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(これは……夢じゃない)
 布団の上で瑠衣は呆然と座っていた。
 障子の窓越しに入ってくる青白い光は、隣で眠る白銀の横顔を照らしている。
 自ら毒を煽って死んだ。胃の腑から肉体の隅々に運ばれ内部から腐っていく、毒のおぞましい感触を忘れもしない。呼吸のできない息苦しさも、狂ったように激しく鳴る心臓の音も、次第に霞んでいく景色も――そして、白銀の慟哭も。
 それなのに、気が付いたら初日の妖達の宴の夜になっていた。
 今や瑠衣は確信していた。これは同じ時を繰り返している、と。一度目も夢ではなかったのだ。政重に斬られたのは現実で、なぜか死と同時に時間が巻き戻った。
「白銀……」
 瑠衣は手を伸ばして彼の頬に触れる。雪のように白い肌とは対照的に、自分の手よりも暖かい。すっ、と動かして触れた髪は、まるで絹のような肌触り。指で何度梳いても飽きることがない。瑠衣を包み込む妖力は心地よく、いつまでも側にありたいと感じる。
「むにゃ……ん。瑠衣、眠れないのか?」
 白銀を触れる指が耳に触れたところで、彼が目を覚ました。くすぐったかったのかもしれない。瑠衣は慌てて手を引っ込めた。
「す、すみません、白銀様!」
 これは失礼なことをしてしまったかもしれない。無防備な寝顔が愛しくて、好き放題に触ってしまった。あたふたと布団の上で平伏しようとすると、問答無用で白銀の手が伸びてきて、ぐいっと瑠衣の腰を引き寄せた。彼の唇が耳元で甘やかに囁く。
「疲れてるんだろう? 早く寝ろ。宴のときも半分以上は寝てたんだからな」
「……はい」
 こそばゆさに身体を震わせながら瑠衣は頷く。
 これまでの経験から、白銀がこれ以上は何もしてこないことを瑠衣は知っていた。それが証拠に、すぅすぅ、とすぐに白銀は軽い寝息を立て始める。
(どうしてこんなことになったのだろう)
 一回目、二回目と記憶をさらってみても、皆目見当も付かない。もちろん、政重から伝えられた話の中にもない。
 ただ、己の死がこの繰り返しの引き金になっている。それだけは確実だと思った。
(わたしはそんなに死にたくなかったのだろうか)
 そんなことを考えて、思わず苦笑してしまう。
 自分の死を認められないがために、このような時間を逆行するような現象を起こしてしまった。もしもそうだとしたら、ある意味大したものだ。こんな大それたことをする呪力が自分にあったというわけなのだから。
 尤も、幸いにと言うべきか、瑠衣は五年前に呪力を失っている。しかし、自分自身を候補から排除すると、何もかもが闇の中になる。
(わからない……誰が、何の目的で?)
 一人、悶々と考えるも、思考は出口を見つけられず、それこそ同じ場所をぐるぐると回っている。そのうちに夜も更けてきて、瑠衣も次第に起きていられなくなってきた。
 寝相の悪い白銀に押し潰されるようになりながら、瑠衣は目を閉じた。
(それでも、この気持ちだけは間違いない)
 ――白銀を、好きになってしまったということだった。