一分、いや、一秒にも満たない時間内で発生した突然の事故だ。
こういう時どうするべきなのかなんて誰一人として考えてなどいなかったはずだ。考える時間なんて、心の余裕なんてどこにもなかったはずだ。
考える時間はなくても本能的に自分自身を守る。
当然、響もそうした行動をとった。
卓登の身の安全なんて考えてなどいなかった。
それなのに、卓登は自分自身を守ることよりも響を守ることを最優先にしたのだ。
卓登が着用する制服が一瞬にして汚れてしまった。これは卓登からしてみたら名誉ある汚れだ。
ある意味、卓登の制服が価値ある高級品になった。
卓登は響にはかすり傷一つ付けさせないし、汚れも付けさせまいと勇敢になる。
それでも現状、響には感激に浸っている暇などなかった。
響の全神経は全身全霊で守ってくれた卓登よりもべつのところに集中していた。
倒れた衝撃で卓登の唇と響の唇が少しだけではあったが……。
(オレ、今、卓登と……ッ⁉)
偶然、軽く触れただけのことなのかもしれないが、唇と唇がほんの少しでも触れたらそれはキスとして成立する。
「今のは事故だ! 事故なんだ!」
響は「今のキスは事故なんだ!」という意味で叫んだつもりだった。
ほかの乗客たちに見られていたのかどうかなんてことは卓登にも響にもわからない。
それなのに見られていたつもりで乗客全員に聞こえるように大声を張り上げて響は早口に言った。
そんなふうに勢いよくまくし立てて卓登とのキスを全否定してくる響に卓登は憤慨した。
誰かに「今、君たちキスしていたよね?」と、たずねられたわけでもないのに、響自ら説明するかのように自己主張したことが卓登に悲痛を与える結果となってしまう。
「そうですね。あともう少しで大事故になるところでしたから、危なかったですよね」
二十代後半らしきスーツ姿の成人男性が響のことを見下ろしながら淡々と言ってきた。
正確には卓登と響の二人を見下ろしている。
今の卓登と響の体勢は、あの相思相愛になった幸福な夜に情交へと進もうしていた体勢とまったく同じだった。
あの夜と異なるのは、この場所がベッドの上ではなくバスの中であるということと、室内ではなく外であるということと、卓登と響の二人だけではなく人前であるということだ。
響の背中に卓登の腕がゆっくりとまわされる。
無我夢中になりながら身を挺して響のことを守ってくれた卓登の腕を響は心の底から愛しいと思う。
そんな卓登の腕を今すぐ振りほどきたくてたまらないだなんて矛盾している。
それなのに、またもや卓登は響の意思とは正反対な行動を起こそうとする。
背中の素肌に直接感じる卓登の手。背中だけが裸にされて響の全身が粟立ち恐怖心のあまり硬直する。
徐々に冷えていく響の華奢な背中。背骨に添って動く卓登の不埒な手。そのたびに響の骨がカチカチと鳴り、
(卓登……やめろ……。頼む、やめてくれ!)
と、悲鳴にならない呻き声をあげる。
今の響は怯えきった顔をしているのだということが、鏡を見て確認しなくても響には手に取るようにはっきりとわかっていた。
その元凶である愛する美形な恋人は平然とした顔をしており、ゆっくりとではあるが確実に少しずつ響の顔に自分自身の顔を接近させてくる。
その迫り来る無表情の中に隠された卓登の本音を聞いてしまうのが響はとても怖い。見えてしまうのが怖い。
卓登が動きの止まっている響の眼球を不敵に覗きこむと、卓登の全細胞が騒ぎだして性欲を活性化させる。
二回も大声をあげた響に対して、見られたくはない。人の目が気になる。なんていう保身的で消極的なことは言わせないと卓登が眼光だけで響を脅す。
この突如発生した事故は卓登からしてみたら好機でしかなくて、卓登はこの成人男性に見物客になってもらおうと企み、問答無用で公開プレイを開始させようとする。響との情交を一部始終見てもらい感想までも聞かせてもらおうとする。
こんな無理矢理で無茶苦茶な行為は響との絆を深めるどころか、響から嫌われる要素満載であり逆効果であるということは卓登も重々承知している。
それでも響によって心を深くえぐられてしまったら、その傷を癒やすことができるのも響だけなのだ。
けれども色欲魔と化した卓登はその先の営みをうながして、さらに先へと進もうとする。
心は反発しているにもかかわらず、まったく抵抗を示してこない今の響は卓登の操り人形だ。
人形と化した響は感じるなんてことはしないだろうから、どんなに響の性感帯を刺激しても気持ち良くなるなんてことにはならない。キスに応えようとすらしないであろう。
そんな放心状態の響を抱いても卓登は少しも喜べないし、そんな響を抱きたいとも思えない。
卓登だけ腰を動かしてもそれは非常に虚しいもので、後悔のみが残るだけだろう。
卓登は体をゆっくり起こして響から離れてはくれたが、背中のめくれたスクールシャツを戻すことはしなかった。
この後、卓登が響から怒鳴られることは決定している。おそらく怒鳴るだけではすまないだろう。
最悪の場合、卓登は響から平手打ちをされるかもしれない。それも優しく叩くような軽いものではなく、力任せに激しく連打される可能性がある。
恋人という関係に終止符を打ちたいと告げられさえしなければ、卓登は響から受ける罰ならばどんな過酷なことにも堪えられるのだ。
