◆

「――おーい、瑠衣。るーいーさーんー」
 何度か名前を呼ばれ、はっと瑠衣は目を見開いた。
 目の前では、人型、獣型の何匹もの妖達が、飲めや食えやのどんちゃん騒ぎをしている。宴もかなりの時間が過ぎたのか、半分くらいは酔い潰れている。目をパチクリと瞬かせて視線を上げると、雪のように白い髪を持つ青年が、心配そうに瑠衣を覗き込んでいた。
「疲れたか? そろそろお開きにするか?」
「い、いいえ、大丈夫ですよ、白銀様」
 どうやら、うとうととしていたらしい。白銀の肩にもたれる形になっていたのに気が付き、慌てて身体を起こして背筋を伸ばす。
「わたしのほうこそ、このような祝いの席で眠ってしまうなど、言語道断。どうか、わたしの身体を喰らい、お怒りを鎮めてください」
「こんなに料理が並んでるのに、そりゃあ面白い冗談だな。オレも食い過ぎで、そろそろ腹がはち切れそうなんだが」
 白銀の横には、食べ終わった皿が小山のように積まれていた。たしかにそれだけ食べていたら、自分の身体を喰らう場所は空いてなさそうだ。
(……というよりも)
 あれれ、と瑠衣の頭の中は混乱した。
 この光景は見たことがある。自分の着ている着物に、首飾り。美桜が妖力を操って運んでくる料理や酒樽。さらには、ほとんど香の匂いのしない己の身体。
(あれは、夢だったの?)
 白銀と一緒に過ごした短い日々。その中で彼の本当の姿を知り、倒すべき妖ではないと確信した。それを知らせに家に戻ったのだが、説得に失敗して政重に殺されてしまった。自分の胸を貫いた生々しい刀の感触が脳裏に残っている。
(ええと……)
 白銀が見ていない瞬間を見計らって、着物の下の自分の胸元を確認する。当然のことながら、そこには傷一つ付いていない。
(ついさっき死んだきがするのだけど、やっぱり夢?)
 少しだけ考えて、あれは自分の妄想だったのだろうと判断する。
 白銀という妖に喰らわれるために、この屋敷へ送り込まれた。妖に支配される村人を助けるため、そして舞衣を守るために。
 しかし、死ぬことに対して何も思わないわけではない。正直に白状すると、怖い。その恐怖があの夢を見させたのだろう。こうあって欲しい。そんな己の欲望を。
 もしかしたら、白銀は夢を操る妖で、すでに瑠衣を妖力に捕らえ、彼女の心の臓の毒という秘密を暴こうとしているのかもしれない。
(気を引き締めないといけない)
 白銀から杯を受けながら、瑠衣は夢のことは忘れるようにした。