みこが通う山之内小学校にはある噂があった。
「ねぇ、知ってる? この学校には七不思議があるらしいよ」
誰から聞いたのか分からない話は、児童の間でこっそりと広まった。
「一つ目はトイレの花子さん、二つ目が音楽室のベートーベン。三つ目が──」
どこにでもありそうな七不思議が一つ一つ語られていく。しかし。
「だけどね、七つ目だけは誰も知らないの。知らないのが不思議ってわけじゃなくて、あるはずなのに知らないらしいよ」
「こわぁい!」
女子児童たちが怖がりながら笑い合う。そう、これは暇を持て余した児童たちの単なる遊びだったわけだが。
その日、ついに七不思議が完成した。
「それでは飼育係さん、お掃除よろしくね」
「分かりました」
飼育係の主な仕事は餌やりと小屋の掃除だ。二クラスごとに分かれて作業をしており、今日はみこたちのクラスが担当だった。
もう一人の係のクラスメートとウサギ小屋に行くと、すでに隣のクラスが作業を始めていた。
「おまたせ」
「大丈夫、まだ掃除用具準備したところだよ」
四人で手分けして、ウサギを端に寄せたり、餌箱を取り換えたりした。みこがウサギたちを見遣る。
「かわいい」
現在二羽のウサギが飼育されている。白い方がおもち、黒い方がかりんとうだ。同じクラスの新原真奈がみこの横にやってきた。
「ねぇ、かわいいよね。うちもウサギ飼いたい」
彼女は常々動物を飼いたいと言っているが、親がアレルギー持ちのため、残念ながら飼ったことがないらしい。
「そうだね」
本当はみこの家でウサギを飼っているから見にきてもいいよと言いたいところだが、みこがウサギになっている間は人間のみこが存在しなくなってしまうので、間違えて誘わないよう喉の奥でぐっと堪えている。
「毛が無い動物ならいいんだって。毛が無いともふもふじゃなくなっちゃうのに」
そう言って真奈は餌箱を洗いに小屋から出ていった。
──やっぱり、もふもふって大事なんだ。
真奈は動物の毛が好きだと言っていた。まるで自分が褒められた気になって、みこの頬が僅かに紅潮した。
掃除と言っても一日おきに飼育係が掃除をしているので、散らばった牧草とフンを集めるくらいだ。
「わ、フン踏んじゃった。やだぁ」
そんな声が聞こえてきて振り向く。確かに靴の裏だとしても汚れるのは嬉しくない。しかし、みこは今までウサギのフンを踏んだかどうか気にしたことすらなかった。
──人間はフンが付いたら嫌がる。勉強になった。
山暮らしだったみこにとって、奈々との暮らしはもちろんのこと、小学校での生活は何もかもが新鮮で、全てが勉強になる。出来れば、こうして人の間で過ごして大人になりたい。家族もそうしてきた。そうやって、あやかしは人に紛れて寄り添っていく。
「こっち終わったよ」
「こっちも~」
「じゃあウサちゃんたち戻そう」
隔離のため置いていた板を取り除くと、ウサギたちが元気よく小屋の中を駆け回った。あまりの可愛さにみこの脳内が大フィーバーを起こし、外ではいつも気をつけていたウサ耳がひょこりと数センチだけ頭から出てきてしまった。
──出ちゃった!
慌てて耳を引っ込める。すぐに気付いたので、時間としては二秒程。これなら誰も見ていないだろう。振り返ると、クラスメートが驚愕の表情でみこの頭を凝視していた。
しまった。見られていた。せっかく楽しい学校生活を送れているのに。
何か言わなければ。そう思うも考える力が残されておらず、口を開けてもただ息が漏れるばかりだ。
「僕たち先に帰るね」
その時、別のクラスの飼育係が声をかけてきた。弾かれたように体が動き出す。
「うん、鍵掛けておく」
「ありがと。じゃあね」
手を振って二人を見送る。すぐ近くにいたクラスメートが一歩こちらに近づいた。
「みこさん」
いったい何を言われるだろう。友だちを止めることになるのだろうか。先生に報告されて学校に通うことも出来なくなるだろうか。みこの瞳に涙が溜まる。
「みこさん、大丈夫だった!?」
「え?」
てっきり気持ち悪がられるか逃げられるかと思ったのに、真奈はがっちりとみこの手を握りしめてくれた。
呆気に取られているうちに、みこは小屋の外に出されていた。鍵もしっかり掛けてくれている。
「ちょっと触るね」
そう言って頭を触られた。
──怖くないのかな。
自分とは違う耳が生えたのに、この子は全く怖がったりしない。
「よかった、何ともなってない」
「大丈夫だよ」
「よく聞いてね。さっき、みこさんの頭にその、ちっちゃい耳が一瞬だけ生えて」
どきっとした。やはり見られている。
「み、耳? みこの頭に?」
「うん。それ、多分」
ごくり。みこの喉が鳴る。真奈がみこに耳打ちした。
「七不思議の七番目だよ」
「七不思議?」
全くもって予想外の言葉が投げかけられた。みこの頭に耳が生えたことのどこが七不思議なのか。しかし、真奈は腕組みをして真剣に頷いている。
