チャイムの音が複雑にからみ、奇妙な轟音のようになる。
 ここは過去なのか、幻想なのか。多分、捏造され、美化された過去である。
 教室。
 学生服のかなみと愛子、そして美保がいる。
「高校はいってから一度も食べれてないんだけど」
 かなみがぶーたれながらあんぱんを食べている。両脇に愛子と美保がいる。
 どうや休憩時間らしい。
「またその話」
 美保が呆れながら紙パックの牛乳を飲んでいる。
「三限終わったなーって思うよ、その話になると」
 愛子が言った。
「いわれないと午前が終わらないよね」
 美保が笑った。
「あんたたちもっと真剣になってよ、大問題でしょ。なんでわたしやきそばパン食えたことがないのよ」
 かなみは二人を睨みつけた。
 二限が終わると休憩時間、かなみは食堂にダッシュする。なにがあろうと絶対に。恒例行事だった。
 そして腹を立てながら帰ってきて、次の休憩時間に買ったパンを不貞腐れながら食べた。
「いいじゃんあんぱん食べてるんだから」
 美保がたしなめても、かなみはまったく顔を和らげるつもりもない。そんなふうに食われているパンがかわいそうである。
「なんでやきそばパン欲しかったのにあんぱん買ってくんだよ」
 愛子が言った。
「これしかなかったんだよ」
 そう言ってかなみは、あんぱんを口に詰め込み、の飲んでいた牛乳をひったくって一口飲んだ。
「なんか、警察の張り込みみたい」
 牛乳を奪われたというのに、美保はまったく動じず言った。「お昼はお弁当食べるんでしょ、太るよ」
「張り込んでやろうかな、食堂に」
「わざわざ二限さぼって、そこまでしてやきそばパン食いたいかねえ」
 愛子が不思議そうに言った。
「だって、なんかムカつくじゃん。やきそばパンのくせに食えないとか」
「やきそばパンのせいじゃねーし」
 かなみと愛子が憎まれ口を叩き合っているのを、美保は嬉しそうに眺めていた。
「なんだよ、その慈愛に満ちた表情」
 かなみが怒りの矛先を美保のほうに向けた。
「いや〜、なんかいいなって思って」
「なにがじゃ」
「わたしさあ、あんまり食に興味ないんだよねえ」
「うっそ。食べ物以外に楽しいことなんてないでしょ」
「逆にやべーだろそれ」
 愛子が言った。
「なんだろね。あんまおいしいものとか、服とかも興味ないんだよなあ」
 美保が首を回した。
「あれだ、実家が太いから」
 かなみが言うと、
「実家もなにも、いまも住んでるし」
 と美保が笑った。
 美保の家は金持ちだ。広い庭付きの一軒家で、犬を飼っているし、遊びに行くと、おいしいケーキと紅茶をお母さんは用意してくれる。
 自分の家とは大違いだ。狭い家に家族がぎゅうぎゅうになって暮らしているし、幼い弟たちはいつも喧嘩している。やっぱり余裕がある人間って、欲望ってもんが湧かないのかもしれない。
 わたしは自分ができないことや自分が得ることができないものに敏感だ。好きか嫌いかを超えて、そんなものを見つけたら真っ先に手に入れたい。
 それが大人気でなかなか買うことの出来ない食堂のやきそばパンであったとしても。
「もう一回言うけど、太るぞ」
 美保の言葉に、
「部活やってんだから大丈夫」
 かなみが返した。
 自分はべつに、太っているわけでもないけれど、たしかにちょっとばかり筋肉がついていてがっしりしている。SNSを見ていて、かわいい女の子にめちゃめちゃいいねがついているのを見ると、自分もこうなりたかもしれない、とふと思うこともあった。
 でも、そこはなんだか満足している。
 不思議だ。自分の性格だったら整形したいし、華奢になりたいと思うのだろうが、そういうふうにはならない。
「かなみちゃんはマネージャーでしょ」
 かなみが物思いに耽っていると、愛子が小馬鹿にするように言った。
「けっこう大変なんだよ。半端ないよわたしの腹筋」
「体育の着替えのとき見てるけど、存在をまだ確認できてないですぞ」
 と愛子がかなみの腹をつまんだ。
「愛子のほうがついてるよね」
 美保が言った。
「見たの、スケベ〜」
「女バレ軍団の一員だもんね」
「おーい、軍団ていうのはやめれ」
 三人はいつもつるんでいた。それぞれ部活は違うというのに、なんだか気が楽なのだ。かなみはいつもないかに憤っている。それを愛子がすかさず突っ込む。その様子を美保がにこにこと眺めている。
 もしかしてうちら、トリオで芸人になれるんじゃない? なんてかなみは思ったこともあるが、言わなかった。盛り上がっているところを稔と昭二にでも聞かれて、ちょっかいをだされたらたまったもんじゃない。
 同年代の男っていうのはなんて幼いのだろう。
 絶対に、付き合うなら年上のほうがいい。
 愛子も、その通りだと言っていた。
 美保は、わかんないなあ、と曖昧に答えていた。