「かわいいなあ……」
三人が出て行ってから、昭二が呟いた。心の声がダダ漏れだ。
「やめとけ、隆史が義理の兄貴になるんだぞ」
稔が呆れた顔をして言った。
「そもそもあんな彼氏がいたら、あんたたち相手になんてしてもらえないよ」
かなみが二人を見て言った。
「身長高いしね」
美保が言い、
「サッカー部だし」
かなみが続けた。
「わりとイケメンだし」
愛子が言った。
「それな。わりと、ってなんとなくつくよね」
かなみが頷いた。
「わかるかも。ほどよいっていうか」
美保が言った。
「なんだろうねえ、一概にイケメンといえないなにかがあるよね、モリタツ」
愛子が目を細めた。森村達也、略してモリタツ。悪くない。むしろいい。でも別に。つまり、彼女たちのタイプではない、というだけのことである。
かなみにとっては、恋愛の状況がうらやましいだけだったし、愛子はどちらかというとスポーツマンは好きではない。美保のほうは、そもそも、男女交際みたいなものに興味のない顔をしていた。
「ああいう妹がいるとか、すごいな、天国かよ」
昭二の「羨ましい」は今度は隆史のほうに向けられた。
隆史は幼い頃に両親を亡くしていた。そして、二人の姉と、妹が一人。なんだかラブコメ漫画みたいじゃないか。なんて思うのは、冴えない男子の妄想みたいなものだ。実際にそんな境遇になってみたら、女の子、というものに理想なんて持たないだろうに。
「紗江ちゃんとモリタツ、中学から付き合ってるんでしょ」
愛子が言った。
「いや、付き合いそうで付き合わないみたいな関係のままいて、高校に入ってモリタツが意を決して告ったんだよ」
かなみが言った。
正直、そのあらまし、どうだっていい。そんな関係性、ほんとにフィクションみたいだ。
「……もう、キスとかしてんのかな」
昭二がまたも心の声をお漏らししてしまうと、かなみと愛子が嫌な顔をした。
「最低」
美保がすぱっと切り捨てた。
あんなん、してるにきまってんじゃん。
「なに話してんの」
隆史が帰ってきて、なんだか妙な雰囲気の連中を不思議そうに眺めた。
「なんでもない。これ返すね」
美保が自分の席に戻り、袋を持ってきて隆史に渡した。
「なんだそれ」
稔がめざとく訊ねた。
「CD借りてたの。配信ないやつで、おすすめって」
「ほお」
稔がまんざらでもない顔をした。
あんな下級生の清い交際にキャッキャいってる場合じゃないぞお前ら。いままさにここで。エモいことが起こっているというのに、お前らの目は節穴か。
もしこれが昭二だったら茶化していたが、隆史があまりにさりげなく、誰にも言わず美保のことを好きなのは見え見えで、ぎゃくにちょっとでもつついたら大変なことになりそうなので、傍観していた。
周りの人間はどう思っているのだろうか。かなみや愛子だって気づいているはずだ。一度腹を割って話したいところだが、美保を守ろうとこいつら絶対に俺に話しやしないだろう。
こういう場合、美保がどう思っているかが気になるところだったが、なんだかそこはどうでもよかった。
美保は隆史のことなんて興味がないように見えた。
そもそも美保は、なんにも興味がないんじゃないだろうか。
超越している。
そんな語彙は当時の稔にはなかったが、そんなふうに思えていた。
「なにがほお、なのよ」
かなみが稔にちょっかいを出した。
へたなことを言ったらぶん殴る、という感じ。
「どうだった」
周囲のことなんてまったく気にせず、隆史が美保に言った。
「あんまり聴かないやつだったから、面白かったよ」
にっこりと、美保が微笑む。
「そっか」
隆史が頭をかいた。
チャイムの音がした。休憩はもう終わりだ。
「次、モンドかよ……」
稔がため息をついた。
「わたし今回自信ありなんだよね」
愛子が指を鳴らせた。
「モンドコレクション入賞する気?」
かなみが笑う。
「美保には負けないぞ!」
と愛子が大袈裟に宣言し、
「受けて立つ!」
と美保が拳を固めた。
いつもの光景。
あまりにいつもすぎて、記憶が混ざっている。
わたしたちは、こんなふうに高校を過ごした。
なにが不満だったのだろう。
平穏なのが、嘘くさいとおもっていたのだろうか。
