そうして、クロルとリリアは様々な店を回り、買い物を楽しみました。

 最初は周囲の目を気にしていたリリアでしたが、街の人々がとても親切にしてくれたので次第に気にならなくなり、行きたい店に次から次へとクロルを連れ回すまでになりました。
 
 楽しそうなリリアの笑顔を眺め、クロルは何も言わずに荷物持ちに徹し……
 ふと気付いた時には、時計の針はすっかりお昼過ぎを回っていました。


 
「――たくさん買ったね」
「うん。かばんも服も靴も……他にもいっぱい。楽しかった!」
 
 二人は大量の荷物を横に置いて、カフェのテラス席に座りました。テーブルには二人分のオレンジジュースと、ベーコンと野菜がたっぷり入ったサンドイッチがあります。
 
「自分で欲しいものを選んで買うって、なんだか最高に自由な気分!」
「うん。確かに、そうかもしれないね」
 
 にこにこしながらオレンジジュースを飲むリリアを、クロルも微笑んで見つめました。
 彼女は、新しく買った花の刺繍入りのワンピースと革のショルダーバッグを身につけ、ぴかぴかの編み上げブーツを履いた足をぶらぶら揺らしています。
 ふと、リリアはストローから唇を離し、「でも、」と呟きます。

「このお金も、いつかは無くなってしまうから……そうなる前に羽を取る方法を見つけて、住む場所を決めて、働かないといけないよね」
「労働自体は十一歳から認められているからね。働くこともできるけど……住む場所が決まれば、その街の制度で補助がもらえるかもしれないよ」
「ほじょ?」

 首を傾げるリリアに、クロルは「えーと……」と言葉を選びながら説明し始めました。

 懸命に話すクロルと、それを聞きながら頷くリリア。
 降り注ぐ日差しは穏やかで、風がそよげば、どこからともなく花の香りが漂ってきます。
 カフェの店員さんも、お客さんも、道行く人々も、みんな笑顔で幸せそうでした。

 リリアのことを「天使さま!」と呼び、平伏すような人間はどこにもいません。
 本当にこんな世界があったのだと、リリアは初めての空気を胸いっぱいに吸い込みました。

「それにしても……この街の人たちって、本当にみんな綺麗。どうして綺麗な人だけが住むようになったんだろう?」
「街のルールには、必ずそうなるに至った理由があるはずだから、自然発生的なものではないと思うけど……なんでなんだろうね」
「しぜん、はっせい……? それってどういう意味?」
「ああ、つまりね――」

