♢ ♢ ♢ ♢



 昼下がりのカフェテラス――
 金髪碧眼の美少女・リリアは、涼しい顔で通りを眺めている。

「お待たせ致しました」

 店員の女が、注文した料理を運んでくる。
 リリアはその様を静かに目で追った。

「ご注文の品は以上でお揃いでしょうか?」

 店員の問いかけに頷くリリア。
 店員は頭を下げ、その場を離れる――その、一瞬の間に、

「――例のブツ、スープの中」

 リリアにだけ聞こえるように、耳元で短く囁いた。
 リリアは平たいスープ皿に目を落とす。
 そこにあったのは、スープに浸った金色に輝く魚――アジであった。
 
 なるほど。これが伝説の『黄金アジ』……
 これを手にすれば、取引きは完了だ。

 リリアがゆっくりと皿の中へ手を伸ばした……その時。

「――動くな」

 ガチャッ。
 後ろの席に座る少年が、背を向けたまま拳銃を向けてきた。リリアは動きを止める。

「"冷血の百合"ともあろう者が、油断したな……それをこちらへ渡してもらおうか」

 周囲の雑音に掻き消されそうな低い声で、言う。
 しかしリリアは、顔色を変えず、

「……甘く見ないでもらえる?」

 パチン、と指を鳴らした。
 刹那、少年の持つ拳銃がバラバラと分解され、床に落ちていく。

「なっ――!」

 少年は床をキュッと鳴らして立ち上がると、振り返りながら胸元からもう一つのショットガンを取り出し、リリアに向け構える。
 それと同時に、リリアも腰のホルダーから抜いた二丁拳銃を少年に向けた。

「………………」

 ピンと張りつめた空気が、二人の間に漂う。

 どれくらいの沈黙が続いただろう。
 風が枯れ草を運ぶ、カサカサという音だけが響く――

 ――が、その沈黙を先に破ったのは、リリアでも少年でもなかった。
 ストン、という軽い音と共に、『黄金アジ』のあるテーブルに何かが舞い降りたのだ。

 黒い獣――猫である。

「――! しまっ……」

 リリアは慌ててそちらを向くが、猫は圧倒的な速さで『黄金アジ』を咥え、弾けるように跳び、少年の後ろへ降り立った。

「……ニャハン……(ブツはいただいたぜ)」

 そう言い残し、猫は物凄いスピードで駆けていく!

「待て! それは俺の獲物だ!」
「私のよ! 待ちなさい!」

 少年とリリアは、全力でその後を追う!
 果たして、伝説の『黄金アジ』を手に入れるのは誰なのか?!
 そして、そもそも伝説の『黄金アジ』とは、一体何なのか――?!



 ♢ ♢ ♢ ♢



「――って、いつまで走ればいいの?! 早くカットって言ってー!」
「まだまだ! フレームアウトするまで走り続けて!!」

 息を切らしながら叫ぶリリアに、テリー監督はメガホンで「まだだー!」と投げかけます。

「フレームってなに?! もう……もう無理ーっ!」
「……はい、カーット! オッケーィ! おつかれー!!」

 カットがかかり、リリアはようやく黒猫を追う足を止めました。ぜいぜいと荒い息をしながら、その場にへたり込みます。
 
 すると、いつの間にか集まっていた観衆から、

「ブラボー!」
「かっこいい!」
「今のアクション最高!」

 そんな声が、一斉に上がりました。

「えっ? な……何?」

 自分が歓声の中心にいることに驚き、リリアは周囲を見回します。
 そんな彼女の前に、テリー監督が駆け寄ってきて、

「はいはい、みなさんありがとう! 主演女優はリリアちゃん、出演は店員さん、少年、黒猫くん。そして監督は私、テリーでした!」

 高らかに宣言すると、観衆は一斉に拍手を送り「次回作も期待しているぞー!」と叫びました。
 それをテリー監督は、深々と頭を下げて受け止めます。
 そして……座り込むリリアに、そっと手を差し伸べます。

「ありがとう、リリアちゃん。実を言うと……私は、この街を出るつもりでいたんだ」
「え……?」

 手を引かれ立ち上がるリリアに、テリー監督は続けます。

「ロマンス映画の監督として名を上げたかったんだが……なかなか上手くいかなくてね。もう映画監督はすっぱり諦めて、別の生き方を探すつもりでいた。それでクレイダーに乗ろうとしていたら……君に出会った。君と話して、恋愛ものだけじゃなく"人間の強さ"を描いた作品を撮ってみたくなった。やっぱり、映画が好きなんだよね。有名になるためじゃない。映画が好きだから監督になったんだ、ってこと……君のおかげで、思い出すことができたよ」

 テリー監督は頭を掻きながらそう言います。
 そして、真剣な面持ちで、

「君を主役にした映画を、ぜひ作らせてほしい。きっといい作品にするよ。そしたら君も、その羽に引け目を感じることがなくなるだろうし……自分のことがもっと好きになる。あらためて、どうかな。この街に住んでみる気はないかい?」

 無数の拍手と、歓声に包まれながら……
 リリアは、物語のようなこの状況に、自分の胸が少しだけ高鳴っていることに気が付きました。

 みんなが自分を見ている。
 奇異の目ではなく、賞賛の眼差しで。
 嗚呼、なんて恥ずかしくて、むず痒くて……気持ちがいいのだろう。

 だけど……これは、私の欲しかったもの?

「………………」

 暫しの沈黙の後。
 リリアは、ぱっと顔を上げます。
 そして、テリー監督の瞳を真っ直ぐに見据え――答えました。



 * * * *



 ――一方、その頃。

 クレイダーに荷物を置いてから、再びリリアたちを探しに街へ戻ろうとしたクロルは……


「ラララ今日も街に出てぇーお花を売るのぉぉー♪ 黄色、赤、白にピンク♪ だけど何故? 心はブルー……」
「ルルルそれは昨日の出来事ぉー♪ 素敵な彼にお花を渡したあの時ー♪ 心に咲く薔薇までぇー渡してしまったのぉー♪」
「ラララそれは予感♪ 何かが始まる予感♪ 素敵な何かが花開くーそんな予感ンーー♪」

「……うぅ……」

 有名なミュージカル映画の監督の演出に巻き込まれ、歌い踊る人々の中で……
 一人、困惑しているのでした。