憂鬱だった。
 高校になって行きたくもなかった。
 しかし、まともな人間に擬態する訓練も必要だ。それに、これ以上家族を悲しませたり、壊して離するわけにもいかない。
 教室で本を読んでいた。とりあえず、読書をしていさえすれば、誰も近寄ってこない。もしちょっかいを出してこられても、できるだけ平常心を保ち、無視する。
 あと三年、なんとかこなせばいい。
 あとはもう、自分は自由だ。
 学校なんていう箱の中から出ることができる。
 なぜ教室に詰め込まれ、そして中にいる同い年の奴らにいい顔をしなくてはならないのだ。
 なにかの実験じゃあるまいし。
 アリのなかでよく働くもやつとさぼるやつの割合は同じになる。ばかにするやつがかならずいて、ばかにされるやつがいるみたいに。
 どうあがいても、狭い中に押し込まれたら、役割を担ってしまう。
「何読んでるの」
 うるさい。
「ああ、ごめんね、邪魔して」
 うるさい。
 なに申し訳なさそうな声だしてやがんだ。
 ほんとうは思ってなんかいないくせに。
 一瞬顔を見ると、隣の席の大西隆史が、笑いかけた。
「ごめんね」
 まっさらな笑顔と、いままで聞いたことのない、言葉と感情が正確なニュアンスだった。
 隆史が立ちあがろうとしたとき、
「イナガキタルホ」
 と三四郎は言った。
 返事がきたことに隆史は一瞬びっくりして、そして、
「面白いの? それ」
 と訊ねてきた。
「まあ、不思議なかんじ」
「へえ、そういうの、どこで見つけてくんの? ネット?」
「図書館」
「図書館なんて行ったことないな」
「嘘」
「ああ、自分から行こうとはしないってことな」
「そうなんだ」
「うん。邪魔してごめんね」
 そのとき、遠くの席で「隆史ー」と呼ぶ声がした。稔だ。
 隆史が去っていく。
 三四郎は本を読んでいるふりをしていたけれど、字面が頭に入ってこなかった。
 自分をきにかけてくれるやつなんてたくさんいた。悪いけど、俺は顔がいいから。
 でも、何の気なしに、虚飾もなくそのまんまで話しかけてきたやつは初めてだった。
 三四郎はそのとき、身体がすっと軽くなった気がした。
 重力にしばられていたのが、とけたみたいだった。
 学校という場所にいて、初めて、緊張がほどけた。