「結葵、ありがとう」
「え?」
自分は紫純琥珀蝶と言葉を交わす力を持っていても、悠真様のお役に立つことができていない。むしろ、彼に助けられてばかりいる。
いつもの私に戻れるように、いつもの私でいられるように、悠真様に気を遣わせてばかりいる。
「私は悠真様から、お礼を言われるようなことはしていないと思うのですが……」
悠真様はとても気を遣うことができるから、自分は子どもっぽく見られてしまうかもしれない。
自分には経験がないから仕方がないという言い訳はしたくなくて、子どもっぽい自分を補うだけの経験を積んでいきたい。
「そういうところだよ」
「何が……」
髪を整えてくれていた悠真様の手が、私の頭を優しく撫でる。
「言っておくが、子ども扱いしているわけじゃないからな」
「……すみません」
「どうして謝るんだ」
返す言葉が迷走し始めた私を見かねて、悠真様は柔らかく微笑んでくれた。
「悠真様の行為に、意味が見い出せないので……」
「ああ、悪い」
私が戸惑いを露わにすればするほど、悠真様は優しい手つきで私に触れてくれる。
「肩の力の抜き方を覚えろ、という意味だ」
「……それは」
「政略結婚という言葉に囚われすぎて、君が君でなくなってしまったら意味がないだろ」
恋の仕方も分からなければ、恋の進め方も分からない。
そんな私を咎めることなく、悠真様は私に力の抜き方を教えてくれる。
「心配しなくても、金は惜しみなく出す」
「…………」
「失敗のひとつやふたつ、経験してみればいい」
ああ、やっぱり私たちの関係は政略結婚らしくないと思ってしまう。
「早く……大人になりたいと思うのですが」
私の声は、小さい。
弱々しいとも言えるけど、決して弱いありたいわけじゃない。
自分ならではの真の強さというものを持ちたいと思っていて、悠真様のように常に強くあるために努めていきたい。
「まあ、年を重ねることで、世界は大きく変わるって思うこともあるな」
「はい……。おっしゃる通りです」
大人に、なる……。
大人になるということは、いろんなものが変わってしまうということ。
もちろん変わらないものだって存在するだろうけど、手放さなければいけないもの。離れなければいけないもの。別れなければいけない人。自分が想像している以上のものが変わっていく。それが、大人になるということだと思っている。
「大人になりたいって気持ち……怖くはないか?」
「怖いもの知らず……なのかもしれません。早く大人になるために、悠真様に追いつくために、がむしゃらでありたいです」
語り口調は落ち着いたものでも、悠真様は悠真様なりに多くの経験を積みながら生きてきたのだと察することができる。
「もっと、悠真様に頼りにされたいです」
「そのままでいいと言ってるだろ」
眉間に皺を寄せてしまう悠真様だけれど、その皺に私を気遣う気持ちが多く込められていることを知った心は喜びの感情を育んでしまう。
「……努力だけはさせてください」
頑固と言われるかもしれない。
可愛げがないと思われているかもしれない。
でも、私は悠真様の気持ちに応えるために、自分の心を彼へと曝け出す。
「大人になりすぎても、駄目なこともあるぞ」
「……その言葉の意味、理解できるようになりたいです」
「少しずつ、な」
悠真様は満面の笑みとは言えなくとも、うっすら微笑んで平気なフリをしてくる。
その笑顔の裏に隠されているものに触れるには、私も私で覚悟をしなければいけない。
人の内に踏み込むことって、そう容易いことではないから。
「少しずつで何も問題はないんだが……」
「なんでもおっしゃってください。やってみないと何ができて、何ができないかもわかっていないもので」
彼の振る舞いや、彼の持つ強さは。自分には真似できないって思う。
いつ何時も、自分は落ち込んだりしないということを周囲に伝えてくる悠真様。
何が彼を動かしているのかは分からないけれど、悠真様の、その前向きさに助けてもらっている人は必ずいる。悠真様の努力に救われている人は、絶対にいると確信めいたものが脳裏を過った。
「駄目になったときは、助けてくれるか?」
悠真様とも、いつまで一緒に時を過ごせるか分からない。
「私の心は、いつだって悠真様のお傍におります」
いつ別れてしまっても可笑しくない関係ではあるからこそ、私は迷うことなく彼に応えたい。
「悠真様こそ、命令してくださってもいいんですよ」
「ははっ、そうだったな」
自分でも使う言葉ではあるけど、優しさの定義とはなんなのかと思うことがある。
誰かに尋ねれば、それ相応の答えをくれるとは思う。
でも、私たちが生きていく上で使う優しいという言葉は、自分の言葉で語りつくせないほど奥が深い。
「そろそろ出かけるか」
悠真様が、紫純琥珀蝶と呼ばれる存在と会話のできる私を受け入れてくれる。
それをありがたいことと捉えるべきなのかもしれないけれど、悠真様には人としての未来を歩んでほしいとも思ってしまう。
「……はい」
悠真様にとって相応しい未来は、なんなのか。
判断を下すことができない私は悠真様の優しさに甘えて、いつまでも悠真様との関係を続けようとしてしまうのかもしれない。
