「ところで、どうして広報の人間じゃなくて総務の僕が司会をやってたんだ、って思ったでしょう? 桐島、お前もそう思ったよな?」

 久保がそこで、僕と彼女もいちばん疑問に思っていたポイントを話題にした。
 僕の認識でも広報活動の一環である記者会見の司会進行は広報部の人間がやるものだと思っていたし、その点は絢乃会長も同様だった。そこへきて、どうして総務課所属のこの男がわざわざしゃしゃり出てくるんだと、僕にはそこが引っかかっていたのだが。

「俺は、()()()()が広報から手柄を横取りしたんじゃないかって思ったけど……。違うのか、久保?」

 彼も絢乃会長には言いづらい理由でも、僕になら同期のよしみではなしやすかろうと思い、その可能性をぶつけてみた。……そういえば、絢乃さんの前で初めて「俺」って言ったかもしれない。
 すると、返ってきた答えはこうだった。当初司会を務める予定だった広報部にいる僕たちの同期が急に体調を崩してしまい、久保は本人から個人的にピンチヒッターを頼まれたのだと。久保は元々イベントごとなどで司会をやることに慣れているので打ってつけだと思われたのだろう。……つまり、島谷氏は何の関係もなかったわけである。

 僕と久保は絢乃さんそっちのけで、つい同期のノリで盛り上がってしまったが、彼女は「あなたは司会に向いている」と久保のことを褒めちぎっておられた。本当に、この男が総務にいるなんてもったいないと僕も思う。
 彼は別れ際に会長の前で僕のことを絶賛し、「桐島のことをよろしくお願いします」と頭を下げていた。僕にとっては付き合いの長い同期からの、このうえない(はなむけ)の言葉だった。

 久保と別れてから、絢乃さんは会長として部署ごとに仕事が割り振られる会社のシステムを見直さなければ、とおっしゃった。社員一人一人が部署の括りに(とら)われることなく、やりたい仕事ができるようにしたい、と。

「桐島さんだって、入社前にはこの会社でやってみたいと思った仕事があったでしょ? 総務課に配属されたのは貴方の意志じゃないはずだよね」

 そう訊ねられた時、僕は初めて入社当時のことを彼女に打ち明けた。本当はコーヒーに関わる部署で働きたかったのだと。
 そこで「今はもう未練はないの?」と訊かれたが、「秘書としてなら望んでいた形ではないけれどコーヒーに関わる仕事もできるので、それはそれで満足です」と僕は答えた。
 今は大好きな絢乃さんのために働きたい、というのが僕の噓いつわりない本心である。