「……言葉の割に、元気がなさそうに見えるが」
「鏡に映っているのが自分とは思えなくて、喜びで言葉を失っているだけのことです」
悠真様とは、政略結婚で結ばれた間柄。
私は筒路森のために尽くしていかなければいけない。
そして、その働きに応じて、家族が何不自由なく暮らしていけるだけのお金を北白川北白川家に送らなければいけない。
(私は、幸せになってはいけない)
自分には幸せを感じる資格はないと言い聞かせていることを悟られてしまったのか、いつの間にか悠真様に顔を覗かれていた。
「嘘を吐いても、演技をしても、それは君の自由だ」
言葉通りの政略結婚を、成立させることの難しさを感じる。
「だが、体調が悪いときだけは無理をしないでくれ」
筒路森の当主として、北白川家の人間を気遣っているだけに過ぎない。
そうは思っていても、こんなにも人を気にかけてくれる言葉をくれる悠真様は本当に優しい方なのだと思う。
「悠真様」
きっと、私が知らないところで多くの人たちを気にかけている。
もちろん敵と呼ぶような方も存在するのだろうけど、その敵すらも一掃するだけの人望を悠真様はお持ちだと容易に想像ができる。
「悠真様のお気遣いに、心から感謝申し上げます」
筒路森悠真様との出会いは、まだ私たちが幼い頃に両親が仕組んで導かれたもの。
「んー……」
「悠真様?」
本来なら、私たちは出会うことがなかった。
「やはり堅苦しい」
「あ……申し訳ございません……」
「それが君の性格というなら、これ以上、俺が何かを言うことはできない」
出会ってしまったことを運命と呼んでしまうのは簡単。
「でもな」
でも、きっと、私たちが出会えたことは運命だったのではないか。
そんな風に、自惚れてしまう。
「結葵との間に距離を感じるのは、かなり寂しい」
悠真様とは、まったくの縁もゆかりもなかったはずの私。
悠真様の瞳に映る予定だったのは、妹の美怜。
それなのに、悠真様が私のために言葉を送ってくださることが嬉しすぎて涙腺が揺らされる。
「上手く生きる必要はないんだからな」
政略結婚という言葉を辿ると、もっと愛のないところから始まるものだと思っていた。思い込んでいた。
でも、実際には悠真様から、こんなにも大切にされているのが伝わってきて怖いくらい幸せで困ってしまう。
「人は上手く生きたいと……願ってしまうものですよ」
悠真様が与えてくれる優しさから逃げてしまってもいいのに、私は、その優しさを受け取ってしまった。
それが、私と悠真様との間に引かれた境界線を取り払うきっかけとなってしまった。
「悠真様も、筒路森の当主として立派に生きておられるではないですか」
「……だといいんだがな」
深い溜め息を漏らして、悠真様は一瞬だけ目を伏せた。
「悠真様が、ここにいる。それが、立派に当主を務めあげている証明になるのだと思いますよ」
言葉通りの、政略結婚。
それで良かった。
それだけで良かった。
そんな言葉通りの未来を、私は生きるものだと思ってきた。
「ここにいる、か……」
「はい」
ただの、普通の、特別な関係なんて何もない政略結婚と関係。
特別なんていらないから、普通が欲しかった。
悠真様と、言葉通りの政略結婚という関係を築いていきたかった。
だけどそれは、私が一方的に抱いていた妄想だったのだと気づかされる。
「俺が当主にならなかったら、結葵とも出会えなかったわけか」
「そうですね」
紫純琥珀蝶で結ばれた、少し奇妙な縁ではある。
そんなことを思うけれど、紫純琥珀蝶は私と悠真様を繋ぐ唯一の存在。
蝶が存在するから、私は悠真様と話すことができる。
蝶が存在することで、私と悠真様は時間を共有することを許される。
(悠真様にとっては重くて辛い、私という名の荷物を背負わせてしまうことにはなるけれど……)
紫純琥珀蝶が生き続ける限り、私たちの関係は永遠になる。
(蝶を介した繋がりなんて、脆いものでしかないのに)
悠真様と永遠の関係を望んでいるのかと言われれば、恐らくそんなことは望んでいない。
それなのに、悠真様との繋がりを断ちたくないと思ってしまうのは、短い時間の中で与えられる悠真様の優しさが私の感覚を麻痺させてしまった証なのかもしれない。
「結葵」
「はい」
「傍にいてもらえるか」
「命じられなくとも」
両想いなんて、おこがましい。
ううん、おこがましいなんてものじゃない。
悠真様にとっては、政略結婚という関係ですら迷惑なものかもしれない。
政略結婚以上の感情を私が抱くなんて、そんな奇跡みたいな日が訪れたら悠真様はきっと私を拒絶すると思う。
「悠真様こそ、私に要求してください」
でも、そんな日、絶対に訪れさせない。