「え?」
自分は紫純琥珀蝶と言葉を交わす力を持っていても、悠真様のお役に立つことができていない。むしろ、彼に助けられてばかりいる。
いつもの私に戻れるように、いつもの私でいられるように、悠真様に気を遣わせてばかりいる。
「私は悠真様から、お礼を言われるようなことはしていないと思うのですが……」
悠真様はとても気を遣うことができるから、自分は子どもっぽく見られてしまうかもしれない。
自分には経験がないから仕方がないという言い訳はしたくなくて、子どもっぽい自分を補うだけの経験を積んでいきたい。
「そういうところだよ」
「何が……」
髪を整えてくれていた悠真様の手が、私の頭を優しく撫でる。
「言っておくが、子ども扱いしているわけじゃないからな」
「……すみません」
「どうして謝るんだ」
返す言葉が迷走し始めた私を見かねて、悠真様は柔らかく微笑んでくれた。
「悠真様の行為に、意味が見い出せないので……」
「ああ、悪い」
私が戸惑いを露わにすればするほど、悠真様は優しい手つきで私に触れてくれる。
「肩の力の抜き方を覚えろ、という意味だ」
「……それは」
「政略結婚という言葉に囚われすぎて、君が君でなくなってしまったら意味がないだろ」
恋の仕方も分からなければ、恋の進め方も分からない。
そんな私を咎めることなく、悠真様は私に力の抜き方を教えてくれる。
「心配しなくても、金は惜しみなく出す」
「…………」
「失敗のひとつやふたつ、経験してみればいい」
ああ、やっぱり私たちの関係は政略結婚らしくないと思ってしまう。
「早く……大人になりたいと思うのですが」
私の声は、小さい。
弱々しいとも言えるけど、決して弱いありたいわけじゃない。
自分ならではの真の強さというものを持ちたいと思っていて、悠真様のように常に強くあるために努めていきたい。
「まあ、年を重ねることで、世界は大きく変わるって思うこともあるな」
「はい……。おっしゃる通りです」
大人に、なる……。
大人になるということは、いろんなものが変わってしまうということ。
もちろん変わらないものだって存在するだろうけど、手放さなければいけないもの。離れなければいけないもの。別れなければいけない人。自分が想像している以上のものが変わっていく。それが、大人になるということだと思っている。
「大人になりたいって気持ち……怖くはないか?」
「怖いもの知らず……なのかもしれません。早く大人になるために、悠真様に追いつくために、がむしゃらでありたいです」
語り口調は落ち着いたものでも、悠真様は悠真様なりに多くの経験を積みながら生きてきたのだと察することができる。
「もっと、悠真様に頼りにされたいです」
「そのままでいいと言ってるだろ」
眉間に皺を寄せてしまう悠真様だけれど、その皺に私を気遣う気持ちが多く込められていることを知った心は喜びの感情を育んでしまう。
「……努力だけはさせてください」
頑固と言われるかもしれない。
可愛げがないと思われているかもしれない。
でも、私は悠真様の気持ちに応えるために、自分の心を彼へと曝け出す。
「大人になりすぎても、駄目なこともあるぞ」
「……その言葉の意味、理解できるようになりたいです」
「少しずつ、な」
悠真様は満面の笑みとは言えなくとも、うっすら微笑んで平気なフリをしてくる。
その笑顔の裏に隠されているものに触れるには、私も私で覚悟をしなければいけない。
人の内に踏み込むことって、そう容易いことではないから。
「少しずつで何も問題はないんだが……」
「なんでもおっしゃってください。やってみないと何ができて、何ができないかもわかっていないもので」
彼の振る舞いや、彼の持つ強さは。自分には真似できないって思う。
いつ何時も、自分は落ち込んだりしないということを周囲に伝えてくる悠真様。
何が彼を動かしているのかは分からないけれど、悠真様の、その前向きさに助けてもらっている人は必ずいる。悠真様の努力に救われている人は、絶対にいると確信めいたものが脳裏を過った。
「駄目になったときは、助けてくれるか?」
悠真様とも、いつまで一緒に時を過ごせるか分からない。
「私の心は、いつだって悠真様のお傍におります」
いつ別れてしまっても可笑しくない関係ではあるからこそ、私は迷うことなく彼に応えたい。
「悠真様こそ、命令してくださってもいいんですよ」
「ははっ、そうだったな」
自分でも使う言葉ではあるけど、優しさの定義とはなんなのかと思うことがある。
誰かに尋ねれば、それ相応の答えをくれるとは思う。
でも、私たちが生きていく上で使う優しいという言葉は、自分の言葉で語りつくせないほど奥が深い。
「そろそろ出かけるか」
悠真様が、紫純琥珀蝶と呼ばれる存在と会話のできる私を受け入れてくれる。
それをありがたいことと捉えるべきなのかもしれないけれど、悠真様には人としての未来を歩んでほしいとも思ってしまう。
「……はい」
悠真様にとって相応しい未来は、なんなのか。
判断を下すことができない私は悠真様の優しさに甘えて、いつまでも悠真様との関係を続けようとしてしまうのかもしれない。