卓登と響が一緒に食事をとるのは、これで二回めになる。
 あの卓登と邑夢の関係を疑い、嫉妬して自己嫌悪に陥ってしまった後、響は卓登と一緒に牛丼屋に立ち寄った。
 そして奢ると約束したとおり、食事代はすべて響が支払った。
『ご馳走さまでした。次は俺に奢らせてください』
 低姿勢な態度で響に謝意を示しながら喜ぶ卓登を見て、響も嬉しくなった。

 卓登の住むマンションは響が想像していたものとは違い、タワーマンションで響を圧倒させた。
「適当にくつろいでいてください」
 マンションに入るなり、響のことを客人として持て成そうとする卓登はさっそく夕食作りに取りかかる。響は急いで卓登の隣に立とうとした。
「オレも何か手伝うよ」
「今日は俺が全部一人でしますから大丈夫です」
 きっぱりと言われてしまい、卓登から遠回しに断られたような気がした響は悲しくなった。曖昧に頷くことしかできなくて、仕方なく卓登の傍から離れる。
「響先輩には、また別の機会にお願いします」
 そんな響の胸中を読み取ったのかどうかは定かではないが、卓登が穏やかな口調で付け加えた。
 ここでようやく響も笑顔になる。
 やはりいつも家で一人でいる時間が長いだけあって、卓登は手料理をするのに慣れているかんじだ。
 卓登が手際良く夕食の準備を進めている間、響は広々としたリビングのソファーに座り、豪と祭鶴の様子をぼんやりと眺めていた。
 豪と祭鶴はゲームで対戦しながら白熱している。
 こうして、よく卓登の住むマンションに遊びに来ているのだろう。勝手に冷蔵庫を開けてジュースを飲んだり、色々と好き勝手に部屋の中を動きまわっている。
「卓登とどういう関係なんですか?」
 突然、豪から話しかけられて響はあわてた。
 まさか自分に興味を示してくるなんて思いもしていなかったからだ。
「おれさあ、こうやってしょっちゅう卓登の家に上がり込んで飯を食わしてもらったりしているんだけどさ、卓登が他人を家に入れているところを見たの初めてだよ」
 特に響からの返答を聞き出したいわけではなかったのか、豪は再びゲームに夢中になる。
 どうやら豪は響に興味を示したわけではなく、ただの気まぐれで響に問いかけただけのようだ。
「卓登くんの友達ですか?」
 響が何も言わないでいると、なぜか豪ではなく祭鶴が響にたずねてきた。
 無表情の祭鶴から本音を探るのは難しい。
「中学のときの先輩と後輩だよ」
「響さんが卓登くんの先輩ってことですか?」
「そうだよ」
「それだけ? 友達ではないの?」
 響は声を詰まらせた。
 チラリと卓登のほうに視線を向ける。
 この祭鶴との会話を卓登には聞こえているのだろうか。
 今、卓登に友達という単語は残酷でしかない。
 それでも、今の響にはこう答えることしかできない。
「先輩後輩でもあり、友達でもあるかな」
 絞り出すように言った直後、響はもう一度、卓登のほうに視線を向けた。
 卓登は響には目もくれずに夕食の準備だけに勤しんでいて、それだけに意識を集中させているように見えた。
 だがしかし、卓登の耳にはしっかりと響の受け答えが届いており、卓登はどう頑張っても自分と響は『友達止まり』の関係にしかなれないのかと、それ以上の関係は望めないのかと、心の内では悔しさを激しく滲ませていた。
 卓登は唇を噛み締めて悲痛に顔を歪ませていたが、そんな醜い感情の表れを響には悟られぬようにと必死に取りつくろった。

「響先輩、できましたよ。豪と祭鶴も一旦ゲームをやめてこっちにおいで」
「はあーい」と素直に返事をするあたり、豪と祭鶴は卓登によく懐いているのだ。
 響も豪と祭鶴の後に続いてキッチンテーブルの椅子に座る。
 卓登は豪と祭鶴、二人の要望を叶えるべく、カレーライスとパスタの両方を作った。
 これにより豪と祭鶴が仏頂面で喧嘩をすることはなく、食卓はいたって円満だ。
 豪と祭鶴、そして卓登がそれぞれ晩飯を口内へと運び胃袋を満たしていくなか、響の食べる速度だけが遅い。
 そこで卓登に、
「もしかして、響先輩の口に合わなかったですか?」
 と心配されてしまい、響はバイト仲間である敦騎とラーメンを食べてきたことを卓登に話し、己を責めると同時に反省したのだ。