みんな心のなかでは暗いものを持っているっていうのに。そんなことおくびにも出さないで、明るく楽しく健全で。
わたしはわからなかった。
わたしは生まれてからずっと、演じてきた気がする。
心の中に、なにか凶暴なけものを飼っている。
そしてそのけものが暴れ出さないように、いつだって注意深く過ごしている。
だから、そのために、なにごとにも深く関わることができなかった、気がする。
かなみや愛子はいい子。
大好き。
でも、どこか距離を感じる。
かなみや愛子がわたしにそんな壁を感じずに接してくれていれいるほど、そう思う。
二人に心のうちを話しても、きっと理解はされないと思う。
心配はしてくれるだろう、でも、困った顔をするだろう。
隆史くんに話したら、どうだろうか。
彼がわたしのことを好いてくれているのは気づいている。
でも、わたしは隆史くんを好きじゃない。
違う。
だいたいの男のことを、好きじゃなかった。
教室に主水がやってくる。
主水は面白い。
年上だから、まわりの男の子と違う、というだけでなく、なんだかとても邪悪なものを抱えている気がする。
自分と似ている、気がする。
それがもしかして惹かれる、の正体かもしれない。
紗江と森村もきっとそうだ。
「授業始めるぞー」
いい先生ぶった主水の笑顔。
わたしは、この人なら、好きになれる、気がする。
隆史くんは、どうだろう。
いつか、大人になったら、好きになれるんだろうか。
彼には邪悪なものは棲みついていない。
わたしは、自分と違うものを愛せない。
そこに、ズボンを履いていない、裸足の時任三四郎が入ってくる。全身濡れている。ださい蛍光色のトランクスがやけに目立つ。
全員、彼を無視している。
そうか。時任三四郎がいなかった。
あいつだけが、わたしのことを見透かしていた。
「なに適当な妄想ひねりだしてんだよ」
三四郎が言った。
誰に言っている?
「お前は闇のなかで、こいつら全員が死んだら面白いと想像してほくそ笑んでいる、クソ女だ」
わたしに言っている?
「死ぬまでに気づけばよかったのにな」
三四郎が勝ち誇った顔をしている。
わたしが、負けた?
これは、わたしの妄想?
三人が出て行ってから、昭二が呟いた。心の声がダダ漏れだ。
「やめとけ、隆史が義理の兄貴になるんだぞ」
稔が呆れた顔をして言った。
「そもそもあんな彼氏がいたら、あんたたち相手になんてしてもらえないよ」
かなみが二人を見て言った。
「身長高いしね」
美保が言い、
「サッカー部だし」
かなみが続けた。
「わりとイケメンだし」
愛子が言った。
「それな。わりと、ってなんとなくつくよね」
かなみが頷いた。
「わかるかも。ほどよいっていうか」
美保が言った。
「なんだろうねえ、一概にイケメンといえないなにかがあるよね、モリタツ」
愛子が目を細めた。森村達也、略してモリタツ。悪くない。むしろいい。でも別に。つまり、彼女たちのタイプではない、というだけのことである。
かなみにとっては、恋愛の状況がうらやましいだけだったし、愛子はどちらかというとスポーツマンは好きではない。美保のほうは、そもそも、男女交際みたいなものに興味のない顔をしていた。
「ああいう妹がいるとか、すごいな、天国かよ」
昭二の「羨ましい」は今度は隆史のほうに向けられた。
隆史は幼い頃に両親を亡くしていた。そして、二人の姉と、妹が一人。なんだかラブコメ漫画みたいじゃないか。なんて思うのは、冴えない男子の妄想みたいなものだ。実際にそんな境遇になってみたら、女の子、というものに理想なんて持たないだろうに。
「紗江ちゃんとモリタツ、中学から付き合ってるんでしょ」
愛子が言った。
「いや、付き合いそうで付き合わないみたいな関係のままいて、高校に入ってモリタツが意を決して告ったんだよ」
かなみが言った。
正直、そのあらまし、どうだっていい。そんな関係性、ほんとにフィクションみたいだ。
「……もう、キスとかしてんのかな」
昭二がまたも心の声をお漏らししてしまうと、かなみと愛子が嫌な顔をした。
「最低」
美保がすぱっと切り捨てた。
あんなん、してるにきまってんじゃん。
「なに話してんの」
隆史が帰ってきて、なんだか妙な雰囲気の連中を不思議そうに眺めた。
「なんでもない。これ返すね」
