母である志乃の死の知らせは突然だった。
いつもの妖狩りの任務だと思っていた。もちろん、強い母が失敗するわけも、死ぬわけもないと信じていた。だが、相手の妖は想像以上に強く、相討ちとなったらしい。
「――お母様……!」
部屋で泣き崩れる舞衣の背中に手を置きながら、瑠衣は呆然と畳を見詰めていた。遺体は他の妖に奪われてしまったとのことで、前にある棺の中身は空っぽだ。それがさらに現実感をないものとしていた。
「志乃様のことは真に残念だった」
沈痛な面持ちで不幸を知らせに来た政重の言葉に、のろのろと瑠衣は顔を上げた。
「本当……なのですか?」
何度目かもわからない瑠衣の問い。まるで、何回も訊き返せば、いつか自らの望む答えが得られるかとでも思っているかのように、それしか頭に浮かんでこない。
「嘘だよ、お姉ちゃん!」
舞衣が激しくかぶりをふる。大粒の涙が瑠衣の小袖を濡らしている。
沈黙は何よりも雄弁だ。政重はじっと何かに耐えるように、眉間に皺を寄せて唇を真一文字に結んでいた。
将来有望な呪力を持つということで、十歳から訓練を始めていた瑠衣は、妖狩りとの間で交流があった。その中の一人、政重とは特に頻繁に会っていたのだ。彼がこのような悪趣味な冗談を言うような者ではないということは知っていた。
「お母様……」
瑠衣は小さく呟く。悲しいはずなのに涙の一つも出てこない。衝撃が強すぎで、己の感情も死んでしまったかのようだ。
「悲しみも収まらぬところ、すまぬがな。この先の話をさせてもらおう」
敢えてなのか、政重の事務的な口調が、瑠衣のふわふわした気持ちを地に下ろした。はい、と頷いて先を待つ。
「これからは儂がお前たちの育ての親となろう」
「……それは、どういう意味ですか?」
「言葉のままの意味なのだがな」
苦笑したように頬を歪めて政重は部屋を見回した。
「志乃様がもしもの時は、と儂に頼まれておったのだよ」
「お母様から?」
瑠衣の問いかけに、政重はうむと頷いた。
(……初めて聞く話なのだけど)
少しだけ疑問に思うも、すぐに考えを改める。
妖狩りは常に死と隣り合わせの御勤めである。もしもの時を考えて、後のことを政重に託していたとしても不思議ではないだろう。二人にそれを伝えていなかったのは、娘に心配をかけまいと考えたからなのだろうか。
「志乃と暮らした屋敷を離れるのは、まだ感情的に受け入れられぬかもしれん。だが、瑠衣には立派な妖狩りになってもわらねば困る。舞衣も本格的な鍛錬が始まる歳だ。子供だけでは不自由だとは思わぬか」
瑠衣は視線を落としながらその説得を聞いていた。
政重の言葉は正しい。日々の暮らしや訓練だけではない。志乃が遺してくれた、少なくはない遺産の管理なども考えると、子供だけでは手に負えない場面のほうがきっと多い。
(だけど、政重様は……)
微かに漂う香の匂いは母がよく使っていたもの。
瑠衣はすぐには決心できなかった。相手は、志乃と妖狩りの長の座を争っていた男だ。政重の元で育てられるというのは、何だか母へ対する裏切りのような気がした。
「お姉ちゃん……どうするの?」
声を上げて泣きながらも、政重の話は聞いていたのだろう。いつの間にか舞衣が顔を上げていた。
「わたしは……」
反対です……そう口にしようとしたところで、政重が舞衣へと告げた。
「志乃様の後は継ぎたくはないか? 儂の元へ来れば、儂の知る妖狩りの技術を、全て二人に伝授してやろう」
「お母様の……」
目を赤く泣きはらした舞衣が呟いた。再び溢れそうになった涙を必死に堪えている風情。やがて、その表情のまま瑠衣を見上げてきた。
「あたし、強くなりたい。お姉ちゃんはどう思う?」
「舞衣……」
政重に先手を取られた気がした。簡単には頷かない瑠衣に対して、妹という弱みを使って説得しようとしている。
それでも、舞衣を責める気にはなれない。瑠衣だって同じ気持ちはあるのだから。
「……わかりました、政重様」
瑠衣は姿勢を正すと、畳に両手をついた。
「わたしと舞衣。ご迷惑をおかけいたします」