「昨日、登校班の時五年生に聞いたの。七番目は誰も知られていないんだけど、どうやら病気で死んじゃったウサギが化けて出るっていうのがそうらしいって」
「そうなの?」
「うん。だからきっと、耳が一瞬生えたのは死んじゃったウサギさんがみこさんの頭に乗ったからだよ」
まさか、そんな噂が立っているなんて。みこは七不思議という言葉を知っていたが、興味が無かったのでその中身をほとんど知らなかった。
「でも、お化けでもウサギ可愛いから、真奈の頭にも生えてくれないかな~」
真奈が両手で頬を包んで目を瞑る。きっとうさ耳が生えた妄想をしているのだろう。
「まなさんもウサギの耳欲しい?」
「うん。可愛いもん」
そう言って真奈が頭の上で両手を広げ、ぴょんぴょん跳んでみせた。
「可愛い」
「やったぁ」
間もなく掃除の時間が終わるため、二人は教室に戻っていった。
「最後は可愛い不思議でよかったね」
「うん」
七つ目の不思議が見つかったという話は瞬く間に広がり、ウサギ小屋を見学する児童や、来年飼育委員になると言う児童も現れた。真奈が噂を広めた張本人であるが、誰が死んでしまったウサギと一緒にいたかは伏せたため、みこに周りの目が向くことはなかった。
「真奈たち飼育委員でよかったね。小屋の中に入れるもん」
「うん」
今日は朝の餌チェックで小屋に来ている。噂が広まって一週間経ったが、まだちらほら見学する児童がいた。
「またお化けウサギ出てくれないかなぁ」
──お化け……!
お化けと言われてショックを受けるみこだったが、真奈の好意的な声色に「まあいいか」と受け入れることにした。
「もしかして真奈、霊感があるのかも」
「そうかも」
「どうしよ~! 幽霊も視えちゃうかも!」
科白とは裏腹に真奈の表情は明るい。みこも釣られて笑顔になった。
「肝試しする時はみこも連れてって」
「うん、もちろん!」
「ねぇ、知ってる? この学校には七不思議があるらしいよ」
誰から聞いたのか分からない話は、児童の間でこっそりと広まった。
「一つ目はトイレの花子さん、二つ目が音楽室のベートーベン。三つ目が──」
どこにでもありそうな七不思議が一つ一つ語られていく。しかし。
「だけどね、七つ目だけは誰も知らないの。知らないのが不思議ってわけじゃなくて、あるはずなのに知らないらしいよ」
「こわぁい!」
女子児童たちが怖がりながら笑い合う。そう、これは暇を持て余した児童たちの単なる遊びだったわけだが。
その日、ついに七不思議が完成した。
「それでは飼育係さん、お掃除よろしくね」
「分かりました」
飼育係の主な仕事は餌やりと小屋の掃除だ。二クラスごとに分かれて作業をしており、今日はみこたちのクラスが担当だった。
もう一人の係のクラスメートとウサギ小屋に行くと、すでに隣のクラスが作業を始めていた。
「おまたせ」
「大丈夫、まだ掃除用具準備したところだよ」
四人で手分けして、ウサギを端に寄せたり、餌箱を取り換えたりした。みこがウサギたちを見遣る。
「かわいい」
現在二羽のウサギが飼育されている。白い方がおもち、黒い方がかりんとうだ。同じクラスの新原真奈がみこの横にやってきた。
「ねぇ、かわいいよね。うちもウサギ飼いたい」
彼女は常々動物を飼いたいと言っているが、親がアレルギー持ちのため、残念ながら飼ったことがないらしい。
「そうだね」
本当はみこの家でウサギを飼っているから見にきてもいいよと言いたいところだが、みこがウサギになっている間は人間のみこが存在しなくなってしまうので、間違えて誘わないよう喉の奥でぐっと堪えている。
「毛が無い動物ならいいんだって。毛が無いともふもふじゃなくなっちゃうのに」
そう言って真奈は餌箱を洗いに小屋から出ていった。
──やっぱり、もふもふって大事なんだ。
真奈は動物の毛が好きだと言っていた。まるで自分が褒められた気になって、みこの頬が僅かに紅潮した。
掃除と言っても一日おきに飼育係が掃除をしているので、散らばった牧草とフンを集めるくらいだ。
「わ、フン踏んじゃった。やだぁ」
そんな声が聞こえてきて振り向く。確かに靴の裏だとしても汚れるのは嬉しくない。しかし、みこは今までウサギのフンを踏んだかどうか気にしたことすらなかった。
──人間はフンが付いたら嫌がる。勉強になった。
山暮らしだったみこにとって、奈々との暮らしはもちろんのこと、小学校での生活は何もかもが新鮮で、全てが勉強になる。出来れば、こうして人の間で過ごして大人になりたい。家族もそうしてきた。そうやって、あやかしは人に紛れて寄り添っていく。
「こっち終わったよ」
「こっちも~」
「じゃあウサちゃんたち戻そう」
隔離のため置いていた板を取り除くと、ウサギたちが元気よく小屋の中を駆け回った。あまりの可愛さにみこの脳内が大フィーバーを起こし、外ではいつも気をつけていたウサ耳がひょこりと数センチだけ頭から出てきてしまった。
──出ちゃった!
