区民会館の一室から安室奈美恵の「Can You Celebrate?」の前奏が聞こえてくる。いまどきなんでそんな曲が流れているのか。たしかに名曲だけど。歌が始まる寸前に、止んだ。
部屋ではダサいジャージ姿の一同が並んで立っていた。
そしてそれぞれが歌詞を歌いながら踊り出す。まったく合っていない。動きが一人はげしい愛子、だるそうに合わせているかなみ、真剣な顔の弥生、まったく踊りについてこれない清子だった。
悪夢のような歌の時間である。
正気の沙汰には思えないだろう。
へたり込んでそれを眺めている稔と、踊る面々の前に立ち、厳しい表情をしている女がいた。
剛力アラレだった。
歌がサビになると、、弥生、泣きだして、嗚咽して崩れ落ちた。
「お姉さん……?」
さすがにやばい、とかなみが弥生に近づいた。
「大丈夫ですか」
と愛子は声をかけたが踊りを止めようとしない。
「……ごめんなさい、なんだか感極まってしまって」
弥生がひっく、ひっく、と振り絞るようにして言った。
「止めましょう」
アラレがぱん、と呆れながら手を叩いた。「いくら妹さんが結婚するからって、どうすればそんなになるんですか」
「弥生はね、先越されたと思って辛いの」
清子が言った。
「そんなことないわよ!」
弥生が叫んだ。
そして周囲は思った。やっぱそうなんだ、と。
「妹さんの結婚式が明日なんだからそりゃ多少は挙動不審になるでしょうけど」
フォローしつつも、かなみは全く理解ができなかった。この状況も意味がわからなかった。
「ごめんなさい……、なんだかもうよくわからなくって」
弥生が言った。
「紗江ちゃん、彼氏が死んじゃって、そしたらまさか結婚相手が」
愛子の言葉を挟んで、
「意味わかんねえよ」
稔が不貞腐れたように言い、立ち上がった。
「嫉妬してんじゃないよ」
かなみが鋭く言った。
「してねえよ、一切してねえよ」
「ま、あまりのことにわたしたちも理解しきれてないけどね」
愛子が言った。
「違うの……」
弥生がか細い声を出した。
「弥生?」
清子が弥生の背中をさすった。
「わたし、紗江が幸せになってくれれば、それでいいのよ。うちの家、父がわたしが高校の頃に亡くなってから、なんていうか……、お姉ちゃん全体的に頼りないし、わたしが隆史と紗江をなんとかしなくちゃって、だからなんていうのかな、一つ肩の荷がおりたっていうか、とてもね、嬉しいの」
途切れ途切れに弥生が言った。
「責任感強いからねえ、弥生は昔から。若草物語のジョーだから」
清子が苦笑いをした。
一家では、やたらと若草物語とか細雪とか三人姉妹なんてものを自分たちになぞらえる。三姉妹(と男の子)という構図が自分たちでも珍しい存在なのだ、と思っていた。
「隆史さんだけですね、後は」
アラレがしれっと言った。
「あの、気になってたんですけど」
かなみが手を挙げた。
「なにか?」
アラレがまるで教師のように、かなみを促した。
「あなた、今日いきなりやってきて、公民館予約してわたしたちに踊りの振り付けしてあまつさえ駄目出ししまくってくれてるけど、まじで何者?」
「剛力アラレです」
アラレは堂々と自分の名を告げた。
「それは聞きましたけど、ていうかなにそのセンスないハガキ職人みたいな名前」
「本名なんだから仕方ないでしょ」
そういう中傷には慣れている、というふうだった。
「ほんとかよ」
まったく納得がいかない。呼び出され、踊らされ、しかも明日の披露宴で披露しろって、無茶苦茶すぎやしないか。
たしかに、紗江が森村を失ってしまったのことは同情する。自分がそんな立場に立たされたら、正気じゃいられないだろう。
紗江はそれを乗り越え、別の相手と結婚することになった。
応援したい。
でも、これを披露するのが応援になるのか?
