店内は仕事終わりの者たちで混雑していた。賑やかな雰囲気のなか、奥のテーブルにいる四人はまるで通夜にいるみたいに暗い顔をしていた。
「最悪なんだけど」
かなみが不貞腐れながら言った。
「同じく」
愛子が同調した。
向かいにいる稔は腕を組んでいるし、隣の昭二は面倒くさそうにそっぽを向いていた。
「恭子ちゃんはどこだよ」
稔が言った。
「だったら春馬くんまだ?」
かなみが言い返した。
「なんで合コンなのにお前らだけなんだよ」
稔は恨めしげに言った。
「こっちのセリフなんですけど」
愛子が吐き捨てた。
「どこらへんに広瀬すずがいるんだ? アリスだっけか? とにかく広瀬姉妹似の女の子はどこだ!」
暴れる寸前といった実を前に、
「あれー、山崎賢人どこにもいないんですけど」
かなみが生搾りグレープフルーツサワーを飲んで言った。
「前髪ないし」
愛子が坊主頭の稔を指差した。
「前髪ありゃ誰でもいいのかよ」
昭二が困った顔をして言った。
「もうつまんない。だったら踊んなよせめて」
愛子がやけになって言った。すでにビールから日本酒にシフトしているので、いい感じに酔っ払ってしまっている。
「せめてってなんだ」
稔はカルアミルクを一口飲んで言った。見た目に反して甘い酒が好きなのだ。
「こいつらのダンスとか見飽きたから」
かなみが愛子の肩に頭を乗せて言った。
「おめーらの前で踊ったことなんてねえから」
昭二が言った。乾杯のビールを終えてから、ずっと烏龍茶だった。昭二は合コンになってきたくもなかった。稔にむりやり数合わせをさせらえたのだ。そもそもが同窓会で稔が、勤め先に山崎賢人似のイケメンがいるという話をしたとき、かなみと愛子が、会いたい、を連発し、今回の飲み会の開催となったのだ。だったらお前らも可愛い女の子を呼んでこい、と稔が要求した。
「顔が踊ってますんで。そもそも愛子の友達、まだこないの」
かなみが言った。ねちねちと稔が言っている広瀬すずだかアリスだかに似ている大学の同級生だ。
「連絡してみる」
愛子がスマホを操作した。
「これじゃただの飲み会じゃねーかよ……」
「あんたらとわざわざ飲み会するためにきたわけでないすから」
かなみは舌を出した。
「こっちもだよ」
稔が言った。
「なんか恭子ちゃん、彼氏と仲直りしたみたい。キャンセルだって」
愛子が言った。
「は?」
稔が大声を出し、そしてがくりと項垂れた。「おわった……」
「春馬くんは?」
かなみが言うと、
「連絡ねーよ。あいつぶっ殺す」
稔は下を向いたまま言った。
「今日せっかくイオンの化粧品売り場でメイクしてもらってきたのに……」
愛子が言った。
たしかに、今日はかなり気合が入っている。
彼氏がいるくせに、「イケメンは別腹」らしい。
「愛子〜」
かなみが抱きついた。
「かなちゃん〜」
愛子はそれを受け入れ頭を撫でた
「なに女同士で盛り上がってんだよ」
稔が悪態をついた。
「もうこのまま一緒の老人ホームに行くしかないのか……」
「やだそれ楽しそう……けど結婚も一度くらいはしておきたい……」
冗談めかして言ったが、本心だった。今の相手とは難しいだろうとわかっていた。でも、いまはうまく自分をはぐらかしておきたい、と思っていた。
「欲張りなやつ……」
かなみが愛子のおでこを突いた。
「微妙なコントやめて!」
昭二が言った。心の底から帰りたかった。せっかくの休日を無駄にするだなんて、散々だ。「お姉さーん、ポーチサワーちょうだい!」
稔が怒鳴った。
「あんた今日いい服着てんね」
かなみがめざとく言った。
「勝負服、昨日買ったんだよな、一緒に」
昭二が稔のシャツをつまんだ。むりやり付き合わされたのだ。稔がはかなか納得せず、時間がかかった。店を放り出して友達の買い物に付き合うだなんて、ちょうどアルバイトしかいない夕方の時間に呼び出され、気が気でなかった。
まあ、紗江ちゃんがいるから大丈夫か。俺なんかよりもよっぽど客対応がしっかりしている。年下だというのに、頼もしすぎる。
隆史の妹の紗江がアルバイトしたいといって店にやってきたのはつい最近のことだった。高校を卒業したばかりで、それにあんなことがあったっていうのに、店では笑顔で接客している。昭二の両親も大満足。はじめは心配していたが、たった数ヶ月で誰よりも仕事ができる片腕のような存在になっていた。
そして、かつて無理やり消した火が再び燻り出している。
昭二がぼうっとしていると、
「あんたらもまだつるんでるのかよ。もううちら二十だよ。高校の頃からまったく変わってないんじゃない」
かなみが言った。
「しょうがねえだろうが。地元残ってずーっと暮らしてんだから」
稔が言った。交友関係が止まっている。広がりがまったくない。
