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 ――翌日の夕方、TV局の女性記者が時間を作って篠沢商事の会長室を訪ねて来て下さった。

「この度は取材を申し込んで下さってありがとうございます。会長の篠沢絢乃です」

「会長秘書の桐島と申します」

 自己紹介と名刺の交換を終えると(絢乃会長の名刺は、この日やっと刷り上がったものが届いたのだ)、僕はさっそく本題に入った。

「実はですね、今日ここへおいで頂きましたのは、会長から取材を受けるにあたり質問させて頂きたいことがあるからなんです」

「質問ですか?」

「ええ。桐島から取材の概要は伺いました。今回はわたしへのインタビューだけじゃなく、社内の様子も撮影したいということでしたが、当然そのカメラに一般社員の顔も映り込むこともありますよね? それで、社員たちのプライバシーにはどの程度まで配慮して頂けるんでしょうか?」

 絢乃さんの質問を隣で聞きながら、僕は考えていた。この取材、お断りした方がいいのかもしれないな、と。
 これはあくまでも僕の偏見でしかないのかもしれないが、TVの関係者は「カメラに映ってなんぼ」という考え方をする人が多い。それは芸能人でも一般人でも同じことだ。「TVに映れたならラッキー、それでいいじゃないか」ということである。
 もちろん、業界人のみんながみんなそんな考え方をしているわけではないだろう。この女性記者は報道部の人だから、そんなバラエティー番組のノリで取材をしたりはしないだろうが、局の上層部にはそういう考え方の人もいるかもしれない。それでウチの大事な社員たち――僕にしてみれば大事な同僚や先輩たちだ――のプライバシーを(ないがし)ろにされてはたまったもんじゃないと思った。

「もしそうなった場合は、映り込んでしまった社員さんのお顔にぼかしを入れるなどの加工をさせて頂きますので。あくまでも取材対象は会長お一人ですから。――桐島さんのお顔にぼかしは必要ですか?」

「いえ、この人の顔は映っちゃって大丈夫です。ね、桐島さん?」

 ……にゃろう、と僕は思ってしまった。会長相手だから口に出しては言えないが、せめて僕の意思を確かめたうえで返事してほしかったな……。

「……はぁ、まあ。会長と僕は二人1セットみたいなものなんで」

 ボスが先に返事してしまったら、僕はこう答えるしかないじゃないか。


 ――というようなやり取りがあり、絢乃会長はすっかり取材をお受けする気になっておられたのだが。

「…………会長、僕はこのTVの取材、お断りした方がいいんじゃないかと思うんですが」