カオルとは高校時代からの付き合いだ。大学まで同じだったのだが、彼女は大学四年生の春に、「世界一周しに行ってくる」と言ったきり、大学に現れなかった。その頃私は就職活動に追われていて、あまり他人のことを気にする余裕もなく。けれど、就活の大事な時期に世界一周をしに行くという彼女の言葉には、度肝を抜かされた。

「いつ帰ってくるの?」

「うーん、分かんないけど、多分一年はかかると思う!」
 
 飄々と言ってのける彼女に対し、私は異星人でも目にしているかのような心地にさせられていた。大学四年生のこの時期に世界一周して一年も帰ってこない? なんだそりゃ。しかも、カオルはその時まだ就職先だって決まっていなかった。時々、早い時期に会社から内定をもらっている人を見かけたが、カオルは違った。そもそも、就活をしているそぶりすらない。

 驚いている私をよそに、カオルはそれから二週間もしないうちに、本当に世界一周旅行へと旅立ってしまった。その後、彼女は一年して日本に帰ってきて、一年留年して大学を卒業したと聞いた。その後のことは本当に分からない。旅をプロデュースするベンチャー企業に就職したという噂もあったけれど、共通の友人から「カオルならまた海外だよ」と聞かされた記憶も新しい。とにかくカオルは、破天荒で自由奔放な女なのだ。

「……メッセージは見てなかった。ごめん。でもさ、なんで私の家なの? 他にも友達いるでしょ。私たち、社会人になってから全然やり取りもなかったじゃん」

 私は当然疑問に思っていたことを尋ねた。よりによってなんでこんな日に、どうして私の家を選んだんだ——そう問いただしたくて、つい強い口調になってしまう。
 けれどカオルは、私の言葉の裏に潜むわずかばかりの苛立ちにさえ気づいていない様子で、あっけらかんとした口調で言ったのだ。

「えーだって、約束したじゃん。高校生の時、『お互い三十歳まで独身だったらルームシェアしようね』って」

「……は?」

 カオルに言われて絶句する。そんな約束したっけ? 高校時代といえば、もう十年以上も前の話だ。彼女とルームシェアをする約束……あ、そうだ。確かにしていた!
 頭の中に閃光が駆け抜ける。
 高校のセーラー服に包まれた私とカオルが、三年二組の教室の前後の席でお弁当を食べている。あの頃、私はカオルと仲が良かった。というと今は違うのかと思われるかもしれないが、最近は疎遠になっていたから、仲が良いとは違う気がして。あの頃の彼女は、私の持っていないその楽観的な明るさを周囲に振り撒いて、それでいて「自分が主役!」なんて鼻にかけるようなところもなく、私にはとても爽やかで眩しく映っていた。
 
 まあ、明るくて自由な感じは今も変わっていないようだけど。
 とにかく私は毎日カオルとお弁当を一緒に食べて、休日には映画を見に行ったりカラオケに行ったりしていた。どちらかと言うと真面目で根暗な私がカオルと一緒にいると、他のクラスメイトたちからは「凸凹(でこぼこ)コンビだよね」と揶揄われることもあった。けれど、カオルはそんな周囲からの評判さえ、「凸凹だって。確かに私ら、身長差十五センチもあるもんね!」とケラケラ笑っていた。百六十五センチのカオルと、百五十センチの私は、確かに見た目からしても凸凹に違いなかった。けれど、カオルが他人の悪意さえ笑いに変えてしまうところが、私には不思議で、心地よかった。

 彼女の隣にいれば、その明るい性格が移るような気がして、喜んで隣を歩いていたように思う。
 高校三年生の時、当時放送されていたドラマに二人してハマったときも、教室で彼女が大きな声で感想を語りながら、「日波はどう思う?」と私に意見を求めてきた。カオルとドラマについて一緒に話したくて、私もカオルが見ていたドラマを一緒に見た。婚活中の女性がダメ男に次々ハマっていくというブラックラブコメのような話だったと思う。

「私は、できれば三十歳までには結婚したいかなあ」

「うん、分かる分かる。晩婚化で平均初婚年齢が上がってるって言うけどさー、中央値で見たら、みんな普通に二十代後半で結婚してるんだよー。平均って言葉、本当にトラップだよね?」

 数学の授業で習った「平均値」や「中央値」をここぞとばかりに強調しながらカオルは笑っていた。そうだ。あの時だ。彼女が一緒に住みたいと言い出したのは。

「私たち、もしお互い三十歳になっても独身だったら、ルームシェアしない? きっと楽しいよ」

 ルームシェア、という響き自体、若い自分たちには新鮮で、キラキラしたお祭りのような華やかな想像を掻き立てられるものだった。女二人でルームシェア。なんて楽しそうなんだろう。それならいっそのことわざと彼氏はつくらないでおこうかな——なんて、十八歳の私は呑気にそんなことさえ考えていた。

「いいね、しよう。三十歳になって独身だったらね。あ、でもどっちかが既婚者だったらすごく切ないよね」

「まあ、それも十分ありえる。そんときはそんときで、老後に旦那に先立たれて一人になったらまた一緒に暮らそう!」

「なにそれ、気早過ぎ」

 結婚して、夫に先立たれて、独り身になったあとにルームシェアしようなんて、そこまで計画を立てるカオルがあまりにおかしくて。私はお腹を抱えてくつくつと笑っていた。