「……に食べて」
「ん?」
自分の声のか細さに情けなさを抱くけれど、それで声を閉ざしてしまったら意味がない。
どんなに小さな声だとしても声を出し続けなければ、私を大切にしてくれる人に自分の声は届かなくなってしまう。
「一緒に食べて……」
テーブルの上に置かれた食事たちとにらめっこしているのかと勘違いしてしまうほど下へ下へと向けていた視線を上げる。
「好きや、嫌いを見つけていきたいです」
悠真様と視線を交えると、彼は私が大好きと思う優しくて柔らかな笑みを浮かべてくれた。
「結葵の好きを増やせと言ったのは、俺だったな」
「悠真様の好きも、私と共に増やしていってください」
「っていっても、本当に好き嫌いがないんだよな……」
「それを一緒に見つけていきましょう」
小鳥のさえずりだけでなく、風で木々が揺れる音も繊細に運ばれてくる朝の時間。
自然界を生きる命の音しか聞こえてこなくなったけれど、湯呑に注がれた茶だけはゆらゆら揺らいで、そこだけは唯一の騒がしさを感じられたかもしれない。けれど、音も立てない茶であることに変わりはなく、二人きりの空間に何も音は響かない。
「悠真様?」
悠真様の食事の手が止まっている。
そして、悠真様の視線が私に注がれていることに気づいてしまった。
「侍女を呼んだ方が、食事しやすいか?」
私の食が進んでいないことを気にかけてくれた悠真様は、私が食事しやすい環境を整えるために優しく提案してくれた。
「侍女? え、あ、そういえばいらっしゃらないのですね……」
「食事の時間に他人がいると、常に監視されているみたいで気分が悪い」
この場にいるのは私たち二人ということもあり、ほかの人の反応を気にすることなく悠真様は素直な感情を吐露する。
「なるほど……承知いたしました」
一人きりでの食事が当たり前だった私は、食事中に会話がなくても気にならない生活に馴染んできた。
食事をしながら考えごとに耽るのは日常茶飯事だったけれど、悠真様には余計な気を遣わせてしまったかもしれない。
(平常心、平常心……)
平常心を装って、私のために用意された食事に手を伸ばすために箸を取る。
夢の中で抱いた悲しさなんて、現実には持ち込んではいけないものだと自分に言い聞かせていく。
「だが、結葵が二人きりの空間を好まないなら、人を呼んでも……」
「もともと、誰かに囲まれた生活は送ってこなかったので平気ですよ」
いつもの自分を、悠真様に見せたい。
見た夢は、何も意味を持たないもの。
私は、悠真様に心配されるような人間ではないことを伝えたい。
「没落寸前の北白川家か」
筒路森の財のおかげで、北白川はかつての栄華を誇るような偽物の輝きを放っている。
北白川が過去の名声を取り戻したものだと周囲に勘違いさせていくことが、政略結婚を仕組まれた私に与えられた使命。
そんな仮初の裏側を知っている悠真様は優しくもなく、軽蔑でもなく、複雑な感情を抱いているように見えた。
「その没落寸前の北白川家の娘を、悠真様は嫁に貰うわけですけどね」
「おかげで、君の家は随分と潤っているんじゃないか」
「筒路森様のおかげです」
朝食だけが用意されている部屋で、私と悠真様は二人きちの時間を過ごす。
食べられる物があるだけでもありがたいのに、二人きりという贅沢な時間までいただいてしまって、なかなか食事が喉を通っていってくれない。
「そういえば、悠真様のご両親に一度もご挨拶したことがないのですが……」
「あの人たちは別邸で余生を過ごしている。俺が誰と結婚しようと、筒路森の未来がどうなろうと関心はないだろ」
まるでご両親に興味がないような、冷めた言い回しをされた悠真様。
(誰と結婚しても、筒路森の未来がどうなっても関心はない……)
筒路森の当主と北白川家の娘との婚約は、私たち姉妹が物心つくころから決められていたと思っていた。
その取り決めを締結したのは互いの両親であると思っていたのに、悠真様のご両親は誰が筒路森の世継ぎを産むことになろうと興味がないとおっしゃられた。
「そうおっしゃるのなら、私はその言葉を信じます」
最初は政略結婚という関係性で結ばれていたのは本当のことでも、当主が代わることで事情も変わったということ。
「これで私は、蝶と言葉を交わすことに集中することができます」
悠真様のご両親は北白川の美貌に惹かれていたため、私の両親は蝶と言葉を交わすことができないまっとうな娘を悠真様の元に嫁がせたかった。でも、筒路森の現当主である悠真様は紫純琥珀蝶と言葉を交わすことができる娘が欲しかったということ。
「いざ迎えに行ったら、紫純琥珀蝶と話すどころじゃなくなって驚かされた」
「……紫純琥珀蝶は、壊すとおっしゃっていました」
妹の美怜は記憶を喰われたくないあまりに取り乱して、場を大きく荒らしてしまった。
怒声が響き、平穏な場が失われてしまうことにも繋がってしまったけれど、それは未来を変えることにも繋がった。
「何を壊したいのかにもよるが……」
「ですが……」
逆接の言葉が、同時に重なった。
「……おかげで、結葵を見つけることができた」
「私も、悠真様と出会うことができました」
晴れやかな表情が広がって、妹に悠真様を返さなければいけないと後ろめたさから少しだけ解放された気がする。