この手の余興をするとき、正気になってしまったら、練習は身に入らない。
「いいの、アラレさんにわたしが頼んだの」
弥生がかばうように言った。
「お姉さんのお知り合いなんですか」
愛子が訊ねた。
「違いますけど」
アラレはぶっきらぼうに言った。「知り合いなんて関係性ではありません」
「この人、なんでだか知らないけどお中元とお歳暮送ってくれてて、いつの間にか親戚みたいな感覚になってしまって……」
弥生が言った。
「はあ……」
いや、だからどういう関係なの? 親戚? 愛子は首を傾げた。
「最初は見た感じからもわかるように、やなババアだな、って思ってたんだけど、一回りして友達みたくなってしまって……」
清子がしみじみと言った。
「お姉さん一番きついこといいますね、わりと」
かなみが一応突っ込んだ。
「お互い友達いない者同士で出かけたりね」
それを無視してアラレが清子たちに微笑んだ。
「そうなの、宝塚とか歌舞伎とか一緒に観るようになっちゃって。入手困難なチケット、手に入れてくれるのよねえ」
弥生が言った。「観たい観たいって思っていたけど、誘われないとなかなか行けないでしょう?」
「たしか最初はね、ノムラマンサイの出てるお芝居に誘われて……」
清子が言った。
「観たかったのよねえ、生マンサイ」
弥生が頷いた。
「すごく……よくわかんないです」
かなみは言った。歳取ると人の話を聞かないっていうけど、それにしてもひどすぎやしないか、こいつら。
「初めて会ったのは二年前かしら……。あの頃はやんちゃだったわ……」
アラレが遠い目をして言った。まるで元ヤンだったことを自慢するおっさんだ。
「ほんと……、あなたいやーなクソババアだった……」
清子もまた違った方向で遠い目をして、
「長生きしろよ、ってかんじ」
弥生が続けた。
「毒蝮三太夫?」
アラレがわかった! と言い、微笑みあう大西姉妹とアラレ。
なんだこいつら。
部屋ではダサいジャージ姿の一同が並んで立っていた。
そしてそれぞれが歌詞を歌いながら踊り出す。まったく合っていない。動きが一人はげしい愛子、だるそうに合わせているかなみ、真剣な顔の弥生、まったく踊りについてこれない清子だった。
悪夢のような歌の時間である。
正気の沙汰には思えないだろう。
へたり込んでそれを眺めている稔と、踊る面々の前に立ち、厳しい表情をしている女がいた。
剛力アラレだった。
歌がサビになると、、弥生、泣きだして、嗚咽して崩れ落ちた。
「お姉さん……?」
さすがにやばい、とかなみが弥生に近づいた。
「大丈夫ですか」
と愛子は声をかけたが踊りを止めようとしない。
「……ごめんなさい、なんだか感極まってしまって」
弥生がひっく、ひっく、と振り絞るようにして言った。
「止めましょう」
アラレがぱん、と呆れながら手を叩いた。「いくら妹さんが結婚するからって、どうすればそんなになるんですか」
「弥生はね、先越されたと思って辛いの」
清子が言った。
「そんなことないわよ!」
弥生が叫んだ。
そして周囲は思った。やっぱそうなんだ、と。
「妹さんの結婚式が明日なんだからそりゃ多少は挙動不審になるでしょうけど」
フォローしつつも、かなみは全く理解ができなかった。この状況も意味がわからなかった。
「ごめんなさい……、なんだかもうよくわからなくって」
弥生が言った。
「紗江ちゃん、彼氏が死んじゃって、そしたらまさか結婚相手が」
愛子の言葉を挟んで、
「意味わかんねえよ」
稔が不貞腐れたように言い、立ち上がった。
「嫉妬してんじゃないよ」
かなみが鋭く言った。
「してねえよ、一切してねえよ」
「ま、あまりのことにわたしたちも理解しきれてないけどね」
愛子が言った。