いつもの妖狩りの任務だと思っていた。もちろん、強い母が失敗するわけも、死ぬわけもないと信じていた。だが、相手の妖は想像以上に強く、相討ちとなったらしい。
「――お母様……!」
部屋で泣き崩れる舞衣の背中に手を置きながら、瑠衣は呆然と畳を見詰めていた。遺体は他の妖に奪われてしまったとのことで、前にある棺の中身は空っぽだ。それがさらに現実感をないものとしていた。
「志乃様のことは真に残念だった」
沈痛な面持ちで不幸を知らせに来た政重の言葉に、のろのろと瑠衣は顔を上げた。
「本当……なのですか?」
何度目かもわからない瑠衣の問い。まるで、何回も訊き返せば、いつか自らの望む答えが得られるかとでも思っているかのように、それしか頭に浮かんでこない。
「嘘だよ、お姉ちゃん!」
舞衣が激しくかぶりをふる。大粒の涙が瑠衣の小袖を濡らしている。
沈黙は何よりも雄弁だ。政重はじっと何かに耐えるように、眉間に皺を寄せて唇を真一文字に結んでいた。
将来有望な呪力を持つということで、十歳から訓練を始めていた瑠衣は、妖狩りとの間で交流があった。その中の一人、政重とは特に頻繁に会っていたのだ。彼がこのような悪趣味な冗談を言うような者ではないということは知っていた。
「お母様……」
瑠衣は小さく呟く。悲しいはずなのに涙の一つも出てこない。衝撃が強すぎで、己の感情も死んでしまったかのようだ。
「悲しみも収まらぬところ、すまぬがな。この先の話をさせてもらおう」
敢えてなのか、政重の事務的な口調が、瑠衣のふわふわした気持ちを地に下ろした。はい、と頷いて先を待つ。
「これからは儂がお前たちの育ての親となろう」
「……それは、どういう意味ですか?」
「言葉のままの意味なのだがな」
苦笑したように頬を歪めて政重は部屋を見回した。
「志乃様がもしもの時は、と儂に頼まれておったのだよ」
「お母様から?」
瑠衣の問いかけに、政重はうむと頷いた。
(……初めて聞く話なのだけど)
少しだけ疑問に思うも、すぐに考えを改める。
妖狩りは常に死と隣り合わせの御勤めである。もしもの時を考えて、後のことを政重に託していたとしても不思議ではないだろう。二人にそれを伝えていなかったのは、娘に心配をかけまいと考えたからなのだろうか。
「志乃と暮らした屋敷を離れるのは、まだ感情的に受け入れられぬかもしれん。だが、瑠衣には立派な妖狩りになってもわらねば困る。舞衣も本格的な鍛錬が始まる歳だ。子供だけでは不自由だとは思わぬか」
瑠衣は視線を落としながらその説得を聞いていた。
政重の言葉は正しい。日々の暮らしや訓練だけではない。志乃が遺してくれた、少なくはない遺産の管理なども考えると、子供だけでは手に負えない場面のほうがきっと多い。
(だけど、政重様は……)
微かに漂う香の匂いは母がよく使っていたもの。
瑠衣はすぐには決心できなかった。相手は、志乃と妖狩りの長の座を争っていた男だ。政重の元で育てられるというのは、何だか母へ対する裏切りのような気がした。
「お姉ちゃん……どうするの?」
声を上げて泣きながらも、政重の話は聞いていたのだろう。いつの間にか舞衣が顔を上げていた。
「わたしは……」
反対です……そう口にしようとしたところで、政重が舞衣へと告げた。
「志乃様の後は継ぎたくはないか? 儂の元へ来れば、儂の知る妖狩りの技術を、全て二人に伝授してやろう」
「お母様の……」
目を赤く泣きはらした舞衣が呟いた。再び溢れそうになった涙を必死に堪えている風情。やがて、その表情のまま瑠衣を見上げてきた。
「あたし、強くなりたい。お姉ちゃんはどう思う?」
「舞衣……」
政重に先手を取られた気がした。簡単には頷かない瑠衣に対して、妹という弱みを使って説得しようとしている。
それでも、舞衣を責める気にはなれない。瑠衣だって同じ気持ちはあるのだから。
「……わかりました、政重様」
瑠衣は姿勢を正すと、畳に両手をついた。
「わたしと舞衣。ご迷惑をおかけいたします」