意気消沈した響はあのまま帰宅せずに、自宅付近の公園のブランコに座りそれを静かに揺らしていた。
 いつもたくさんの子供たちで賑わっている見慣れた公園も今は静寂に包まれている。
 人間も動物も歩いてはおらず、物音といえばブランコをゆっくりと揺らすたびに鎖の繋ぎ目からかすかに聞こえる軋む音と、靴の下で土と砂利を踏み鳴らす音くらいだ。
 時折吹く疾風は響の(すさ)んだ心を容赦なく痛めつけてくる。
「アホみてー……」
 呟いた声は生気をなくして語尾までもを沈めていく。
 丁寧にラッピングされて行き場をなくした贈り物は、今は丁重に扱うどころか雑な扱いに変わってしまっていた。
 帰らないと──。
 いつまでもこんな所で時間を潰しているわけにはいかない。帰宅しないと家族が心配する。
 公園を囲む家々からの窓明かりをぼんやりと眺めながら響は頭の中で帰途につくことをめぐらすが、それを行動に移そうとはせずに腰は重く上がらない。
 無気力に眺めていた窓明かりが次第に一つ、二つと消えてゆき、それはまるでどこまでも広がる一寸先も見えない恐怖の闇に覆われているかのようにも感じられた。

「響、先輩……?」
 公園の入口に立つ人影。響はその人影にゆっくりと顔を向けるも返事をしない。
 瞳を凝らしてじっくりと見てみるも、暗がりが邪魔をしており誰だが判別するのが難しい。
 公園に設置されている街路灯だけでは明るさは鈍く乏しい。
(誰だ……?)
 響には声の主がわからなかった。
 どうして自分の名前を知っているのかもわからない。
 ただ、その声質はとても懐かしい雰囲気を醸し出していた。
「どうしたんですか? こんな所で。風邪ひきますよ」
 雲に隠れていた月が覗くと、その顔と共に毛先のまとまったストレートな黒髪が徐々に照らされてくる。
(綺麗な男だな……)
 と響は一瞬思ったが、それが見知った顔だとわかると瞳が大きく見開かれて生気を取り戻す。
「……卓登(たくと)……?」
 気づいてもらえた喜びに、止まっていた容姿端麗な男の足が動き出して響に詰め寄る。
 そして氷のように凍えた心を溶解し、温めてくれるほどの上質感漂うほほ笑みを響へと向けた。
 笑った顔は非常に端整で、一際美しさをまとっていた。
「お久しぶりです。響先輩」
 響に声をかけてきたのは、響の中学時代の後輩、岸辺(きしべ)卓登(たくと)
 響より二歳年下の卓登は現在中学三年生だ。
 響が中学卒業してから約二年ぶりの再会だった。
 卓登は自分自身の首に巻いてあるマフラーを外すと響の首に優しく巻いた。
 卓登からの寡黙な温かい優しさに、響は涙がこぼれ落ちそうになるのを必死に耐えた。
 あふれだしそうな雫を押し止めて飲み込み、弱音を隠した。
 一滴でも涙をこぼしてしまったら、瞬く間に涙腺は崩壊して大洪水のように涙が流れ続けるであろうと響の弱っている心臓が激しく警告していた。