 クロルが再び、リリアに説明をしようとした、その時です。

「あら、可愛らしいお嬢さん! まるで天使みたいね」

 そう話しかけてきたのは、隣の席に来た妙齢の、金髪の女性でした。その人もやはり、とても美しい容姿をしています。

 投げかけられた『天使』という言葉に、クロルは慌ててフォローをしようとしました。
 しかしリリアは、微笑む女性をじっと見つめてから、

「……こんにちは」

 落ち着いた声でそう返したので、クロルは安心したような、拍子抜けしたような気持ちになりました。

「おや、こちらはクレイダーの運転手さんかな? こんにちは」

 金髪の女性の横にコーヒーのカップを二つ持った茶髪の男性(こちらもとても魅力的な容姿をしています)が、クロルに声をかけます。

「はい。こんにちは」
「もしかして、新しく住む街を探しているの?」

 男性からコーヒーを受け取って席に座りながら、女性が尋ねます。リリアが「うん」と答えると、女性が続けて、

「なら、この街はどう? お嬢さんほど可愛らしいレディなら、きっと住民になれるわ」
「この街の住み心地はどうですか?」

 クロルの質問に、女性は長い脚を組みながら、

「もちろん最高よ! 私は他の街から移って来たんだけど、これほど住みやすい街はないわ。ああ、自己紹介が遅れたわね。私はリズ。彼はマルコよ」

 二人も「クロルです」「リリア」と短く返します。

「なんで、この街は容姿の綺麗な人だけが住むようになったの?」

 リリアが、リズさんとマルコさんの顔を交互に眺めながら尋ねます。
 リズさんはコーヒーを啜り、落ち着いた雰囲気で答えます。

「容姿がいいとね、嫌な思いをすることが多いのよ。あなたも経験ない? 他人に妬まれたり、見も知らぬ人から好意を向けられたり……私も以前住んでいた街では、見た目だけで『性格が悪そう』と言われたり、努力して勝ち取ったことでも『どうせ美人だから贔屓されたんだ』なんて不当な評価を受けたり……もうウンザリしていたの」

 リズさんに続き、マルコさんが口を開きます。

「僕も以前いた街では、この顔のせいで『モテるからって調子に乗っている』だとか『女たらし』だとか、謂れの無い言葉をかけられてね。他人の妬みや嫉みに悩まされていたんだよ」

 その言葉にリズさんも心底同意した様子で頷き、

「好きでこの容姿に生まれたわけじゃないのにね。でも、この街ではみんなが同じくらいの容姿のレベルだから、そういったしがらみに惑わされなくて済むの。みんな測定器の点数をクリアしているから自分に自信を持っているし、だからこそお互いを認め合えるし、他人が抱いた勝手な劣等感から迫害されることもない。そう。ここは容姿によるしがらみから解放された街なのよ。みんなそのルールに賛同して、ここで暮らしているの」
「なるほど……そういう理念があったのですね」

 だからみんな、リリアの羽を褒めてくれたのかと、クロルは納得して頷きます。
 しかし、リリアは……
 釈然としない表情で、とんでもない質問をぶつけました。


「――綺麗で嫌な思いをするのなら、見た目を醜くしちゃえばいいんじゃないの?」
「……え?」


 その問いかけに、リズさんとマルコさんは思わず聞き返します。
 しかしリリアは構わず、真っ直ぐな瞳でこう続けました。

「髪も眉もボサボサにして、髭もボーボーにして、お化粧もおしゃれもしないでいれば、そんな風に妬まれたり、特別扱いされることもなかったんじゃない? 何故、そうしなかったの?」
「そ、それは……」

 リズさんとマルコさんが思わず口ごもりますが、リリアはさらに続けます。

「この街にいたって容姿はみんな違うんだから、『あの人のここが羨ましい』とか『ここは私の方が優れている』とか、思っちゃわない? だったらもう、見た目を不細工に変えたほうが、人の目や住む街に悩まされることも無くなると思うけど」
「い、いや……見た目はいいに越したことはないんだよ。君だって、その外見で得をしたことがあっただろう?」

 マルコさんは額に汗を浮かべながら言います。
 しかしリリアはすぐに首を横に振り、

「私は、この見た目でよかったことなんて一度もない。この羽のせいで……私も他とは違う扱いを受けてきた。だから、この羽をなくすつもりでいる。そうすれば"普通の人間"として、見た目のことなんか気にせず、住むところを自由に決められるでしょ?」

 そう言うリリアの瞳には、まったく悪意がありません。
 だからこそ、横で聞いているクロルは、その真っ直ぐすぎる言葉にとてもハラハラさせられました。

 そして彼女の言葉は、ある意味で正論だともクロルは思うのです。
 確かに容姿が原因で生き辛さを感じているのなら、それを変えてしまうことが一番の解決策になるはずです。
 しかし、恐らくこれは、それほど簡単な問題ではなく……

 リズさんとマルコさんが、その美しい顔を若干引きつらせているのに気付き……
 クロルは、ガタッと立ち上がり、

「あっ、そろそろ行かなきゃ。リズさん、マルコさん、いろいろとありがとうございました!」

 右手にたくさんの荷物を、左手にリリアの手を掴んで。
 大急ぎで、駅に戻りました。