わずかに開かれた卓登の部屋のドアの隙間からは、ひんやりとした風が澄みきった空気と共に吹き込んでくる。
 カーテンを少しだけ開けると、結露で濡れた窓硝子に卓登と響の姿が鏡のように映し出される。
 湿気により水滴が流れ落ちると、卓登と響の顔面が(ゆが)み、それは睨みつけているようにも見えた。
 そんなまったく同じ動きをすることしかできない片割れに対して響は睨み返すのではなく、静かにほほ笑みを浮かべた。
「寝顔までかっこ良いなんて、ムカつく」
 響は朗らかに嫌味を言うと、隣で熟睡している卓登を起こさないように細心の注意を払いながらベッドから抜け出そうとする。ところが自分の足が卓登の両足の間に挟まれていて抜け出せない。
 少しでも抜け出そうとすれば「行かないでください」とでも言うようにさらに強く挟んできて両足を絡ませてくる。
(寝たふりとか、してないよ……な?)
 響が卓登の寝顔を覗き込んで薄目を開けているのではないのかとじっくり観察する。
 夢の中でも掴まえていてくれる卓登からの深い愛情に響はご満悦になった。
 そして響はある重大なことに気がつく。
 響はまだ卓登本人に言葉で直接伝えてはいなかったのだ。
「卓登、大好きだ。愛してる」
 響は慈しむ気持ちで卓登の寝顔をうっとりと眺めながら愛の告白をした。
 言った直後、響は急に恥ずかしくなってしまったのか、真っ赤に火照る顔を掌であおぎながら軽く咳払いをする。
 卓登が眠っているときに言うなんて卑怯かもしれないが、卓登が目覚めるまでずっと卓登の傍にいるから許してほしいと響はこの至福の空間に酔いしれる。
 窓の外は爽やかな晴天とは言えない濁りきった曇り空模様ではあるが、響は心地良い雨音を子守唄代わりにして再び布団の中に潜り込んだ。
 そして卓登の綺麗な頭髪を指でいじくりながら梳かすと、卓登の唇に優しいキスを落とした。

 今こそ叫ぼう。
 笹沼響の最愛の人は、岸辺卓登ただ一人なのだということを──。