「隆史は東京行ったきりだしな」
昭二が言った。
自分も東京の大学に行きたかったけれど、コンビニの息子が大学行く必要はない、などと頭が硬く、とにかく労働力が欲しい父親が許してくれなかった。
むしろ今後のために経済とか学びたい、なんて思ってもいないことを述べてみても許されなかった。
自分はずっと後悔するかもしれない。憧れのキャンパスライフとか、新しい出会いとか。もう自分にはない。
「会ってないんだ。あんたたちもう隆史から友達認定されてないんじゃない?」
かなみが言った。
「最後に会ったのって、成人式とかか」
稔が言った。
「遠いわ……成人式」
数ヶ月前のことのはずなのに、なんだかどんどん遠くなる。
昨日何食べたかも忘れかけている。
「かなみちゃんは成人してからずっと彼氏なし記録更新中ですからね」
愛子が言った。
「うっせ」
「うえー、しょうもねえ」
稔がちょうどいいネタがきたとやたら大袈裟に驚いて見せた。
「稔だってそうだろ、生まれたときから彼女なし進行中」
昭二が呆れて言った。
「あるだろ。去年付き合っただろ。ミスドの女と」
「あれ一回一緒に映画観ただけだったじゃん」
あのときも稔は大騒ぎした。ほんとうに勘弁して欲しい。
「へー、そうなんだ」
かなみは一瞬複雑な表情をしたが、すぐに気を取り直した。
「おい、あからさまに興味ない返事すんなよ」
稔が口を尖らせた。
「映画観たらさっさと女の子帰っちゃったんだって」
そもそもアニメなんて観ないコと名探偵コナンを観たところで、どうにもならんだろ、と昭二は提案したが、「コナンは全国民好きだから」と稔は強行突破し、そして無惨に砕け散った。
「賢明だね」
愛子は興味なさそうにイヤリングを触った。
「おい!」
稔がまた吠えると、
「稔はさ、それでいいんだよ」
と昭二が諫めた。
「いやぜってえやだし」
稔が言った。自分はこんなもんじゃない。いまの自分はほんとうの自分ではない。わかってくれる人がいるはずだし、いつか自分は変わるんだ。
稔はそう思っていたが、そんな気配はまったくなかった。
「むしろ恋愛とか越えたステージに到達しはじめてるから」
昭二が言った。なにひとつフォローになっていない。
「仙人か」
かなみが言い、
「亀仙人じゃない?」
と愛子が茶化した。
「まじで勘弁してくれよ」
稔が頭を抱えたとき、
「今日、命日だね」
愛子がぽつりと言った。
「最悪なんだけど」
かなみが不貞腐れながら言った。
「同じく」
愛子が同調した。
向かいにいる稔は腕を組んでいるし、隣の昭二は面倒くさそうにそっぽを向いていた。
「恭子ちゃんはどこだよ」
稔が言った。
「だったら春馬くんまだ?」
かなみが言い返した。
「なんで合コンなのにお前らだけなんだよ」
稔は恨めしげに言った。
「こっちのセリフなんですけど」
愛子が吐き捨てた。
「どこらへんに広瀬すずがいるんだ? アリスだっけか? とにかく広瀬姉妹似の女の子はどこだ!」
暴れる寸前といった実を前に、
「あれー、山崎賢人どこにもいないんですけど」
かなみが生搾りグレープフルーツサワーを飲んで言った。
「前髪ないし」
愛子が坊主頭の稔を指差した。
「前髪ありゃ誰でもいいのかよ」
昭二が困った顔をして言った。
「もうつまんない。だったら踊んなよせめて」
愛子がやけになって言った。すでにビールから日本酒にシフトしているので、いい感じに酔っ払ってしまっている。
「せめてってなんだ」
稔はカルアミルクを一口飲んで言った。見た目に反して甘い酒が好きなのだ。
「こいつらのダンスとか見飽きたから」
かなみが愛子の肩に頭を乗せて言った。
「おめーらの前で踊ったことなんてねえから」
昭二が言った。乾杯のビールを終えてから、ずっと烏龍茶だった。昭二は合コンになってきたくもなかった。稔にむりやり数合わせをさせらえたのだ。そもそもが同窓会で稔が、勤め先に山崎賢人似のイケメンがいるという話をしたとき、かなみと愛子が、会いたい、を連発し、今回の飲み会の開催となったのだ。だったらお前らも可愛い女の子を呼んでこい、と稔が要求した。
「顔が踊ってますんで。そもそも愛子の友達、まだこないの」
かなみが言った。ねちねちと稔が言っている広瀬すずだかアリスだかに似ている大学の同級生だ。
「連絡してみる」
愛子がスマホを操作した。
「これじゃただの飲み会じゃねーかよ……」
「あんたらとわざわざ飲み会するためにきたわけでないすから」
かなみは舌を出した。
「こっちもだよ」
稔が言った。
「なんか恭子ちゃん、彼氏と仲直りしたみたい。キャンセルだって」
愛子が言った。
「は?」
稔が大声を出し、そしてがくりと項垂れた。「おわった……」
