「ねえ、いつかもこうして貴女と一緒に歩いていたようです」
「そう、わたしもさっきから頻りにそう思っていました。ーーあれからいったいどれくらいの時が流れたか知ら」
「それは大変なものでしょう」
(稲垣足穂「弥勒」より引用)
……教室は真っ暗だった。夜の教室だ。月明かりがすこしだけ、その凄惨な光景を見せた。
床には生徒たちが床に倒れていた。
中央に、女生徒が佇んでいる。
一人生き残ったように見えるし、あるいは、この生徒がクラスメートを皆殺しにしているようにも見える。
そんなことが起こるわけなかった。
これは誰かの夢だ。きっとそうに違いない。
夢を見ているのは……女生徒なのだろうか。
夢は不思議なもので、自分自身を眺めることができたりするから。
あるいは、床でくたばっている誰かが、霊となってそのありさまを見ているのかもしれない。だったらそれはやはり、夢みたいなものだろう。死者にとって、「いま」は夢の出来事でしかないから。
「おなかすいた」
女生徒がつぶやいた。
彼女は腹をなでた。
そのときだ。
彼女のそばで倒れていた一人が、美保の足をつかむ。まだ生きている? しかし力は弱く、彼女の足に軽く触れたようなものだった。
美保、一瞥し、その手をはらいのけ、容赦なく蹴った。
いつのまにか、教室の隅に男子生徒が一人立っていることに、女性とは気づいた。二人は見つめ合った。彼女は睨みつけていて、彼は薄笑いを浮かべていた。
「箱を開けると何か黒いものが飛び出した
ハッと思うまにどこかへ見えなくなった
箱の中はからっぽであった
それでその晩眠れなかった」
男が暗唱するようにいった。
彼女はその思わせぶりな言葉や、どこか人を馬鹿にしているふうに見える容貌に腹を立てた。
なぜ、わたしの好きな文章を、つらつらと聞かせてくるのだ。
「なんだお前」
彼女は凄んだ。
誰ももう、彼女のことを見ていない。床でくたばっているやつらは、見ることができない。ざまあみろ。
「君は、開けてしまったから。もう戻れない」
冷たい口調で、男は言った。
「だから?」
こいつ、勝ち誇っている。そう彼女は思った。そして、すべてを思い出した。
わたしはこいつに負けた。
そしてここは、
「ここ、どこ?」
わかっているのにつぶやいた。
わからなかった。
なぜいま、わたしがここにいるのか?
だって自分はついさっき。
それにここは、いつもわたしが頭のなかで思い描いていた世界じゃないか。
なんで、現実にここにいるの?
違う。
ここは現実ではない?
雨の音が、教室の外から聞こえてきた。
「そう、わたしもさっきから頻りにそう思っていました。ーーあれからいったいどれくらいの時が流れたか知ら」
「それは大変なものでしょう」
(稲垣足穂「弥勒」より引用)
……教室は真っ暗だった。夜の教室だ。月明かりがすこしだけ、その凄惨な光景を見せた。
床には生徒たちが床に倒れていた。
中央に、女生徒が佇んでいる。
一人生き残ったように見えるし、あるいは、この生徒がクラスメートを皆殺しにしているようにも見える。
そんなことが起こるわけなかった。
これは誰かの夢だ。きっとそうに違いない。
夢を見ているのは……女生徒なのだろうか。
夢は不思議なもので、自分自身を眺めることができたりするから。
あるいは、床でくたばっている誰かが、霊となってそのありさまを見ているのかもしれない。だったらそれはやはり、夢みたいなものだろう。死者にとって、「いま」は夢の出来事でしかないから。
「おなかすいた」
女生徒がつぶやいた。
彼女は腹をなでた。
そのときだ。
彼女のそばで倒れていた一人が、美保の足をつかむ。まだ生きている? しかし力は弱く、彼女の足に軽く触れたようなものだった。
美保、一瞥し、その手をはらいのけ、容赦なく蹴った。
いつのまにか、教室の隅に男子生徒が一人立っていることに、女性とは気づいた。二人は見つめ合った。彼女は睨みつけていて、彼は薄笑いを浮かべていた。
「箱を開けると何か黒いものが飛び出した
ハッと思うまにどこかへ見えなくなった
箱の中はからっぽであった
それでその晩眠れなかった」
男が暗唱するようにいった。
彼女はその思わせぶりな言葉や、どこか人を馬鹿にしているふうに見える容貌に腹を立てた。
なぜ、わたしの好きな文章を、つらつらと聞かせてくるのだ。
「なんだお前」
彼女は凄んだ。
誰ももう、彼女のことを見ていない。床でくたばっているやつらは、見ることができない。ざまあみろ。
「君は、開けてしまったから。もう戻れない」
冷たい口調で、男は言った。
「だから?」
こいつ、勝ち誇っている。そう彼女は思った。そして、すべてを思い出した。
わたしはこいつに負けた。
そしてここは、
「ここ、どこ?」
わかっているのにつぶやいた。
わからなかった。
なぜいま、わたしがここにいるのか?
だって自分はついさっき。
それにここは、いつもわたしが頭のなかで思い描いていた世界じゃないか。
なんで、現実にここにいるの?
違う。
ここは現実ではない?
雨の音が、教室の外から聞こえてきた。