ存在するのか分からない。
悠真様の交友関係を把握できていない段階ではあるけれど、紫純琥珀蝶を狩る力を持つ悠真様の時間を私が独占していいわけがない。それくらいのことは、悠真様の優しさを通して感じ取ることができる。
(悠真様の優しさから解放してもらうためにも、私は蝶を……)
北白川家の娘だから、優しくしてくれる。
このまま紫蝶琥珀蝶を絶やすことができなければ妻になる存在だから、優しくしてくれる。
外面を良くしたいから、優しくしてくれる。
紫蝶琥珀蝶と言葉を交わすことができるから、優しくしてくれる。
「始めは、不慣れなことが多くて嫌になるな」
「悠真様にも、不慣れなことがあるのですか」
「だから、不慣れと告白してくれた君の気持ちは理解しているつもりだ」
きっと、どれもが正解。
だからこそ、私に割いてくれている優しさを、ほかの誰かのために活かしてほしいと思ってしまう。
「時間なんて、いくらでもかければいい」
「…………」
「少しずつ、馴染んでいってくれ」
「……ありがとうございます」
私は悠真様の優しさがなくても生きていける強い人間だということを知ってもらって、悠真様には安心して世界の平穏のために時間を費やしてほしい。
「結葵は、人を頼らなそう……いや、人を頼ることを知らなそうだからな」
「……ご心配をおかけして申し訳ございません」
「心配させることを、悪と言っているんじゃない」
食事を摂ることの大切さと難しさを同時に感じることに苦戦している私に対して、悠真様は変わらぬ優しさを与えてくれる。
「俺は、これから結葵のことを利用していく。こっちも利用してもらわないと割に合わないだろ」
「悠真様には、十分なものをいただいていますよ」
筒路森家から、北白川家には多額の金を。
北白川家から、筒路森家には紫蝶琥珀蝶と対話する力を。
そんな契約を成り立たせる関係とは思えないほど、悠真様は優しい。
そのときは、悠真様が生涯を共にする方を自由に選ぶとき。
なるべくなら妹を贔屓してほしいと願うけれど、悠真様の心を縛り続けることは私にはできない。
「私が両親にできることなんて、何もないと思っていたので……」
「……暴力を振るわれても、精神的な苦痛を受けても、それでも血の繋がりが大切か」
「産んでもらった礼を返さなければいけません」
事実を口にしただけなのに、その言葉は凶器のように私の心へと突き刺さった。
産んでもらった礼を返したいという気持ちは本物でも、その気持ちが揺らいでいることに気づいているからかもしれない。
「……君が望むことなら、どんなことでも協力するべきなんだろうが」
悠真様は冷静な表情を崩さないまま言葉を続けようとしていたようだったけれど、それ以上の言葉を紡ぐことをやめた。
私も言葉を続けることなく、この話はここで終わりを迎えた。
(私があまりにも頑固すぎて、呆れられたのかもしれない……)
産んでもらった礼を返せば、両親は北白川の中へと招き入れてくれるのではないか。
そんな甘い夢を抱いてしまうのは、間違っていることなのか。
子として産まれてきたからには、当然の感情なのか分からない。
「結葵、火傷するなよ」
湯呑に新しく茶を淹れようとしただけのことなのに、悠真様は私のことを気にかけてくれた。
「いくら不慣れでも、火傷なんてするわけないですよ」
一瞬だけ、瞳を伏せた。
深呼吸をしてから、真っすぐ彼のことを見た。
「悠真様、お気遣いありがとうございます」
「……そんなに気を遣ってばかりいると、疲れるからな」
「悠真様こそ、いろいろと余計な世話を焼きすぎだと思います」
「病み上がりの人間を気遣うのは当然のことだろ」
恋仲同士が、どんな会話をするものなのかは分からない。
悠真様との会話は恋仲同士がするようなものではないかもしれないけど、それでも話を続けてみたいと思ってしまう。
(いま以上の関係に進展したい……)
そんな浅はかな願いを抱いてしまうのは、少なくとも幼い頃の自分が華族に嫁ぐ日を夢見たことがあるからかもしれない。
「気を遣いすぎると、肩が凝るからな」
「では、気を遣いません」
「ん?」
「緊張で、食事が喉を通りません」
遠慮することなく言葉を発すると、悠真様は私が愛する優しい笑みを浮かべてくれた。
堪えきれない声が溢れ出すという、おまけも付いてきたけれど。
「人を呼ぶか?」
「……悠真様と同じく、遠慮したいです」
「だったら、頑張って食べてくれ」
「……いただきます」
悠真様を慕う方が、どれだけ存在するのか分からない。
悠真様の交友関係を把握できていない段階ではあるけれど、紫純琥珀蝶を狩る力を持つ悠真様の時間を私が独占していいわけがない。それくらいのことは、悠真様の優しさを通して感じ取ることができる。
(悠真様の優しさから解放してもらうためにも、私は蝶を……)
北白川家の娘だから、優しくしてくれる。
このまま紫蝶琥珀蝶を絶やすことができなければ妻になる存在だから、優しくしてくれる。
外面を良くしたいから、優しくしてくれる。
紫蝶琥珀蝶と言葉を交わすことができるから、優しくしてくれる。
「始めは、不慣れなことが多くて嫌になるな」
「悠真様にも、不慣れなことがあるのですか」
「だから、不慣れと告白してくれた君の気持ちは理解しているつもりだ」
きっと、どれもが正解。
だからこそ、私に割いてくれている優しさを、ほかの誰かのために活かしてほしいと思ってしまう。
「時間なんて、いくらでもかければいい」
「…………」
「少しずつ、馴染んでいってくれ」
「……ありがとうございます」
私は悠真様の優しさがなくても生きていける強い人間だということを知ってもらって、悠真様には安心して世界の平穏のために時間を費やしてほしい。
「結葵は、人を頼らなそう……いや、人を頼ることを知らなそうだからな」
「……ご心配をおかけして申し訳ございません」
「心配させることを、悪と言っているんじゃない」
食事を摂ることの大切さと難しさを同時に感じることに苦戦している私に対して、悠真様は変わらぬ優しさを与えてくれる。
「俺は、これから結葵のことを利用していく。こっちも利用してもらわないと割に合わないだろ」
「悠真様には、十分なものをいただいていますよ」
筒路森家から、北白川家には多額の金を。
北白川家から、筒路森家には紫蝶琥珀蝶と対話する力を。
そんな契約を成り立たせる関係とは思えないほど、悠真様は優しい。