iPhoneの着信音が鳴った。
「なに。あ、部屋?」
荒川昭二からの着信だった。
「そう、どこ?」
でかい声で近づいてくる男がいた。手にはぱんぱんになったコンビニ袋を持っていた。
「おい」
「おいじゃなくて部屋番。てか出てきてよ」
と昭二が入り口覗きながら言った。
「ここここ」
隆史が手を振っても気づかない。
「ここじゃわかんねって……」と昭二が隆史の方を向いて、気づいたらしく「もっと存在感出してくれよ!」と怒鳴った。
うるさいったらない。
「俺のせいかよ」
隆史はため息をついた。
「なんか……」
昭二はというと、隆史をまじまじと眺めた。近づいてみたり、遠くから見てみたりとせわしない。
「え?」
「お前……変わったな」
昭二は言った。
「そうかな……」
「整形とかした?」
昭二がおどけて言った。
「してない」
隆史は憮然として答えた。
「冗談だよ、なんかお前、こんなに存在感なかったっけ」
昭二はあっけらかんと言った。逆に隆史からすると、その振る舞いは妙に応えた。
「存在感」
たしかに、己をどこか、殺しているような気がする。
「都会の砂漠で砂粒になって見分けつかなくなっちゃったよ……」
昭二が言った。
「まじか」
「半分くらいマジ」
そう言って笑う昭二に、隆史は愛想笑いを返すことしかできなかった。
「冗談かよ」
「部屋どこ」
昭二はカラオケボックスの入口のほうを見た。
「一番奥」
隆史は昭二の肩を叩き、一緒に入っていった。
昭二は着ていたコートを脱ぐと、コンビニの制服だった。
「え」
隆史はびっくりして声がでた。
「二次会くらいはって、仕事終わって駆けつけたわけよ」
昭二は言った。
「成人式も仕事か」
「人足んねぇから。つい最近雇ったニート、速攻くじけて引きこもったし」
「たいへんだな」
「社会人は大変なわけですよ。家族経営のコンビニなんて、昼も夜もないしな。タバコ吸っとけばよかった」
受付カウンター前のソファに昭二が座りこんだ。まだ部屋に入るテンションではないらしい。昭二はくたびれているらしく、稔と付き合うのがきついのだろう。あの俺様ぶりの相手をするのは誰だってそうだ。
「彼女できた?」
ふと、昭二が訊ねた。
「いや」
「じゃあさ、最近やった?」
昭二が大真面目な顔をして言った。そんなことを気にしているのか。
「おととい」
隆史は答えた。店の客と、とは言わなかった。
「え、どこで、だれと?」
昭二が身を乗り出した。
「別にいいだろ」
言うんじゃなかった、と隆史は思った。
「いや親友としてぜひ知っておきたい。おとといの何時?」
時間を知る必要あるのか?
「親友だったっけ? 俺ら」
隆史がおどけて言うと、間ができた。「あ?」と隆史が昭二を伺うと、
「うわあ……」
と昭二が頭を抱えた。そして、頭をブンブンを振り出した。
「……なんかごめん」
昭二の謎の行動を前にして、隆史はとりあえず、謝った。
「俺がクソみたいな客相手に笑顔でレジうってるときに、お前がどこの馬の骨だかわかんないのといちゃこらしてたって考えたら、うわあ……」
昭二は頭を抱えたまま、うめくように言った。
「ご……ごめん」
と言うべきなのか? わからないけれど、隆史はとりあえず謝ってみた。
「その子、かわいい? 誰似? 何カップ?」
昭二が顔を上げて言った。
「謝って損した」
「みんな俺の知らないとこで……最悪だよ……」
「あのな、自分が最悪だってわかってるか? お前」
隆史はため息をついた。
奥のトイレから、愛子とかなみが出てきて、隆史たちを見つけて近づいてきた。
「お、荒川じゃん。なに、廃棄の弁当差し入れにきたの?」
かなみが何の断りもなく、コンビニの袋を覗きこんだ。
「お前らはそればっかだな……」
と言いながらも、いつものことなのだろう、袋から弁当を取り出した。
「だって友達がコンビニ経営してたらそりゃいうよねー」
全く悪気もなく失礼なことをかなみは言った。
「ねー」
愛子も同調した。
「最低だなお前ら」
隆史はその食い物を前にした餓鬼のような行動に、呆れていた。
「いいよ、やるよ……」
昭二は項垂れ、背もたれに沈み込んだ。
「あんのかよ」
まったく、高校の時から力関係は変わっていない。
「わたしはからあげね」
愛子がさっそく自分用に弁当をふたつキープした。
「いつものやつある?」
かなみが言った。
「スペシャル幕の内だろ、底にある」
昭二は心ここにあらず、と言ったふうに、天井を見上げていた。
「お前らさっき居酒屋でさんざん食ったってのにまだ食うのかよ」
隆史は言った。
「別腹だから。荒川んとこの弁当は」
かなみが言った。褒めているのか?
