テリー監督に連れられ、街の中枢にやってくると、クロルとリリアはその光景に目を見張りました。

 "麗しの街"のように色鮮やかな建物もあれば、コンクリートの四角いビルが立ち並ぶ場所もあり……
 かと思えば、大昔にいたという『サムライ』や『ニンジャ』が出て来そうな木製の家屋が軒を連ねる通りもあり……
 と、この街全体が巨大な映画のセットのように、多種多様な文化が入り混じった造りをしているのです。

 まるでいろんな世界を旅しているような感覚に、二人はワクワクしながら街を駆け回りました。
 その中で、映画の撮影や、先ほど自分たちが体験したような『日常のリテイク』を受けている人がいるのをあちこちで見かけ、リリアはここがどんな街なのかを理解しました。

 テリー監督の案内で最後に訪れたのは、マルシェと呼ばれる路上商店街です。
 出店がずらりと立ち並んでいて、野菜や果物、肉や魚、日用品まで様々に売っています。
 この街に住む人々の『台所』と言われているそうで、大勢の人で賑わっていました。

 そのまま必要なものの買い出しすることにしたクロルたちに、テリー監督も付き合ってくれました。
 その間、自分が過去にどんな映画を作り、どのような『日常のリテイク』を演出をしてきたのかを延々と語り出したのですが、ベタベタのラブストーリーばかりだったので、クロルたちは少し気まずそうにしながら右から左へ話を聞き流しました。



 一通り買い物を終え、「そろそろ昼食を摂ろうか」と話していた、ちょうどその時。

「やっと見つけた……!」

 そんな大きな声が聞こえ、マルシェにいた人々が一斉にそちらを見ました。
 クロルたちも思わず振り返ると、声の主と思われる背の高い男性が人混みを掻き分け、一人の女性の腕をまさに掴んだところでした。後ろから手を引かれたその女性は、驚いた様子で振り向きます。

「フ、フェルナンド……! 何故ここにいるの……?」
「言っただろう? 世界中のどの街にいたって、君を見つける。運命が俺たちを見離さない限り」

 男性は真剣な眼差しで女性を見つめます。
 しかし女性は目を逸らし、

「でも……私たち、やり直すには離れた時間が長すぎるわ。私は、変わった。あなたが愛してくれたあの頃の私は、もう……」

 言いかける女性の唇を、男性は人差し指でそっと押さえ、首を横に振ります。
 そして、近くにあった花屋の店員に声をかけ、「この薔薇を全部くれ」と"パス"を差し出します。
 五十本くらいでしょうか。大きな花束を店員から受け取ると、男性はそのまま女性の前に跪き、

「過ぎてしまった時間はもう戻らない。けど、未来は選択できる。まだ、君の未来の相手が決まっていないのであれば――」

 そして、花束を差し出しながら、こう言いました。

「君の残りの人生を、全て俺にください」
「…………!!」

 女性は涙を流しながら、花束ごと男性に抱き着きました。
 瞬間、それを見届けていた観衆から「わぁぁああ!」と歓声が上がり、どこからか花びらが舞い降りてきました。
 その一部始終に、リリアとクロルはぽかんと口を開けますが、テリー監督はうんうんと頷いています。

「――カーット! はいはいみなさま。ありがとう、ありがとう」

 そう言いながら現れたのは、白い口髭を生やした初老の男性でした。
 その人が抱き合う男女の横に立つと、観衆たちの声はどよめきに変わります。

「ジャン・カルロ監督よ!」
「恋愛映画で有名な、あの?」
「いいなぁー、私もリテイクお願いしたーい!」

 そんな声があちこちから上がるので、リリアが「有名人なの?」とクロルに聞きますが、彼も「さぁ……」と首を傾げます。代わりにテリー監督が、

「この街で五本の指に入る恋愛映画の巨匠さ。彼が手掛けた映画は二十七作、日常を演出したカップルは二百組以上と言われている」

 そう解説してくれますが、それが果たしてすごいのか否か、二人にはわかりませんでした。

「じゃあテリー監督も、その五本の中に入っているの?」
「私か? 私は……さしずめ六本目の指だな。ひょーっひょっひょ!」

 リリアの問いかけをテリー監督が笑い飛ばしていると、観衆からこんな声が上がります。

「ジャン・カルロ監督! 今回は一体どんなシチュエーションをリテイクしたんですか?」

 その質問に、ジャン・カルロ監督は髭を撫でながら答えます。

「いやね、この二人、彼のお仕事の関係でずっと会えなくて、今日二年ぶりに再会したらしいの。だけど、そこのカフェで無難に待ち合わせして、無難に抱き合っていたものだから、そんなのダメッ! 感動の再会ならもっと華やかに! もっとファビュラスに!! ってことで、アタクシがこぉんなカンジにリテイクしたってワケ」

 観衆から「あぁー」という納得と感嘆が混じったような声が上がり、抱き合っていた男女が照れながら頭を掻きます。
 テリー監督は腕を組み、興奮気味に鼻を鳴らし、

「君たち、いいものを見たな。あの監督は本当に人気で多忙だから、街中で演出をすることなんか滅多にないんだぞ?」

 そう言いますが、しかしリリアは首を捻り、


「つまり――今のプロポーズは全部、作られた"ニセモノ"だった、ってこと?」


 ……と、問いかけるので、
 
「「…………え?」」

 彼女の言葉に、テリー監督だけでなく、街の人々まで声を上げます。
 まずい。とクロルは思いましたが、止めるよりも先にリリアが続けて、

「あの素敵なプロポーズのセリフは、彼自身の言葉じゃなかったの? バラの花束を差し出したのも、跪いたのも、心からの行動じゃなくて、用意されたものだったってこと? それで彼女は、本当に嬉しいの?」

 と、やはりまったく悪意のない澄んだ瞳で、周囲にそう問いかけます。
 ジャン・カルロ監督は口髭をピクピクと震わせ、盛り上がっていた観衆たちも「なにあの子……」「カルロ監督に難癖つけるつもり?」と不穏に騒めき始めます。

 テリー監督は顔を真っ青にしてリリアの肩を掴み、

「リ、リリアちゃん! だから言ったでしょ?! ここはそういうのを楽しむ街! そういうドラマティックなことが好きな人の街なんだよ! なんの捻りもない平凡なプロポーズなんかよりも、プロが演出したものの方が嬉しいに決まっているだろう?!」

 などと、必死の形相で言いますが……
 リリアは、やはり納得のいかない表情を浮かべたまま、

「……じゃあ、この街の人は、相手が自分のために考えた"本物のセリフ"よりも、プロが考えた"作り物のセリフ"方が好きなんだね。でも、それって……一体誰に対してときめいていることになるの?」

 そんな風に、投げかけるので……
 ジャン・カルロ監督も、演出されたカップルも、観衆の人々も、みんな苦虫を噛み潰したような顔をしました。

 その、ひりつくような視線に耐えられなくなったテリー監督は、

「…………ひょ、ひょーーっ!!」

 突然、奇声を上げ、リリアの手を引いて駆け出しました。観衆を掻き分け、ものすごい速さで去って行きます。

「リ、リリア!」

 クロルはそれを引き止めようと手を伸ばしますが……
 二人の姿は、あっという間に見えなくなってしまいました。