「大西くん、大西くん」
声がした。
誰だ。
誰かが、呼んでいる。
目を開けると、会いたかった顔があった。
「……なんで」
隆史が起き上がった。
さっきの痛みが、もうなかった。
俺、死んだ?
「あいつ、わたしたちが会えるように仕向けたんだね。大西くんが死なない程度にわたしたちの世界をくっつけるとか……。本当に見えてたんだ……」
美保が言った。
「どういうことだよ……」
あたりを見渡すと、そこは懐かしい教室だった。
「時任三四郎のやつ、わたしのことも見えてたのかな……、さっき目が合ったし」
美保が言った。
「どういうこと」
「わたし、見てた。主水とやりあっているところ」
「幽霊ってこと?」
隆史の問いに、美保が俯いた。
「ときどき、いるのよ」
「お前、ここにいたのか」
窓の向こうは真っ暗で、果てしない。暗闇だというのに、美保が見えた。まるで発光しているみたいだった。
「さっきは、というか、呼ばれた」
「主水に?」
美保が首を振った。
「あの人は一度もわたしを呼んだことなんてない」
「そうなんだ」
二人は黙った。再会できたなら、言いたいことはたくさんあったはずなのに、思いつかなかった。そもそも、会えるわけないと思っていた。
この状況がうまく飲み込めない。
この世界は、いったいなんなんだ。
「ねえ、わたしになにかいいたいこと、あったの?」
美保に訊ねられ、隆史は黙った。
「わたしに、なんで会いたかったの?」
二人は見つめ合った。
美保は、泣いているのに無理して笑っている、みたいな顔をしていた。自分もそんな顔をしているんじゃないか、と思った。
「なんかさ、まだまだたくさん話したいことがあったんだ」
隆史は言った。
とにかく、なにか言わなくては、と思った。
「どんな」
美保が笑った。
「なんだろ。『呪術廻戦』終わったね、とか。『ワンピース』ってまだ全然おわんないらしいよ、とか」
全く思いつかなかった。
「読んでないよ、漫画」
「あと、最後の日に、返してくれたCDあったよな」
「うん」
「あれ、もし気に入ってくれたんなら、今度別の貸すよ、とか」
「もう借りれないね」
ああ、なんてしょうもないことを言ってしまったんだろう。
もしかして、自分は美保になにも言いたいことなんてなかったのかもしれない。
言いたいという思うだけがずっと頭の上を浮遊していたのかも知れなかった。
「天国にユーチューブみたいなのないの?」
「なにもないよ。そういうの、ない。それにここは」
と言い、美保がはっとした。
「ここは?」
隆史が覗きこむと、美保が顔を逸らした。なんとなく、ここは天国じゃないんだろうな、ということはわかった。
そもそも、天国とか、地獄なんて、ないのかもしれない。
そう思わなくては、この状況にいる美保がやりきれない、と思った。
「そっか、暇だな」
せめてあっけらかんと言おうと、隆史はつとめた。
「うん、暇だよ」
「だったらたまに遊びにきなよ」
いい考えだ、と思った・。
「わたしがいたら、それお化けじゃん。写真写ったら心霊写真じゃん」
美保が嫌な顔をした。
「いいんだよ、それで」
「やだよ、そんなんで騒がれたりすんの、プライドが許せない」
美保が顔をしかめた。
「高いな、プライド」
「普通だよ」
「そっか」
「そうよ」
美保は笑う。
「あのとき、またな、っていえなかったから。また明日っていえなかったから。そういっていれば、明日も会えるのかなって思って」
隆史は独り言のように呟いた。「父さんが死んだとき、俺、最後に、ちゃんと挨拶できなかったから。だから、どうしてもいいたかったんだよ。……絶対にまた会える保証はないだろ。だから、人と別れるときは、笑ってさよならっていいたいんだよ。また明日、っていいたいんだよ」
隆史が手を伸ばすと、美保は身をそらしてかわされた。
「わたし、あれだから、生きてないから、触んないほうがいいと思う」
悲しそうだった。
「そっか、残念だな……。でも俺も死ぬかもしんないし」
もう一度、隆史が手を伸ばす。
しかし、そもそも触れることができず、ただ空気をさらうだけだった。
「これ、ほんとうにわたしかな」
美保が言った。
「どういうこと」
「これは、大西くんが見ている夢で、わたしは、本当の自分じゃない」
「本当の自分てさ、多分ないよ」
隆史は言った。
「自分じゃ自分なんて、わからないんだよ、だから、もし美保が、自分を疑っているなら、俺がいうから。お前は、美保だよ」
隆史はそれから、少し笑った。「やっぱこれ、死ぬ感じかな」
「大西くんは、大丈夫だよ」
「どう見ても大丈夫じゃないやつじゃないかな……」
「時任三四郎が大丈夫だっていったら、大丈夫なんだと思う。あいつ、自分の未来も見えてたのかな……」
美保が断言した。確実なこと、らしい。
三四郎が、美保と俺を。
あいつは、いまどうしている?
主水をひきずって、そして銃声が聞こえて。
「なんのこと?」
「なんでもないよ。世の中って、なんでもないから。だから、隆史くん、安心して」
「うん、そうだな」
「そうだよ」
隆史は、頭がぼんやりしてきた。
「あー、目がかすむ……みえなくなってきた……」
「わたし、いくね」
美保が立ち上がった気がした。もう見えない。
「美保、またな」
美保が弱々しい笑顔を向けたが、隆史にはもう見えなかった。
「また明日な」
「うん」
「サヨナラ」
闇のなかで、何か一瞬光って、消えた。
声がした。
誰だ。
誰かが、呼んでいる。
目を開けると、会いたかった顔があった。
「……なんで」
隆史が起き上がった。
さっきの痛みが、もうなかった。
俺、死んだ?