私は、政略結婚という関係を守り続けてみせる。
「鏡に映っているのが自分とは思えなくて、喜びで言葉を失っているだけのことです」
悠真様とは、政略結婚で結ばれた間柄。
私は筒路森のために尽くしていかなければいけない。
そして、その働きに応じて、家族が何不自由なく暮らしていけるだけのお金を北白川北白川家に送らなければいけない。
(私は、幸せになってはいけない)
自分には幸せを感じる資格はないと言い聞かせていることを悟られてしまったのか、いつの間にか悠真様に顔を覗かれていた。
「嘘を吐いても、演技をしても、それは君の自由だ」
言葉通りの政略結婚を、成立させることの難しさを感じる。
「だが、体調が悪いときだけは無理をしないでくれ」
筒路森の当主として、北白川家の人間を気遣っているだけに過ぎない。
そうは思っていても、こんなにも人を気にかけてくれる言葉をくれる悠真様は本当に優しい方なのだと思う。
「悠真様」
きっと、私が知らないところで多くの人たちを気にかけている。
もちろん敵と呼ぶような方も存在するのだろうけど、その敵すらも一掃するだけの人望を悠真様はお持ちだと容易に想像ができる。
「悠真様のお気遣いに、心から感謝申し上げます」
筒路森悠真様との出会いは、まだ私たちが幼い頃に両親が仕組んで導かれたもの。
「んー……」
「悠真様?」
本来なら、私たちは出会うことがなかった。
「やはり堅苦しい」
「あ……申し訳ございません……」
「それが君の性格というなら、これ以上、俺が何かを言うことはできない」
出会ってしまったことを運命と呼んでしまうのは簡単。
「でもな」
でも、きっと、私たちが出会えたことは運命だったのではないか。
そんな風に、自惚れてしまう。
「結葵との間に距離を感じるのは、かなり寂しい」
悠真様とは、まったくの縁もゆかりもなかったはずの私。
悠真様の瞳に映る予定だったのは、妹の美怜。
それなのに、悠真様が私のために言葉を送ってくださることが嬉しすぎて涙腺が揺らされる。
「上手く生きる必要はないんだからな」
政略結婚という言葉を辿ると、もっと愛のないところから始まるものだと思っていた。思い込んでいた。
でも、実際には悠真様から、こんなにも大切にされているのが伝わってきて怖いくらい幸せで困ってしまう。
「人は上手く生きたいと……願ってしまうものですよ」
悠真様が与えてくれる優しさから逃げてしまってもいいのに、私は、その優しさを受け取ってしまった。
それが、私と悠真様との間に引かれた境界線を取り払うきっかけとなってしまった。
「悠真様も、筒路森の当主として立派に生きておられるではないですか」
「……だといいんだがな」
深い溜め息を漏らして、悠真様は一瞬だけ目を伏せた。
「悠真様が、ここにいる。それが、立派に当主を務めあげている証明になるのだと思いますよ」
言葉通りの、政略結婚。
それで良かった。
それだけで良かった。
そんな言葉通りの未来を、私は生きるものだと思ってきた。
「ここにいる、か……」
「はい」
ただの、普通の、特別な関係なんて何もない政略結婚と関係。
特別なんていらないから、普通が欲しかった。
悠真様と、言葉通りの政略結婚という関係を築いていきたかった。
だけどそれは、私が一方的に抱いていた妄想だったのだと気づかされる。
「俺が当主にならなかったら、結葵とも出会えなかったわけか」
「そうですね」
紫純琥珀蝶で結ばれた、少し奇妙な縁ではある。
そんなことを思うけれど、紫純琥珀蝶は私と悠真様を繋ぐ唯一の存在。
蝶が存在するから、私は悠真様と話すことができる。
蝶が存在することで、私と悠真様は時間を共有することを許される。
(悠真様にとっては重くて辛い、私という名の荷物を背負わせてしまうことにはなるけれど……)
紫純琥珀蝶が生き続ける限り、私たちの関係は永遠になる。
(蝶を介した繋がりなんて、脆いものでしかないのに)
悠真様と永遠の関係を望んでいるのかと言われれば、恐らくそんなことは望んでいない。
それなのに、悠真様との繋がりを断ちたくないと思ってしまうのは、短い時間の中で与えられる悠真様の優しさが私の感覚を麻痺させてしまった証なのかもしれない。
「結葵」
「はい」
「傍にいてもらえるか」
「命じられなくとも」
両想いなんて、おこがましい。
ううん、おこがましいなんてものじゃない。
悠真様にとっては、政略結婚という関係ですら迷惑なものかもしれない。
政略結婚以上の感情を私が抱くなんて、そんな奇跡みたいな日が訪れたら悠真様はきっと私を拒絶すると思う。
「悠真様こそ、私に要求してください」
でも、そんな日、絶対に訪れさせない。
私は、政略結婚という関係を守り続けてみせる。