「違うの……」
弥生がか細い声を出した。
「弥生?」
清子が弥生の背中をさすった。
「わたし、紗江が幸せになってくれれば、それでいいのよ。うちの家、父がわたしが高校の頃に亡くなってから、なんていうか……、お姉ちゃん全体的に頼りないし、わたしが隆史と紗江をなんとかしなくちゃって、だからなんていうのかな、一つ肩の荷がおりたっていうか、とてもね、嬉しいの」
途切れ途切れに弥生が言った。
「責任感強いからねえ、弥生は昔から。若草物語のジョーだから」
清子が苦笑いをした。
一家では、やたらと若草物語とか細雪とか三人姉妹なんてものを自分たちになぞらえる。三姉妹(と男の子)という構図が自分たちでも珍しい存在なのだ、と思っていた。
「隆史さんだけですね、後は」
アラレがしれっと言った。
「あの、気になってたんですけど」
かなみが手を挙げた。
「なにか?」
アラレがまるで教師のように、かなみを促した。
「あなた、今日いきなりやってきて、公民館予約してわたしたちに踊りの振り付けしてあまつさえ駄目出ししまくってくれてるけど、まじで何者?」
「剛力アラレです」
アラレは堂々と自分の名を告げた。
「それは聞きましたけど、ていうかなにそのセンスないハガキ職人みたいな名前」
「本名なんだから仕方ないでしょ」
そういう中傷には慣れている、というふうだった。
「ほんとかよ」
まったく納得がいかない。呼び出され、踊らされ、しかも明日の披露宴で披露しろって、無茶苦茶すぎやしないか。
たしかに、紗江が森村を失ってしまったのことは同情する。自分がそんな立場に立たされたら、正気じゃいられないだろう。
紗江はそれを乗り越え、別の相手と結婚することになった。
応援したい。
でも、これを披露するのが応援になるのか?
この手の余興をするとき、正気になってしまったら、練習は身に入らない。
「いいの、アラレさんにわたしが頼んだの」
弥生がかばうように言った。
「お姉さんのお知り合いなんですか」
愛子が訊ねた。
「違いますけど」
アラレはぶっきらぼうに言った。「知り合いなんて関係性ではありません」
「この人、なんでだか知らないけどお中元とお歳暮送ってくれてて、いつの間にか親戚みたいな感覚になってしまって……」
弥生が言った。
「はあ……」
いや、だからどういう関係なの? 親戚? 愛子は首を傾げた。
「最初は見た感じからもわかるように、やなババアだな、って思ってたんだけど、一回りして友達みたくなってしまって……」
清子がしみじみと言った。
「お姉さん一番きついこといいますね、わりと」
かなみが一応突っ込んだ。
「お互い友達いない者同士で出かけたりね」
それを無視してアラレが清子たちに微笑んだ。
「そうなの、宝塚とか歌舞伎とか一緒に観るようになっちゃって。入手困難なチケット、手に入れてくれるのよねえ」
弥生が言った。「観たい観たいって思っていたけど、誘われないとなかなか行けないでしょう?」
「たしか最初はね、ノムラマンサイの出てるお芝居に誘われて……」
清子が言った。
「観たかったのよねえ、生マンサイ」
弥生が頷いた。
「すごく……よくわかんないです」
かなみは言った。歳取ると人の話を聞かないっていうけど、それにしてもひどすぎやしないか、こいつら。
「初めて会ったのは二年前かしら……。あの頃はやんちゃだったわ……」
アラレが遠い目をして言った。まるで元ヤンだったことを自慢するおっさんだ。
「ほんと……、あなたいやーなクソババアだった……」
清子もまた違った方向で遠い目をして、
「長生きしろよ、ってかんじ」
弥生が続けた。
「毒蝮三太夫?」
アラレがわかった! と言い、微笑みあう大西姉妹とアラレ。
なんだこいつら。