「あいつ、わたしたちが会えるように仕向けたんだね。大西くんが死なない程度にわたしたちの世界をくっつけるとか……。本当に見えてたんだ……」
美保が言った。
「どういうことだよ……」
あたりを見渡すと、そこは懐かしい教室だった。
「時任三四郎のやつ、わたしのことも見えてたのかな……、さっき目が合ったし」
美保が言った。
「どういうこと」
「わたし、見てた。主水とやりあっているところ」
「幽霊ってこと?」
隆史の問いに、美保が俯いた。
「ときどき、いるのよ」
「お前、ここにいたのか」
窓の向こうは真っ暗で、果てしない。暗闇だというのに、美保が見えた。まるで発光しているみたいだった。
「さっきは、というか、呼ばれた」
「主水に?」
美保が首を振った。
「あの人は一度もわたしを呼んだことなんてない」
「そうなんだ」
二人は黙った。再会できたなら、言いたいことはたくさんあったはずなのに、思いつかなかった。そもそも、会えるわけないと思っていた。
この状況がうまく飲み込めない。
この世界は、いったいなんなんだ。
「ねえ、わたしになにかいいたいこと、あったの?」
美保に訊ねられ、隆史は黙った。
「わたしに、なんで会いたかったの?」
二人は見つめ合った。
美保は、泣いているのに無理して笑っている、みたいな顔をしていた。自分もそんな顔をしているんじゃないか、と思った。
「なんかさ、まだまだたくさん話したいことがあったんだ」
隆史は言った。
とにかく、なにか言わなくては、と思った。
「どんな」
美保が笑った。
「なんだろ。『呪術廻戦』終わったね、とか。『ワンピース』ってまだ全然おわんないらしいよ、とか」
全く思いつかなかった。
「読んでないよ、漫画」
「あと、最後の日に、返してくれたCDあったよな」
「うん」
「あれ、もし気に入ってくれたんなら、今度別の貸すよ、とか」
「もう借りれないね」
ああ、なんてしょうもないことを言ってしまったんだろう。
もしかして、自分は美保になにも言いたいことなんてなかったのかもしれない。
言いたいという思うだけがずっと頭の上を浮遊していたのかも知れなかった。
「天国にユーチューブみたいなのないの?」
「なにもないよ。そういうの、ない。それにここは」
と言い、美保がはっとした。
「ここは?」
隆史が覗きこむと、美保が顔を逸らした。なんとなく、ここは天国じゃないんだろうな、ということはわかった。
そもそも、天国とか、地獄なんて、ないのかもしれない。
そう思わなくては、この状況にいる美保がやりきれない、と思った。
「そっか、暇だな」
せめてあっけらかんと言おうと、隆史はつとめた。
「うん、暇だよ」
「だったらたまに遊びにきなよ」
いい考えだ、と思った・。
「わたしがいたら、それお化けじゃん。写真写ったら心霊写真じゃん」
美保が嫌な顔をした。
「いいんだよ、それで」
「やだよ、そんなんで騒がれたりすんの、プライドが許せない」
美保が顔をしかめた。
「高いな、プライド」
「普通だよ」
「そっか」
「そうよ」
美保は笑う。
「あのとき、またな、っていえなかったから。また明日っていえなかったから。そういっていれば、明日も会えるのかなって思って」
隆史は独り言のように呟いた。「父さんが死んだとき、俺、最後に、ちゃんと挨拶できなかったから。だから、どうしてもいいたかったんだよ。……絶対にまた会える保証はないだろ。だから、人と別れるときは、笑ってさよならっていいたいんだよ。また明日、っていいたいんだよ」
隆史が手を伸ばすと、美保は身をそらしてかわされた。
「わたし、あれだから、生きてないから、触んないほうがいいと思う」
悲しそうだった。
「そっか、残念だな……。でも俺も死ぬかもしんないし」
もう一度、隆史が手を伸ばす。
しかし、そもそも触れることができず、ただ空気をさらうだけだった。
「これ、ほんとうにわたしかな」
美保が言った。
「どういうこと」
「これは、大西くんが見ている夢で、わたしは、本当の自分じゃない」
「本当の自分てさ、多分ないよ」
隆史は言った。
「自分じゃ自分なんて、わからないんだよ、だから、もし美保が、自分を疑っているなら、俺がいうから。お前は、美保だよ」
隆史はそれから、少し笑った。「やっぱこれ、死ぬ感じかな」
「大西くんは、大丈夫だよ」
「どう見ても大丈夫じゃないやつじゃないかな……」
「時任三四郎が大丈夫だっていったら、大丈夫なんだと思う。あいつ、自分の未来も見えてたのかな……」
美保が断言した。確実なこと、らしい。
三四郎が、美保と俺を。
あいつは、いまどうしている?
主水をひきずって、そして銃声が聞こえて。
「なんのこと?」
「なんでもないよ。世の中って、なんでもないから。だから、隆史くん、安心して」
「うん、そうだな」
「そうだよ」
隆史は、頭がぼんやりしてきた。
「あー、目がかすむ……みえなくなってきた……」
「わたし、いくね」
美保が立ち上がった気がした。もう見えない。
「美保、またな」
美保が弱々しい笑顔を向けたが、隆史にはもう見えなかった。
「また明日な」
「うん」
「サヨナラ」
闇のなかで、何か一瞬光って、消えた。