「せっかく着飾っても、訪れる場所が霊園では華がないな」
「霊園に対して、華がないとか言わないでください……」
紫純琥珀蝶。
そんな難しい名前で呼ばれている蝶が飛び交う、朱色村。
北白川の屋敷の外を出歩くことが随分と久しぶりのことで、歩き方がぎこちないのではないかと不安になる。
「結葵、紹介が遅れたな。狩り人の……」
「字見初です」
月明かりのような儚さを持つ悠真様とは真逆の、まるで太陽のような明るい空気に包み込まれた青年が丁寧に挨拶をしてくれた。
「悠真くんとは同じ狩り人仲間なんですけど、まあ身分と言いますか、立場と言いますか……悠真さの方が偉いって感じです」
字見さんの澄んだ瞳は、一瞬で見る者の心を和ませてしまうほど美しい。
日本では見慣れない金の髪が風に揺れ、彼の顔立ちを一層引き立てた。
「主人の紹介より先に名乗る奴があるか」
「普段、主従関係というものを意識していないもので」
私の歩き方が本当に不安定だったことに気づいたのか、それとも将来の妻となる私に対して優しいだけなのか。
「これから、長い付き合いになるといいんですけどね」
人との距離を縮めるのが上手い方らしく、字見さんはおおらかな態度と柔らかな笑みで私の緊張を解きほぐそうとしてくれる。
「人の嫁を口説くな」
「そういう意味合いじゃないってこと、わかってますよね?」
悠真様は、私が歩く速度に合わせてくれた。
手を繋いでくれた。
私だけが置いていかれることのないように、悠真様は私のことを常に気遣ってくださる。
「歩きながら、狩り人に関して説明させてもらいますね」
字見さんの声はいつだって明るさを含んでいて、誰にも不安を与えない安心感というものがあると思う。
でも、字見さんが説明を始めると言葉にした瞬間、悠真様は繋ぐ手に力を込めてくれた。
「狩り人っていうのは、職業の名でもあります」
そこに痛みなんてものはなかったけれど、深く繋がる右手に心が不気味に揺れるのを感じた。
「なんとなく察しがつくと思いますけど……」
濃い紫と、淡い紫の花が対照的に並置されている場所へと辿り着いた。
淡い紫は紫純琥珀蝶の色を思い起こすはずなのに、目に映るすべての紫を美しいと思った。
こんなにも人の心を引きつける紫が、この世に存在したことに胸を打たれた。
「紫純琥珀蝶を狩る」
悠真様の口から告げられた言葉は残酷な現実を知らせるもののはずなのに、紫の美しさに包まれた私は悠真様のことも字見さんのことも残酷と思うことはできなかった。
「それが、悠真くんと俺に与えられた使命になります」
人々の記憶を奪う紫純琥珀蝶と呼ばれる蝶が飛ぶ世界だからこそ、私たちは出会うことができた。
けれど、紫純琥珀蝶が飛び交う世界でなかったら、悠真様の隣を歩いているのは妹の美怜ちゃんだった。
そのことを、私はしっかりと胸に刻まなければいけないと思った。
「筒路森の財は別の事業で立ち上げたものに間違いはないが、時代も変わってな」
国の偉い方が亡くなったのではないかと思ってしまうほど大きな墓石を前に、悠真様は純白の花を供えた。
「今は……蝶を利用した方が生きやすい」
濃い紫と淡い紫の中に、歪な白が混ざる。
でも、その光景にすら私は心を奪われた。
悠真様が私のためを想って行動してくださるすべてを、どう思考を切り替えたところで不快になんて思うことができない。
「私のために、蝶の墓を建ててくださったのですね」
「そんなに立派な話ではないさ」
悠真様の隣に並んで、お墓の中に眠る蝶を弔う。
字見さんが私たちと一緒に蝶の墓参りをすることはなく、字見さんは墓石以外のものが視界に映るように墓石から視線を外していた。
「蝶を狩る方が、お墓参りをするのは……とても勇気が要ることだと思います」
私のために用意された墓が、どういう意味を持つか。
字見さんの態度を見て、悟った。
紫純琥珀蝶の墓を立てること自体が、快く思われていないということを。