「ん?」
自分の声のか細さに情けなさを抱くけれど、それで声を閉ざしてしまったら意味がない。
どんなに小さな声だとしても声を出し続けなければ、私を大切にしてくれる人に自分の声は届かなくなってしまう。
「一緒に食べて……」
テーブルの上に置かれた食事たちとにらめっこしているのかと勘違いしてしまうほど下へ下へと向けていた視線を上げる。
「好きや、嫌いを見つけていきたいです」
悠真様と視線を交えると、彼は私が大好きと思う優しくて柔らかな笑みを浮かべてくれた。
「結葵の好きを増やせと言ったのは、俺だったな」
「悠真様の好きも、私と共に増やしていってください」
「っていっても、本当に好き嫌いがないんだよな……」
「それを一緒に見つけていきましょう」
小鳥のさえずりだけでなく、風で木々が揺れる音も繊細に運ばれてくる朝の時間。
自然界を生きる命の音しか聞こえてこなくなったけれど、湯呑に注がれた茶だけはゆらゆら揺らいで、そこだけは唯一の騒がしさを感じられたかもしれない。けれど、音も立てない茶であることに変わりはなく、二人きりの空間に何も音は響かない。
「悠真様?」
悠真様の食事の手が止まっている。
そして、悠真様の視線が私に注がれていることに気づいてしまった。
「侍女を呼んだ方が、食事しやすいか?」
私の食が進んでいないことを気にかけてくれた悠真様は、私が食事しやすい環境を整えるために優しく提案してくれた。
「侍女? え、あ、そういえばいらっしゃらないのですね……」
「食事の時間に他人がいると、常に監視されているみたいで気分が悪い」
この場にいるのは私たち二人ということもあり、ほかの人の反応を気にすることなく悠真様は素直な感情を吐露する。
「なるほど……承知いたしました」
一人きりでの食事が当たり前だった私は、食事中に会話がなくても気にならない生活に馴染んできた。
食事をしながら考えごとに耽るのは日常茶飯事だったけれど、悠真様には余計な気を遣わせてしまったかもしれない。
(平常心、平常心……)
平常心を装って、私のために用意された食事に手を伸ばすために箸を取る。
夢の中で抱いた悲しさなんて、現実には持ち込んではいけないものだと自分に言い聞かせていく。
「だが、結葵が二人きりの空間を好まないなら、人を呼んでも……」
「もともと、誰かに囲まれた生活は送ってこなかったので平気ですよ」
いつもの自分を、悠真様に見せたい。
見た夢は、何も意味を持たないもの。
私は、悠真様に心配されるような人間ではないことを伝えたい。
「没落寸前の北白川家か」
筒路森の財のおかげで、北白川はかつての栄華を誇るような偽物の輝きを放っている。
北白川が過去の名声を取り戻したものだと周囲に勘違いさせていくことが、政略結婚を仕組まれた私に与えられた使命。
そんな仮初の裏側を知っている悠真様は優しくもなく、軽蔑でもなく、複雑な感情を抱いているように見えた。
「その没落寸前の北白川家の娘を、悠真様は嫁に貰うわけですけどね」
「おかげで、君の家は随分と潤っているんじゃないか」
「筒路森様のおかげです」
朝食だけが用意されている部屋で、私と悠真様は二人きちの時間を過ごす。
食べられる物があるだけでもありがたいのに、二人きりという贅沢な時間までいただいてしまって、なかなか食事が喉を通っていってくれない。
「そういえば、悠真様のご両親に一度もご挨拶したことがないのですが……」
「あの人たちは別邸で余生を過ごしている。俺が誰と結婚しようと、筒路森の未来がどうなろうと関心はないだろ」
まるでご両親に興味がないような、冷めた言い回しをされた悠真様。
(誰と結婚しても、筒路森の未来がどうなっても関心はない……)
筒路森の当主と北白川家の娘との婚約は、私たち姉妹が物心つくころから決められていたと思っていた。
その取り決めを締結したのは互いの両親であると思っていたのに、悠真様のご両親は誰が筒路森の世継ぎを産むことになろうと興味がないとおっしゃられた。
「そうおっしゃるのなら、私はその言葉を信じます」
最初は政略結婚という関係性で結ばれていたのは本当のことでも、当主が代わることで事情も変わったということ。
「これで私は、蝶と言葉を交わすことに集中することができます」
悠真様のご両親は北白川の美貌に惹かれていたため、私の両親は蝶と言葉を交わすことができないまっとうな娘を悠真様の元に嫁がせたかった。でも、筒路森の現当主である悠真様は紫純琥珀蝶と言葉を交わすことができる娘が欲しかったということ。
「いざ迎えに行ったら、紫純琥珀蝶と話すどころじゃなくなって驚かされた」
「……紫純琥珀蝶は、壊すとおっしゃっていました」
妹の美怜は記憶を喰われたくないあまりに取り乱して、場を大きく荒らしてしまった。
怒声が響き、平穏な場が失われてしまうことにも繋がってしまったけれど、それは未来を変えることにも繋がった。
「何を壊したいのかにもよるが……」
「ですが……」
逆接の言葉が、同時に重なった。
「……おかげで、結葵を見つけることができた」
「私も、悠真様と出会うことができました」
晴れやかな表情が広がって、妹に悠真様を返さなければいけないと後ろめたさから少しだけ解放された気がする。