各々、皿の上に乗っている半分以上残されたお肉がそのまま放置され、焼き網はすっかり冷めてしまっている。
胃袋を充分満たしても熱気であふれた満場は談笑で盛り上がり、誰一人として帰る気配がない。
そろそろ帰宅したいなと思っていた響は立ち上がるタイミングをすっかり逃してしまった。
「なんかさ、帰るに帰れない雰囲気じゃね?」
響の隣に座っていた浜野敦騎が、ほかのみんなには聞こえないように響だけに軽く耳打ちをした。
響は曖昧に笑って頷くと、自分自身も敦騎に同意であることを態度で示した。
敦騎は響と同じ喫茶店でアルバイトをしている仲間の一人だ。
敦騎は二十歳の大学生で響よりも年上だが、響は敬語ではなく友達のようにくだけた口調で敦騎と話す。
敦騎は響がバイト仲間の中で最も親しくしている人物だ。
高身長で眉目秀麗、おまけに社交的な性格の敦騎は営業スマイルが抜群に上手く、まさに接客業に適していると言っても過言ではない。
実際に敦騎目当てに足を運ぶ女性客もたくさんいる。
響から見ても敦騎の仕事振りは見習うべき点が多々あり、よく機転もきくと褒めていた。
「なあ、適当に理由をつけてさ、ちょっと今から抜け出しちゃうか」
敦騎から促されて、響も良い提案だとばかりに即座に賛同する。
最後にお会計をするバイトリーダーに自分が支払う代金を手渡す。そしてほかのバイト仲間にも当たり障りのない挨拶をしてから敦騎と響は焼肉屋から退出した。
「はあぁ~。やっと解放されたあー! ああいう食事会は嫌いじゃないけど、さすがに長時間はきっついよなあー!」
焼肉屋から出た途端、敦騎は急にお喋りになった。
ミルキーベージュとセピア色がグラデーションしたように染められた敦騎の明るい頭髪は夜でも華やかに目立つ。
「なあ、響。今から一緒にラーメンでも食いに行かねーか?」
「良いね! 行こう! 行こう!」
敦騎から親しみを込めて肩に腕をまわされると、響は満面の笑顔で賛同した。
たとえばトイレに行くと言って、指を喉奥にまで強引に突っ込んで、便器の中に嘔吐でもして胃袋を空っぽにでもしていれば、目の前に置かれた絶対に残したくはない、完食したいと心の底から強く思う美味しい料理を無駄にせずにすんだのかもしれない。
いやしかし、人様の家のトイレに嘔吐物を撒き散らすのはいかがなものだろうか。
「食べてきたのなら食べてきたと、はっきりとそう言ってくれて構わなかったのに」
卓登は響の食べ残したお皿を片づけていく。
「悪い……」
それを見た響は肩を落として、申し訳なさそうに力なく呟いた。
「良いんです。俺はこうして響先輩が俺の家まで来てくれただけでもすごく嬉しいので」
卓登は仏頂面になるどころか幸せいっぱいな顔で響に笑いかける。
卓登を不機嫌にさせてしまい気まずい雰囲気になるのかなという響の不安は卓登のふんわりとしたほほ笑みが打ち消してくれた。
敦騎とラーメンを食べた後、響はそのまままっすぐ帰宅せずに卓登と再会したあの公園のブランコに座り、それをゆっくりと揺らしていた。
夜の公園は昼間とは違い静寂に包まれていて、暗闇に溶け込み、どこか物悲しく不気味で誰一人寄せつけない雰囲気を醸し出している。
空気は沈んでいるが、春の暖かい夜風が響の襟首をなめらかに撫でていく。
こうして一人寂しくブランコに座っていれば、またあの日と同じように卓登と会えるかもしれないと思っていた矢先、本当にそれが実現したものだから響の心の中は戸惑いと歓喜で渦巻いていた。
「ええぇ! なんだよパスタって!? そんなの食った気がしねーよ! カレーにしようぜ!」
突然、不満を連発する少年の声が響の耳に飛び込んできた。
少年の声が聞こえてきた方向に響が視線を向けると、そこには響の知らない二人の少年が卓登と一緒に公園の前を歩いていた。
響は急いでブランコから立ち上がると、無意識のうちに無我夢中になって卓登へと歩み寄っていた。
卓登も響の存在に気がつくと、嬉しそうに頬をゆるめて響のほうへと近づいてくる。
「響先輩、偶然ですね」
偶然?