「霊園に対して、華がないとか言わないでください……」
紫純琥珀蝶。
そんな難しい名前で呼ばれている蝶が飛び交う、朱色村。
北白川の屋敷の外を出歩くことが随分と久しぶりのことで、歩き方がぎこちないのではないかと不安になる。
「結葵、紹介が遅れたな。狩り人の……」
「字見初です」
月明かりのような儚さを持つ悠真様とは真逆の、まるで太陽のような明るい空気に包み込まれた青年が丁寧に挨拶をしてくれた。
「悠真くんとは同じ狩り人仲間なんですけど、まあ身分と言いますか、立場と言いますか……悠真さの方が偉いって感じです」
字見さんの澄んだ瞳は、一瞬で見る者の心を和ませてしまうほど美しい。
日本では見慣れない金の髪が風に揺れ、彼の顔立ちを一層引き立てた。
「主人の紹介より先に名乗る奴があるか」
「普段、主従関係というものを意識していないもので」
私の歩き方が本当に不安定だったことに気づいたのか、それとも将来の妻となる私に対して優しいだけなのか。
「これから、長い付き合いになるといいんですけどね」
人との距離を縮めるのが上手い方らしく、字見さんはおおらかな態度と柔らかな笑みで私の緊張を解きほぐそうとしてくれる。
「人の嫁を口説くな」
「そういう意味合いじゃないってこと、わかってますよね?」
悠真様は、私が歩く速度に合わせてくれた。
手を繋いでくれた。
私だけが置いていかれることのないように、悠真様は私のことを常に気遣ってくださる。
「歩きながら、狩り人に関して説明させてもらいますね」
字見さんの声はいつだって明るさを含んでいて、誰にも不安を与えない安心感というものがあると思う。
でも、字見さんが説明を始めると言葉にした瞬間、悠真様は繋ぐ手に力を込めてくれた。
「狩り人っていうのは、職業の名でもあります」
そこに痛みなんてものはなかったけれど、深く繋がる右手に心が不気味に揺れるのを感じた。
「なんとなく察しがつくと思いますけど……」
濃い紫と、淡い紫の花が対照的に並置されている場所へと辿り着いた。
淡い紫は紫純琥珀蝶の色を思い起こすはずなのに、目に映るすべての紫を美しいと思った。
こんなにも人の心を引きつける紫が、この世に存在したことに胸を打たれた。
「紫純琥珀蝶を狩る」
悠真様の口から告げられた言葉は残酷な現実を知らせるもののはずなのに、紫の美しさに包まれた私は悠真様のことも字見さんのことも残酷と思うことはできなかった。
「それが、悠真くんと俺に与えられた使命になります」
人々の記憶を奪う紫純琥珀蝶と呼ばれる蝶が飛ぶ世界だからこそ、私たちは出会うことができた。
けれど、紫純琥珀蝶が飛び交う世界でなかったら、悠真様の隣を歩いているのは妹の美怜ちゃんだった。
そのことを、私はしっかりと胸に刻まなければいけないと思った。
「筒路森の財は別の事業で立ち上げたものに間違いはないが、時代も変わってな」
国の偉い方が亡くなったのではないかと思ってしまうほど大きな墓石を前に、悠真様は純白の花を供えた。
「今は……蝶を利用した方が生きやすい」
濃い紫と淡い紫の中に、歪な白が混ざる。
でも、その光景にすら私は心を奪われた。
悠真様が私のためを想って行動してくださるすべてを、どう思考を切り替えたところで不快になんて思うことができない。
「私のために、蝶の墓を建ててくださったのですね」
「そんなに立派な話ではないさ」
悠真様の隣に並んで、お墓の中に眠る蝶を弔う。
字見さんが私たちと一緒に蝶の墓参りをすることはなく、字見さんは墓石以外のものが視界に映るように墓石から視線を外していた。
「蝶を狩る方が、お墓参りをするのは……とても勇気が要ることだと思います」
私のために用意された墓が、どういう意味を持つか。
字見さんの態度を見て、悟った。
紫純琥珀蝶の墓を立てること自体が、快く思われていないということを。