部長の家に居候させてもらう手前、お願いして家事全般を担当させてもらうことになった。
 家賃を支払いたいと申し出たが、固辞されたからだ。
 ただし、猫の世話は部長担当で、それは姿を見たことがないニイちゃんやあまりわたしに近寄らないイッちゃんの世話は、わたしにはできないからだった。
 
「家事をやってもらえるだけで本当にありがたいから、必要経費はすべて私が払うわ。
 これは上司の命令よ」
 そう言われては逆らえない。
 身体を使って労働で返すしかない。

 部長との共同生活とは言えど、わたしの料理レパートリーはこれまでの節約料理のまま変わらなかったけど、部長は何の文句も言わず「美味しい」と言って食べてくれている。
 何せ食費も部長負担なので、怖くて原価を上げられないという隠れた理由も存在する。
 部長からのリクエストは「揚げ物は控えめで(絶対作るなという意味ではないらしい)」というくらいで、他は何もなかった。
 食費を月25000円に設定して、毎週6000円でやりくりしている。

 ひとりのときよりも誰か自分以外の人のために作るという目的があった方が、より料理が楽しいということに気づいたのは、二人分のお弁当を作っていた朝だった。
 無意識に自分が鼻歌を歌いながら、明日は天かすを使ったたぬきおにぎりもいいな、そうすると今日はさっぱりしたゆかりと梅のおにぎりかな、なんて考えていたことにびっくりした。
 ひとりのときは、同じおかずやご飯がしばらく続いてもまったく気にならないし、というより白ご飯をお弁当箱の一段目に詰めてふりかけをかけるだけだったし、むしろ栄養バランスが同じなら同じものを作る方が楽だった。

 今は違う。

 前日の夕飯の残りをお弁当に詰めるときでも、アレンジが可能ならアレンジするし、彩りに気をつけている。
 お弁当箱のふたを開けた部長が楽しく食べられるように。
 栄養バランスが同じでも、できるだけ違うものを食べられるように。

「白川さん、今日の夕飯何?」
「ええと、今日は部長お気に入りの特大ヘルシーつくねです」
 わたしは献立表を見ながら答える。
 買い出しの後、あらかじめ1週間分の献立を決めてしまうと食材の無駄がない。
 会社の推進するSDGsにも適っている。
「いいわね、午後も頑張れそう」
 お昼休みにお弁当を食べ終わったばかりの部長がそう言って笑った。
「部長、さっきお昼食べたばっかりじゃないですか」
「白川さんの作るご飯は美味しいから、仕事のモチベーションになるのよ」
「それは光栄です。
 節約料理ですけどね」
 わたしもふふふと笑った。
 窓にかかっているブラインドの隙間から、強い日差しが漏れて後光が射しているような昼休みだった。