「春馬くんは?」
かなみが言うと、
「連絡ねーよ。あいつぶっ殺す」
稔は下を向いたまま言った。
「今日せっかくイオンの化粧品売り場でメイクしてもらってきたのに……」
愛子が言った。
たしかに、今日はかなり気合が入っている。
彼氏がいるくせに、「イケメンは別腹」らしい。
「愛子〜」
かなみが抱きついた。
「かなちゃん〜」
愛子はそれを受け入れ頭を撫でた
「なに女同士で盛り上がってんだよ」
稔が悪態をついた。
「もうこのまま一緒の老人ホームに行くしかないのか……」
「やだそれ楽しそう……けど結婚も一度くらいはしておきたい……」
冗談めかして言ったが、本心だった。今の相手とは難しいだろうとわかっていた。でも、いまはうまく自分をはぐらかしておきたい、と思っていた。
「欲張りなやつ……」
かなみが愛子のおでこを突いた。
「微妙なコントやめて!」
昭二が言った。心の底から帰りたかった。せっかくの休日を無駄にするだなんて、散々だ。「お姉さーん、ポーチサワーちょうだい!」
稔が怒鳴った。
「あんた今日いい服着てんね」
かなみがめざとく言った。
「勝負服、昨日買ったんだよな、一緒に」
昭二が稔のシャツをつまんだ。むりやり付き合わされたのだ。稔がはかなか納得せず、時間がかかった。店を放り出して友達の買い物に付き合うだなんて、ちょうどアルバイトしかいない夕方の時間に呼び出され、気が気でなかった。
まあ、紗江ちゃんがいるから大丈夫か。俺なんかよりもよっぽど客対応がしっかりしている。年下だというのに、頼もしすぎる。
隆史の妹の紗江がアルバイトしたいといって店にやってきたのはつい最近のことだった。高校を卒業したばかりで、それにあんなことがあったっていうのに、店では笑顔で接客している。昭二の両親も大満足。はじめは心配していたが、たった数ヶ月で誰よりも仕事ができる片腕のような存在になっていた。
そして、かつて無理やり消した火が再び燻り出している。
昭二がぼうっとしていると、
「あんたらもまだつるんでるのかよ。もううちら二十だよ。高校の頃からまったく変わってないんじゃない」
かなみが言った。
「しょうがねえだろうが。地元残ってずーっと暮らしてんだから」
稔が言った。交友関係が止まっている。広がりがまったくない。
「隆史は東京行ったきりだしな」
昭二が言った。
自分も東京の大学に行きたかったけれど、コンビニの息子が大学行く必要はない、などと頭が硬く、とにかく労働力が欲しい父親が許してくれなかった。
むしろ今後のために経済とか学びたい、なんて思ってもいないことを述べてみても許されなかった。
自分はずっと後悔するかもしれない。憧れのキャンパスライフとか、新しい出会いとか。もう自分にはない。
「会ってないんだ。あんたたちもう隆史から友達認定されてないんじゃない?」
かなみが言った。
「最後に会ったのって、成人式とかか」
稔が言った。
「遠いわ……成人式」
数ヶ月前のことのはずなのに、なんだかどんどん遠くなる。
昨日何食べたかも忘れかけている。
「かなみちゃんは成人してからずっと彼氏なし記録更新中ですからね」
愛子が言った。
「うっせ」
「うえー、しょうもねえ」
稔がちょうどいいネタがきたとやたら大袈裟に驚いて見せた。
「稔だってそうだろ、生まれたときから彼女なし進行中」
昭二が呆れて言った。
「あるだろ。去年付き合っただろ。ミスドの女と」
「あれ一回一緒に映画観ただけだったじゃん」
あのときも稔は大騒ぎした。ほんとうに勘弁して欲しい。
「へー、そうなんだ」
かなみは一瞬複雑な表情をしたが、すぐに気を取り直した。
「おい、あからさまに興味ない返事すんなよ」
稔が口を尖らせた。
「映画観たらさっさと女の子帰っちゃったんだって」
そもそもアニメなんて観ないコと名探偵コナンを観たところで、どうにもならんだろ、と昭二は提案したが、「コナンは全国民好きだから」と稔は強行突破し、そして無惨に砕け散った。
「賢明だね」
愛子は興味なさそうにイヤリングを触った。
「おい!」
稔がまた吠えると、
「稔はさ、それでいいんだよ」
と昭二が諫めた。
「いやぜってえやだし」
稔が言った。自分はこんなもんじゃない。いまの自分はほんとうの自分ではない。わかってくれる人がいるはずだし、いつか自分は変わるんだ。
稔はそう思っていたが、そんな気配はまったくなかった。
「むしろ恋愛とか越えたステージに到達しはじめてるから」
昭二が言った。なにひとつフォローになっていない。
「仙人か」
かなみが言い、
「亀仙人じゃない?」
と愛子が茶化した。
「まじで勘弁してくれよ」
稔が頭を抱えたとき、
「今日、命日だね」
愛子がぽつりと言った。