卓登は響とのために放課後を空けておいたのだが、響の友人たちに先を越されてしまったために暇を持て余す。
 空いた時間を有効的に使うために、卓登はこの後、バイト探しをすることにした。
 響に食事を奢ってもらうつもりでいる卓登ではあるが、そこで感謝するだけで終わるのは卓登のプライドが許さない。
 年下という年齢のせいにして金銭面で甘えたくはない。
 卓登は高校に入学したらアルバイトをすると決めていた。
 少しずつでも地道にお金を貯めてゆき、親のお金ではなく、卓登は自分自身で働いたお金で響に美味しいものをご馳走したいと思っているのだ。

 校舎から正門へと向かう途中、卓登が体育館の前を通ると、
「あぁーん、もうっ! また失敗しちゃったあ! これさえ終われば完成なのにい~」
 可愛げのある、それでいて不貞腐れた声が卓登の耳に飛び込んできた。それもけっこうな大声だ。
 声は聞こえてくるが、声の主である姿が見えない。
 卓登はひとまず立ち止まったが、特に気にも止めずに再び正門へと歩きだす。
 そうしたらスポーツ用具などが収容されている体育館倉庫から、
「誰かあぁー! 誰か助けてえぇー!」
 何かが激しく崩れる物音と同時に救助を求める悲鳴が轟く。
 さすがにこれには無視できないでいた卓登は体育館倉庫の扉を開けると、その埃臭い中の様子を見た。
 そこには一人の女子が突如上から雪崩落ちてきた巨大マットレスの下敷きになり、必死になって身悶えていた。
 卓登が重いマットレスを持ち上げる。
 救出された女子はまるでお伽噺に登場する美しい王女様のようだ。
「ふぅ……。死ぬかと思ったあ……。助けてくれてありがとう」
 感謝の気持ちを示し、卓登に深々と頭を下げる姿勢は立派だが、卓登が一番驚愕したのは全身埃まみれになっているお姫様ではなくて、お姫様みたいな格好だ。
 ここはグラビアアイドルの撮影場所ではない。
 学校という表向きは形式張った窮屈な場所で水着姿。いや違う。下着姿でいるお姫様。
 これではまるで自ら襲ってほしいと言わんばかりの露出だ。
 ほどよい大きさのバストにくびれのある細いウエスト、加えて形の良いヒップ。
 スタイル抜群なお姫様の体に卓登は微塵たりとも興味はないが、あまりの滑稽さに凝視してしまう。
 ラベンダー色に染められた髪を縦ロールに巻き、それをピンクの大きな花柄リボンでツインテールに結っている。
 唇にはラズベリー色の口紅が塗ってあり、お姫様が手に持っているのは手作りらしきコサージュだ。
 お姫様の隣にはお裁縫道具と一緒に大きなウサギとテディベアのぬいぐるみが置かれている。
 開いた口が塞がらずにいる卓登がお姫様から一歩後ずさる。
 卓登に下着姿を見られているにもかかわらず、お姫様に恥ずかしがる様子は少しもない。
 いやこの場合、お姫様のほうから卓登に下着姿をお披露目していると言っても過言ではない。
 お姫様が大きなトートバッグから取り出した衣服を着せ替え人形のようにして自分自身を見立てながら、卓登の前で一回転する。
 身長は百五十六センチ前後といったところだろうか。
「可愛いでしょう? このあと、これに着替えて出かけるの」
 これから、どこかの仮装パーティーにでも出席するつもりなのだろうか。
 お姫様が大きなトートバッグから取り出したのは、フリルがたくさん装飾された瞳に悪影響を及ぼしそうな桃色のワンピースに白いレース付きのエプロンだ。
 お姫様はなにやら得意気の様子だが、卓登から見たらそのファッションセンスは頭痛や目眩を発症するほどの悪趣味だ。
 ゴスロリ衣装と呼ばれる衣服を卓登に自慢気に見せびらかす可憐なお姫様は、先日の入学式にも出席せず、本日、教室にも現れなかった卓登のクラスメイト、芹澤(せりざわ)邑夢(ゆむ)だった。