結婚式場の前に立ち、隆史はうんざり顔で横を見た。隣では飄々と三四郎が、口笛を吹いていた。
 スーツ姿の隆史と、派手な柄シャツでサングラスをかけている三四郎、いったいどう言う関係なのか、通りすがりの人々がちらちらと伺ってくる。
 取り立て屋とかチンピラにでも思われているかもしれない。
「なんでお前くるんだよ」
 何度目かのセリフを隆史は言った。
 出かけるとき、「じゃあ俺もちょっと出るわ」と三四郎も一緒に外にでたのだが、一緒の電車に乗り、新幹線に乗り、目的地までついてきた。
「たまには田舎帰ってみようかなってね」
 三四郎はしれっと答えた。
「ついてくんなよ」
「別に。ここ、イオンに近いから、偶然だよ、ぐーぜん」
 イオンなんてどこにだってあるだろ。なにをわざわざ小旅行くらいの時間をかけて地元のイオンにくるのか。
 いや、そもそも駅前のイオンを素通りしているし。
 隆史はあたりを見回した。自分はかまわなかったが、三四郎が困るのではないか。
「稔と昭二いるぞ」
 あまり言いたくはなかったが、三四郎に忠告した。
「なに、心配してくれんの?」
「べつにしてないけど」
「……なにかあったら、武器は用意してあるし」
 とポケットに手を入れた。
「物騒だな」
 自分も、スーツに隠し持っているものがあるというのに、つぶやいた。
 自分が手をだすことになるかはわからなかった。妹の晴れ舞台に、兄貴がそんなことをするべきではない、といまだに逡巡していた。むしろ三四郎のほうがあぶなっかしい。
「自分の身は自分で守らなくちゃね」
 三四郎は言った。
 結婚式場は独特だ。ふかふかのカーペットが歩きづらい。いくつもの式や披露宴が行われていて、正装の人々があちこちで挨拶している。
 まだ式まで時間がある。どこかに座りたいけれど、三四郎がいると、同級生にもし会ったら、面倒なことになる、と周りを気にしながら歩いていると、Tシャツにショートパンツ姿の紗江がジュースを持ってやってきた。
「お兄ちゃんじゃん」
 紗江が隆史に気づいて言った。「なんか冴えないな〜。老けた高校生みたい」
 と隆史のスーツ姿をまじまじと見て言った。
「なに部屋着でいるんだよ。ドレス着ろよ」
 隆史はむっとしながら言った。
「お姉ちゃんたちが部屋占拠してんの。サイズがあわないとかなんとかいって。コスプレの準備?」
 紗江はきた方向を見て言った。
「コスプレ?」
「披露宴の出し物だって」
 興味なさそうに紗江が答えた。
「なにやってんだよ……。新婦ほったらかして」
「清子ちゃんも弥生ちゃんも、不満なんだよ。結婚したかったのに、お父さん事故で死んじゃって、父親代わりとかいっちゃって、頑張っちゃってたじゃない。自分ができなかった結婚式を再現したかったんだと思う」
 紗江が言った。
 なるほど、上の二人より先に結婚することを気にしているらしい。そもそも、紗江は森村と高校を卒業したら結婚することになっていた。学校には秘密にしていたが、妊娠していた。
 隆史はそのなんの色気もない格好の妹をしみじみと眺めた。
 恋をして、妊娠して、結婚の約束をして、結婚する前に相手が事故で死んでしまって、そして別の男に求婚されて、結婚する妹。
 まだ二十歳になっていないというのに、ドラマみたいに怒涛の展開のなかで生きてきた、妹。
 自分なんかより、よっぽどさまざまな経験をしてきたのだ。
 誰かと経験値を比べることなんてばからしいが、しかし妹がいまのんきに紙パックのジュースを飲んでいることこそが、誇らしい、と思った。
 そんな感慨に浸っているとき、紗江は三四郎のほうをじろじろと眺めた。
「この人……、恋人?」
 紗江が慎重に訊ねた。
「は?」
「兄をよろしくお願いします」
 紗江が先走って頭を下げた。
「はい?」
 どうすりゃそうなるんだよ、と言おうとすると紗江が遮り、
「姉たちが口やかましいこというかもしれませんけど、無視してもらっていいんで……」
「いやなにいってんのお前」
「お兄ちゃんがちゃんとしないと、弥生姉ちゃんなんて、ずっと親代わりとかなんとかいって、自分のことから逃避したまんまだから」
 紗江がぴしゃりと言い、隆史はなにも言えなかった。
「ちゃんとして」
「はい」
 三四郎がその言葉に、神妙に頷いた。
「なんでお前が頷いてんの」
「彼のことはおまかせください、大事にします」
 三四郎がサングラスをとり、頭を下げた。
「おい!」
「お願いします……」
 謎に涙ぐむ紗江。意味がわからない。
「そもそもこいつと付き合うとかどうすりゃ思いつくんだよ」
「いいじゃんもうそういう感じで、どうせ一緒に住んでるんだし、一緒に寝てるし」
「またお前は誤解を招くようなことを……」
 隆史が頭をかきむしっても、
「同棲かあ……してみたかったなあ。いいなあ」
 紗江はまったく相手にしない。
「ちょっと待とう、俺の話をまず聞いてくれ」
 隆史が二人のあいだに入って言った。
「うちの兄、無趣味だし、トーク面白くないし、顔も微妙だし、どこらへんがいいんですか」
「なんていうか、無個性な人が好きなんです」
「ああ、なるほど……、だったらちょうどいいかも」
「ええ、ほどよいです」
 二人は勝手に話を進めている。勘弁してほしい。
「ちげーから、付き合ってねえから、しかも重ねながら俺を馬鹿にしやがたなお前ら」
「お兄ちゃんはだまってて!」
 紗江がきっと睨んだ。
「そうだぞ。味方ができて俺は安心したよ」
 三四郎もすっとぼけている。目が完全に笑っている。
「間違ってるから、間違い訂正しないとやばいから」
 隆史がいくら言っても、二人は押し通すつもりらしい。