美保が自分の席に戻り、袋を持ってきて隆史に渡した。
「なんだそれ」
稔がめざとく訊ねた。
「CD借りてたの。配信ないやつで、おすすめって」
「ほお」
稔がまんざらでもない顔をした。
あんな下級生の清い交際にキャッキャいってる場合じゃないぞお前ら。いままさにここで。エモいことが起こっているというのに、お前らの目は節穴か。
もしこれが昭二だったら茶化していたが、隆史があまりにさりげなく、誰にも言わず美保のことを好きなのは見え見えで、ぎゃくにちょっとでもつついたら大変なことになりそうなので、傍観していた。
周りの人間はどう思っているのだろうか。かなみや愛子だって気づいているはずだ。一度腹を割って話したいところだが、美保を守ろうとこいつら絶対に俺に話しやしないだろう。
こういう場合、美保がどう思っているかが気になるところだったが、なんだかそこはどうでもよかった。
美保は隆史のことなんて興味がないように見えた。
そもそも美保は、なんにも興味がないんじゃないだろうか。
超越している。
そんな語彙は当時の稔にはなかったが、そんなふうに思えていた。
「なにがほお、なのよ」
かなみが稔にちょっかいを出した。
へたなことを言ったらぶん殴る、という感じ。
「どうだった」
周囲のことなんてまったく気にせず、隆史が美保に言った。
「あんまり聴かないやつだったから、面白かったよ」
にっこりと、美保が微笑む。
「そっか」
隆史が頭をかいた。
チャイムの音がした。休憩はもう終わりだ。
「次、モンドかよ……」
稔がため息をついた。
「わたし今回自信ありなんだよね」
愛子が指を鳴らせた。
「モンドコレクション入賞する気?」
かなみが笑う。
「美保には負けないぞ!」
と愛子が大袈裟に宣言し、
「受けて立つ!」
と美保が拳を固めた。
いつもの光景。
あまりにいつもすぎて、記憶が混ざっている。
わたしたちは、こんなふうに高校を過ごした。
なにが不満だったのだろう。
平穏なのが、嘘くさいとおもっていたのだろうか。
みんな心のなかでは暗いものを持っているっていうのに。そんなことおくびにも出さないで、明るく楽しく健全で。
わたしはわからなかった。
わたしは生まれてからずっと、演じてきた気がする。
心の中に、なにか凶暴なけものを飼っている。
そしてそのけものが暴れ出さないように、いつだって注意深く過ごしている。
だから、そのために、なにごとにも深く関わることができなかった、気がする。
かなみや愛子はいい子。
大好き。
でも、どこか距離を感じる。
かなみや愛子がわたしにそんな壁を感じずに接してくれていれいるほど、そう思う。
二人に心のうちを話しても、きっと理解はされないと思う。
心配はしてくれるだろう、でも、困った顔をするだろう。
隆史くんに話したら、どうだろうか。
彼がわたしのことを好いてくれているのは気づいている。
でも、わたしは隆史くんを好きじゃない。
違う。
だいたいの男のことを、好きじゃなかった。
教室に主水がやってくる。
主水は面白い。
年上だから、まわりの男の子と違う、というだけでなく、なんだかとても邪悪なものを抱えている気がする。
自分と似ている、気がする。
それがもしかして惹かれる、の正体かもしれない。
紗江と森村もきっとそうだ。
「授業始めるぞー」
いい先生ぶった主水の笑顔。
わたしは、この人なら、好きになれる、気がする。
隆史くんは、どうだろう。
いつか、大人になったら、好きになれるんだろうか。
彼には邪悪なものは棲みついていない。
わたしは、自分と違うものを愛せない。
そこに、ズボンを履いていない、裸足の時任三四郎が入ってくる。全身濡れている。ださい蛍光色のトランクスがやけに目立つ。
全員、彼を無視している。
そうか。時任三四郎がいなかった。
あいつだけが、わたしのことを見透かしていた。
「なに適当な妄想ひねりだしてんだよ」
三四郎が言った。
誰に言っている?
「お前は闇のなかで、こいつら全員が死んだら面白いと想像してほくそ笑んでいる、クソ女だ」
わたしに言っている?
「死ぬまでに気づけばよかったのにな」
三四郎が勝ち誇った顔をしている。
わたしが、負けた?
これは、わたしの妄想?