こういう時どうするべきなのかなんて誰一人として考えてなどいなかったはずだ。考える時間なんて、心の余裕なんてどこにもなかったはずだ。
考える時間はなくても本能的に自分自身を守る。
当然、響もそうした行動をとった。
卓登の身の安全なんて考えてなどいなかった。
それなのに、卓登は自分自身を守ることよりも響を守ることを最優先にしたのだ。
卓登が着用する制服が一瞬にして汚れてしまった。これは卓登からしてみたら名誉ある汚れだ。
ある意味、卓登の制服が価値ある高級品になった。
卓登は響にはかすり傷一つ付けさせないし、汚れも付けさせまいと勇敢になる。
それでも現状、響には感激に浸っている暇などなかった。
響の全神経は全身全霊で守ってくれた卓登よりもべつのところに集中していた。
倒れた衝撃で卓登の唇と響の唇が少しだけではあったが……。
(オレ、今、卓登と……ッ⁉)
偶然、軽く触れただけのことなのかもしれないが、唇と唇がほんの少しでも触れたらそれはキスとして成立する。
「今のは事故だ! 事故なんだ!」
響は「今のキスは事故なんだ!」という意味で叫んだつもりだった。
ほかの乗客たちに見られていたのかどうかなんてことは卓登にも響にもわからない。
それなのに見られていたつもりで乗客全員に聞こえるように大声を張り上げて響は早口に言った。
そんなふうに勢いよくまくし立てて卓登とのキスを全否定してくる響に卓登は憤慨した。
誰かに「今、君たちキスしていたよね?」と、たずねられたわけでもないのに、響自ら説明するかのように自己主張したことが卓登に悲痛を与える結果となってしまう。
「そうですね。あともう少しで大事故になるところでしたから、危なかったですよね」
二十代後半らしきスーツ姿の成人男性が響のことを見下ろしながら淡々と言ってきた。
正確には卓登と響の二人を見下ろしている。
今の卓登と響の体勢は、あの相思相愛になった幸福な夜に情交へと進もうしていた体勢とまったく同じだった。
あの夜と異なるのは、この場所がベッドの上ではなくバスの中であるということと、室内ではなく外であるということと、卓登と響の二人だけではなく人前であるということだ。
響の背中に卓登の腕がゆっくりとまわされる。
無我夢中になりながら身を挺して響のことを守ってくれた卓登の腕を響は心の底から愛しいと思う。
そんな卓登の腕を今すぐ振りほどきたくてたまらないだなんて矛盾している。
それなのに、またもや卓登は響の意思とは正反対な行動を起こそうとする。
背中の素肌に直接感じる卓登の手。背中だけが裸にされて響の全身が粟立ち恐怖心のあまり硬直する。
徐々に冷えていく響の華奢な背中。背骨に添って動く卓登の不埒な手。そのたびに響の骨がカチカチと鳴り、
(卓登……やめろ……。頼む、やめてくれ!)
と、悲鳴にならない呻き声をあげる。
今の響は怯えきった顔をしているのだということが、鏡を見て確認しなくても響には手に取るようにはっきりとわかっていた。
その元凶である愛する美形な恋人は平然とした顔をしており、ゆっくりとではあるが確実に少しずつ響の顔に自分自身の顔を接近させてくる。
その迫り来る無表情の中に隠された卓登の本音を聞いてしまうのが響はとても怖い。見えてしまうのが怖い。
卓登が動きの止まっている響の眼球を不敵に覗きこむと、卓登の全細胞が騒ぎだして性欲を活性化させる。
二回も大声をあげた響に対して、見られたくはない。人の目が気になる。なんていう保身的で消極的なことは言わせないと卓登が眼光だけで響を脅す。
この突如発生した事故は卓登からしてみたら好機でしかなくて、卓登はこの成人男性に見物客になってもらおうと企み、問答無用で公開プレイを開始させようとする。響との情交を一部始終見てもらい感想までも聞かせてもらおうとする。
こんな無理矢理で無茶苦茶な行為は響との絆を深めるどころか、響から嫌われる要素満載であり逆効果であるということは卓登も重々承知している。
それでも響によって心を深くえぐられてしまったら、その傷を癒やすことができるのも響だけなのだ。
けれども色欲魔と化した卓登はその先の営みをうながして、さらに先へと進もうとする。
心は反発しているにもかかわらず、まったく抵抗を示してこない今の響は卓登の操り人形だ。
人形と化した響は感じるなんてことはしないだろうから、どんなに響の性感帯を刺激しても気持ち良くなるなんてことにはならない。キスに応えようとすらしないであろう。
そんな放心状態の響を抱いても卓登は少しも喜べないし、そんな響を抱きたいとも思えない。
卓登だけ腰を動かしてもそれは非常に虚しいもので、後悔のみが残るだけだろう。
卓登は体をゆっくり起こして響から離れてはくれたが、背中のめくれたスクールシャツを戻すことはしなかった。
この後、卓登が響から怒鳴られることは決定している。おそらく怒鳴るだけではすまないだろう。
最悪の場合、卓登は響から平手打ちをされるかもしれない。それも優しく叩くような軽いものではなく、力任せに激しく連打される可能性がある。
恋人という関係に終止符を打ちたいと告げられさえしなければ、卓登は響から受ける罰ならばどんな過酷なことにも堪えられるのだ。