真夏日ほど暑くはないが、昼間はじんわりと汗ばむ程度の気温だったのに、夕方にもなると心地の良い涼しい風が襟首を優しく撫でながら髪をフワリと揺らしていく。
 卓登が入学したばかりの頃は満開だった桜の木も、今は濃い緑葉によって覆いつくされている。
 夕焼けが校舎全体を照らし、橙色に染められていく。
 校庭からは運動部員たちのかけ声が聞こえてきて、音楽室からは合唱部員たちが発声練習をしている声が聞こえてくる。
 校門前で、響は新緑の匂いに包まれながら卓登がやって来るのを待っていた。
 待ち合わせ時間は十五分ほど過ぎているが、卓登はまだ響の前に現れない。
 こんなふうに愛する人を待つ時間というのは案外楽しいものなのだなと響はしみじみと思った。
 徐々に夕闇と混ざり合うかのように広がっていく夕焼け空をぼんやりと眺めながら、卓登を何かに例えるとするならば、昼間よりも夕闇、夕闇よりも夜空というものを連想させる人だなと響は感慨深くなった。
 卓登は物静かで自分からペラペラとうるさくお喋りをするタイプではないが、真っ暗な夜空で光りかがやく星のように存在感がある。
 今日はこのまま、卓登と朝まで二人っきりなのだと思うと響は妙に落ち着かない。
 安定しない、表現しようのない今の空模様はそんな響の複雑な心境を物語っているかのようだ。
「オレ、かなり緊張してんな……」
 誰に聞かせるわけでもなく、響は独り言のようにポツリと呟いた。
 恋人同士になったのだから、情交を意識するのは自然な流れだ。
 それなりの恋愛経験と営みを経験している響ではあるが、それはあくまで〝抱く側〟であり〝抱かれる側〟になるのは初めてのことなのだ。
 比較的、大人びて見える卓登ではあるが、時折、可愛らしい一面を響の前で垣間見せるときが度々あった。
 かつて真弓と付き合っていた響がそうであったように、卓登も自分自身が響よりも年下であることを悔しく、そして恨めしく思い、このけっして埋められない二歳差という呪縛に囚われながら、四六時中、歯痒さと格闘している。
 おそらく卓登本人は無意識で気がついてはいないのだろうが、要領の良い卓登が響と一緒にいるときだけはわかりやすいほど不器用になるのだ。
 身長は卓登のほうが響よりも高いのに、響に追いつこうと必死に背伸びをしているのは卓登のほうだった。
 響はそれを重荷と思うどころか、卓登からの愛情を実感できるからこそ、響も卓登への愛しさが心の奥底から燃え広がるように沸々と込み上げてくるのだ。
 響は誰かに惚気話(のろけばなし)を聞いてもらいたいほどに舞い上がっていた。
「響先輩、お待たせしてしまいすみません」
 卓登が恐縮しながら駆け足で近づいてくると、響は照れくさそうに笑った。