「好きなだけ食え! だから教えてくれ!」
昭二は顔の向きを変えずに言った。
「なに?」
愛子とかなみが同時に訊ねた。
「お前ら最近いつやった?」
昭二が情けない顔をして二人に言うと、愛子が昭二の頬を反射的に引っぱたいた。
「こいつボコっていい?」
かなみのほうは指をポキポキと鳴らした。
「どうぞ」
隆史は頷いた。とりあえず、俺は関係ない。
そして、カラオケルームの扉が勢いよく開いた。
「おい! なんでお前らいつまでたっても戻ってこねえんだよ!」
マイクを持った栗林稔が、怒鳴った。
下手からはミスターチルドレンの前奏が漏れている。続いては、イノセントワールドらしい。まだまだ栗林ショーは続く。
「なに。あ、部屋?」
荒川昭二からの着信だった。
「そう、どこ?」
でかい声で近づいてくる男がいた。手にはぱんぱんになったコンビニ袋を持っていた。
「おい」
「おいじゃなくて部屋番。てか出てきてよ」
と昭二が入り口覗きながら言った。
「ここここ」
隆史が手を振っても気づかない。
「ここじゃわかんねって……」と昭二が隆史の方を向いて、気づいたらしく「もっと存在感出してくれよ!」と怒鳴った。
うるさいったらない。
「俺のせいかよ」
隆史はため息をついた。
「なんか……」
昭二はというと、隆史をまじまじと眺めた。近づいてみたり、遠くから見てみたりとせわしない。
「え?」
「お前……変わったな」
昭二は言った。
「そうかな……」
「整形とかした?」
昭二がおどけて言った。
「してない」
隆史は憮然として答えた。
「冗談だよ、なんかお前、こんなに存在感なかったっけ」
昭二はあっけらかんと言った。逆に隆史からすると、その振る舞いは妙に応えた。
「存在感」
たしかに、己をどこか、殺しているような気がする。
「都会の砂漠で砂粒になって見分けつかなくなっちゃったよ……」
昭二が言った。
「まじか」
「半分くらいマジ」
そう言って笑う昭二に、隆史は愛想笑いを返すことしかできなかった。
「冗談かよ」
「部屋どこ」
昭二はカラオケボックスの入口のほうを見た。
「一番奥」
隆史は昭二の肩を叩き、一緒に入っていった。
昭二は着ていたコートを脱ぐと、コンビニの制服だった。
「え」
隆史はびっくりして声がでた。
「二次会くらいはって、仕事終わって駆けつけたわけよ」
昭二は言った。
「成人式も仕事か」
「人足んねぇから。つい最近雇ったニート、速攻くじけて引きこもったし」
「たいへんだな」
「社会人は大変なわけですよ。家族経営のコンビニなんて、昼も夜もないしな。タバコ吸っとけばよかった」
受付カウンター前のソファに昭二が座りこんだ。まだ部屋に入るテンションではないらしい。昭二はくたびれているらしく、稔と付き合うのがきついのだろう。あの俺様ぶりの相手をするのは誰だってそうだ。
「彼女できた?」
ふと、昭二が訊ねた。
「いや」
「じゃあさ、最近やった?」
昭二が大真面目な顔をして言った。そんなことを気にしているのか。
「おととい」
隆史は答えた。店の客と、とは言わなかった。
「え、どこで、だれと?」
昭二が身を乗り出した。
「別にいいだろ」
言うんじゃなかった、と隆史は思った。
「いや親友としてぜひ知っておきたい。おとといの何時?」
時間を知る必要あるのか?
「親友だったっけ? 俺ら」
隆史がおどけて言うと、間ができた。「あ?」と隆史が昭二を伺うと、
「うわあ……」
と昭二が頭を抱えた。そして、頭をブンブンを振り出した。
「……なんかごめん」
昭二の謎の行動を前にして、隆史はとりあえず、謝った。
「俺がクソみたいな客相手に笑顔でレジうってるときに、お前がどこの馬の骨だかわかんないのといちゃこらしてたって考えたら、うわあ……」
昭二は頭を抱えたまま、うめくように言った。
「ご……ごめん」
と言うべきなのか? わからないけれど、隆史はとりあえず謝ってみた。
「その子、かわいい? 誰似? 何カップ?」
昭二が顔を上げて言った。
「謝って損した」
「みんな俺の知らないとこで……最悪だよ……」
「あのな、自分が最悪だってわかってるか? お前」
隆史はため息をついた。
奥のトイレから、愛子とかなみが出てきて、隆史たちを見つけて近づいてきた。
「お、荒川じゃん。なに、廃棄の弁当差し入れにきたの?」
かなみが何の断りもなく、コンビニの袋を覗きこんだ。
「お前らはそればっかだな……」
と言いながらも、いつものことなのだろう、袋から弁当を取り出した。
「だって友達がコンビニ経営してたらそりゃいうよねー」
全く悪気もなく失礼なことをかなみは言った。
「ねー」
愛子も同調した。
「最低だなお前ら」
隆史はその食い物を前にした餓鬼のような行動に、呆れていた。
「いいよ、やるよ……」
昭二は項垂れ、背もたれに沈み込んだ。
「あんのかよ」
まったく、高校の時から力関係は変わっていない。
「わたしはからあげね」
愛子がさっそく自分用に弁当をふたつキープした。
「いつものやつある?」
かなみが言った。
「スペシャル幕の内だろ、底にある」
昭二は心ここにあらず、と言ったふうに、天井を見上げていた。
「お前らさっき居酒屋でさんざん食ったってのにまだ食うのかよ」
隆史は言った。
「別腹だから。荒川んとこの弁当は」
かなみが言った。褒めているのか?
「好きなだけ食え! だから教えてくれ!」
昭二は顔の向きを変えずに言った。
「なに?」
愛子とかなみが同時に訊ねた。
「お前ら最近いつやった?」
昭二が情けない顔をして二人に言うと、愛子が昭二の頬を反射的に引っぱたいた。
「こいつボコっていい?」
かなみのほうは指をポキポキと鳴らした。
「どうぞ」
隆史は頷いた。とりあえず、俺は関係ない。
そして、カラオケルームの扉が勢いよく開いた。
「おい! なんでお前らいつまでたっても戻ってこねえんだよ!」
マイクを持った栗林稔が、怒鳴った。
下手からはミスターチルドレンの前奏が漏れている。続いては、イノセントワールドらしい。まだまだ栗林ショーは続く。