マグカップもまた、絢乃さんの好きそうな色のものをわざわざ選んで買ってきた。こちらはそんなに高価ではなく、インテリアから雑貨まで揃ってしまう「お値段以上」の某チェーン店のものだが。ついでに僕の分として、色違いのブルーのマグカップまで買ってしまったのだが、これくらいの無駄遣いは許されるだろう。どうせ自腹だし。

 カップではなくガラスポットにセットしていたドリッパーのペーパーフィルターに豆を計って載せ、沸騰後に少し冷ましておいたケトルのお湯を静かに少しずつ注いでいく。最初は少し多めのお湯で豆を全体的に蒸らして薫りを引き出し、あとは少量ずつじっくりと。――昔バリスタになりたくて勉強していた美味しいコーヒーの淹れ方が、こんなところで役に立つとは。でも、どんな経験も決してムダにはならない。必ず何かの役には立つのだと僕は気づいた。
 じっくり丁寧に淹れると、それなりに時間はかかるものだ。カップ一杯分をドリップするだけで約五分、その前にお湯を沸かしていた時間も含めると十分近くが経っていた。あとは絢乃さんのお好みどおりに多めの砂糖と牛乳を注ぎ入れたら完成だ。

「――お待たせしました。……会長、どうかされました?」

 できあがったカフェオレのカップをトレーに載せて会長室へ戻ると、絢乃会長はPCの画面に釘付けで僕がお声がけしてもしばらく返事がなかった。

「あっ、桐島さん、おかえりなさい。ちょっとこれ見てみて!」

 ようやく僕に気づかれたらしい彼女は、興奮気味にお顔を高揚させて僕をデスクの側まで手招きされた。どうやらさっそくPCにログインして、動画配信サイトをご覧になっていたようだが……。
 ちなみに〈Ayano0403〉というPCのパスワードは源一会長が設定されたもので、絢乃会長もそれをそのまま引き継いで使用されている。お仕事用のPCのパスワードとしてお嬢さんのお誕生日を設定されたあたり、彼は絢乃さんのことを心から大事にされていた証ではないだろうか。

「おお! これは……」

 ディスプレイを覗き込んだ僕も、そこに表示されていたコメントに感動の声を上げた。
 会長がご覧になっていたのは記者会見の様子が配信された動画への、視聴者からのコメント欄。そこで、最も「いいね」がつけられたコメントがこれだった。


『放課後トップレディ、誕生! 彼女のこれからに期待!!』