慌てて耳を引っ込める。すぐに気付いたので、時間としては二秒程。これなら誰も見ていないだろう。振り返ると、クラスメートが驚愕の表情でみこの頭を凝視していた。
しまった。見られていた。せっかく楽しい学校生活を送れているのに。
何か言わなければ。そう思うも考える力が残されておらず、口を開けてもただ息が漏れるばかりだ。
「僕たち先に帰るね」
その時、別のクラスの飼育係が声をかけてきた。弾かれたように体が動き出す。
「うん、鍵掛けておく」
「ありがと。じゃあね」
手を振って二人を見送る。すぐ近くにいたクラスメートが一歩こちらに近づいた。
「みこさん」
いったい何を言われるだろう。友だちを止めることになるのだろうか。先生に報告されて学校に通うことも出来なくなるだろうか。みこの瞳に涙が溜まる。
「みこさん、大丈夫だった!?」
「え?」
てっきり気持ち悪がられるか逃げられるかと思ったのに、真奈はがっちりとみこの手を握りしめてくれた。
呆気に取られているうちに、みこは小屋の外に出されていた。鍵もしっかり掛けてくれている。
「ちょっと触るね」
そう言って頭を触られた。
──怖くないのかな。
自分とは違う耳が生えたのに、この子は全く怖がったりしない。
「よかった、何ともなってない」
「大丈夫だよ」
「よく聞いてね。さっき、みこさんの頭にその、ちっちゃい耳が一瞬だけ生えて」
どきっとした。やはり見られている。
「み、耳? みこの頭に?」
「うん。それ、多分」
ごくり。みこの喉が鳴る。真奈がみこに耳打ちした。
「七不思議の七番目だよ」
「七不思議?」
全くもって予想外の言葉が投げかけられた。みこの頭に耳が生えたことのどこが七不思議なのか。しかし、真奈は腕組みをして真剣に頷いている。
「昨日、登校班の時五年生に聞いたの。七番目は誰も知られていないんだけど、どうやら病気で死んじゃったウサギが化けて出るっていうのがそうらしいって」
「そうなの?」
「うん。だからきっと、耳が一瞬生えたのは死んじゃったウサギさんがみこさんの頭に乗ったからだよ」
まさか、そんな噂が立っているなんて。みこは七不思議という言葉を知っていたが、興味が無かったのでその中身をほとんど知らなかった。
「でも、お化けでもウサギ可愛いから、真奈の頭にも生えてくれないかな~」
真奈が両手で頬を包んで目を瞑る。きっとうさ耳が生えた妄想をしているのだろう。
「まなさんもウサギの耳欲しい?」
「うん。可愛いもん」
そう言って真奈が頭の上で両手を広げ、ぴょんぴょん跳んでみせた。
「可愛い」
「やったぁ」
間もなく掃除の時間が終わるため、二人は教室に戻っていった。
「最後は可愛い不思議でよかったね」
「うん」
七つ目の不思議が見つかったという話は瞬く間に広がり、ウサギ小屋を見学する児童や、来年飼育委員になると言う児童も現れた。真奈が噂を広めた張本人であるが、誰が死んでしまったウサギと一緒にいたかは伏せたため、みこに周りの目が向くことはなかった。
「真奈たち飼育委員でよかったね。小屋の中に入れるもん」
「うん」
今日は朝の餌チェックで小屋に来ている。噂が広まって一週間経ったが、まだちらほら見学する児童がいた。
「またお化けウサギ出てくれないかなぁ」
──お化け……!
お化けと言われてショックを受けるみこだったが、真奈の好意的な声色に「まあいいか」と受け入れることにした。
「もしかして真奈、霊感があるのかも」
「そうかも」
「どうしよ~! 幽霊も視えちゃうかも!」
科白とは裏腹に真奈の表情は明るい。みこも釣られて笑顔になった。
「肝試しする時はみこも連れてって」
「うん、もちろん!」