そうだ。これはたしかに偶然だ。
だけど響はもしかしたら卓登に会えるかもしれないという密かな期待を心の中に潜ませていた。
「二人とも俺の従兄弟で、今日は家に泊まっていくんです」
卓登の従兄弟だと紹介された、谷倉豪と杉崎祭鶴は響を見ると礼儀正しくペコリと頭を下げた。
豪は小学五年生で、祭鶴は小学四年生だ。
気さくな人柄の豪はいかにも運動に励む爽やかなスポーツマンといった風貌で、祭鶴は女から言い寄られそうな目鼻立ちの整った顔をしているが、少しばかり気難しい印象を受ける。
夕飯はカレーライスが食べたい豪に対して祭鶴はパスタが食べたいと言い張っているらしく、どうやらつい先程の豪の不満の叫び声はそのことで揉めていたらしい。
「響先輩、今、お腹空いてますか? 俺たち、これから家に帰ってご飯を食べるんですけど、もしよかったら響先輩も一緒にどうですか?」
今、響はお腹いっぱいでこれ以上は何も胃袋に入りそうにはない。
けれども響は卓登からの誘いに乗り、卓登の住むマンションにお邪魔させてもらうことにした。
響は今まで一度も踏み入れたことのない卓登の部屋に興味津々だった。
胃袋を充分満たしても熱気であふれた満場は談笑で盛り上がり、誰一人として帰る気配がない。
そろそろ帰宅したいなと思っていた響は立ち上がるタイミングをすっかり逃してしまった。
「なんかさ、帰るに帰れない雰囲気じゃね?」
響の隣に座っていた浜野敦騎が、ほかのみんなには聞こえないように響だけに軽く耳打ちをした。
響は曖昧に笑って頷くと、自分自身も敦騎に同意であることを態度で示した。
敦騎は響と同じ喫茶店でアルバイトをしている仲間の一人だ。
敦騎は二十歳の大学生で響よりも年上だが、響は敬語ではなく友達のようにくだけた口調で敦騎と話す。
敦騎は響がバイト仲間の中で最も親しくしている人物だ。
高身長で眉目秀麗、おまけに社交的な性格の敦騎は営業スマイルが抜群に上手く、まさに接客業に適していると言っても過言ではない。
実際に敦騎目当てに足を運ぶ女性客もたくさんいる。
響から見ても敦騎の仕事振りは見習うべき点が多々あり、よく機転もきくと褒めていた。
「なあ、適当に理由をつけてさ、ちょっと今から抜け出しちゃうか」
敦騎から促されて、響も良い提案だとばかりに即座に賛同する。
最後にお会計をするバイトリーダーに自分が支払う代金を手渡す。そしてほかのバイト仲間にも当たり障りのない挨拶をしてから敦騎と響は焼肉屋から退出した。
「はあぁ~。やっと解放されたあー! ああいう食事会は嫌いじゃないけど、さすがに長時間はきっついよなあー!」
焼肉屋から出た途端、敦騎は急にお喋りになった。
ミルキーベージュとセピア色がグラデーションしたように染められた敦騎の明るい頭髪は夜でも華やかに目立つ。
「なあ、響。今から一緒にラーメンでも食いに行かねーか?」
「良いね! 行こう! 行こう!」
敦騎から親しみを込めて肩に腕をまわされると、響は満面の笑顔で賛同した。
たとえばトイレに行くと言って、指を喉奥にまで強引に突っ込んで、便器の中に嘔吐でもして胃袋を空っぽにでもしていれば、目の前に置かれた絶対に残したくはない、完食したいと心の底から強く思う美味しい料理を無駄にせずにすんだのかもしれない。
いやしかし、人様の家のトイレに嘔吐物を撒き散らすのはいかがなものだろうか。
「食べてきたのなら食べてきたと、はっきりとそう言ってくれて構わなかったのに」
卓登は響の食べ残したお皿を片づけていく。
「悪い……」
それを見た響は肩を落として、申し訳なさそうに力なく呟いた。
「良いんです。俺はこうして響先輩が俺の家まで来てくれただけでもすごく嬉しいので」
卓登は仏頂面になるどころか幸せいっぱいな顔で響に笑いかける。
卓登を不機嫌にさせてしまい気まずい雰囲気になるのかなという響の不安は卓登のふんわりとしたほほ笑みが打ち消してくれた。
敦騎とラーメンを食べた後、響はそのまままっすぐ帰宅せずに卓登と再会したあの公園のブランコに座り、それをゆっくりと揺らしていた。
夜の公園は昼間とは違い静寂に包まれていて、暗闇に溶け込み、どこか物悲しく不気味で誰一人寄せつけない雰囲気を醸し出している。
空気は沈んでいるが、春の暖かい夜風が響の襟首をなめらかに撫でていく。
こうして一人寂しくブランコに座っていれば、またあの日と同じように卓登と会えるかもしれないと思っていた矢先、本当にそれが実現したものだから響の心の中は戸惑いと歓喜で渦巻いていた。
「ええぇ! なんだよパスタって!? そんなの食った気がしねーよ! カレーにしようぜ!」
突然、不満を連発する少年の声が響の耳に飛び込んできた。
少年の声が聞こえてきた方向に響が視線を向けると、そこには響の知らない二人の少年が卓登と一緒に公園の前を歩いていた。
響は急いでブランコから立ち上がると、無意識のうちに無我夢中になって卓登へと歩み寄っていた。
卓登も響の存在に気がつくと、嬉しそうに頬をゆるめて響のほうへと近づいてくる。
「響先輩、偶然ですね」
偶然?
そうだ。これはたしかに偶然だ。
だけど響はもしかしたら卓登に会えるかもしれないという密かな期待を心の中に潜ませていた。
「二人とも俺の従兄弟で、今日は家に泊まっていくんです」
卓登の従兄弟だと紹介された、谷倉豪と杉崎祭鶴は響を見ると礼儀正しくペコリと頭を下げた。
豪は小学五年生で、祭鶴は小学四年生だ。
気さくな人柄の豪はいかにも運動に励む爽やかなスポーツマンといった風貌で、祭鶴は女から言い寄られそうな目鼻立ちの整った顔をしているが、少しばかり気難しい印象を受ける。
夕飯はカレーライスが食べたい豪に対して祭鶴はパスタが食べたいと言い張っているらしく、どうやらつい先程の豪の不満の叫び声はそのことで揉めていたらしい。
「響先輩、今、お腹空いてますか? 俺たち、これから家に帰ってご飯を食べるんですけど、もしよかったら響先輩も一緒にどうですか?」
今、響はお腹いっぱいでこれ以上は何も胃袋に入りそうにはない。
けれども響は卓登からの誘いに乗り、卓登の住むマンションにお邪魔させてもらうことにした。
響は今まで一度も踏み入れたことのない卓登の部屋に興味津々だった。