絢乃さんは顔を綻ばせながら「それは楽しみ」とおっしゃったが、その前に少しの間があった。もしかしたら、これが僕の夢だったのだとお気づきになったかもしれない。
そうこうしているうちに、窓の外にJR東京駅の赤レンガ造りの駅舎が見えてきた。篠沢商事の本社ビルまではあと数分、というところだった。
* * * *
――入構ゲートをくぐった後、記者会見の行われる二階大ホールへ向かうエレベーターの中で、僕は絢乃さんにさりげなく司会進行役が久保であることを伝えた。
「……ああ、何となく憶えてるかも。ちょっと軽い感じの人だよね、確か」
彼女もお父さまの社葬の時、彼が司会を務めていたことを憶えておられたようで、その時のヤツに対する彼女の評価がコレだった。……久保、お前、絢乃さんからもチャラチャラしてるって思われてるぞ。
「……う~ん、確かにアイツはちょっとチャラチャラしてますよね。特に妙齢の女性に対しての態度が」
僕もその辛辣なコメントに賛同した。入社した時からの長い付き合いなので、ヤツの女性遍歴はよく知っていた。今の彼女と付き合うまでにも色々あったのだ。そんな男なので、絢乃さんにも色目を使ったりしやしないかと、僕は不安で仕方がなかった。
「――っていうか、司会って広報の人がやるんじゃないんだね」
「確かに、そこは僕も不思議なんですよね。もしかしたら元々は広報の仕事だったのに、総務課長が手柄を横取りしたのかもしれません。あの人ならやりかねない」
絢乃会長も僕と同じ疑問を口にされた。
久保は結局そのあたりの経緯を話してくれなかったので、僕は一番あり得るだろう可能性を持ち出して苦々しく吐き捨てた。
彼女に島谷課長の話をしたことは一度もなかったが、僕のこの毒舌から彼が一体どういう人物なのかを彼女も想像できたのではないだろうか。
ただ、あくまでもこれは可能性の問題であって、後から違うと分かったのだが。「目立ちたがりの久保が自分から名乗りを上げたかもしれない」と僕が言うと、絢乃さんは「なるほど」と曖昧に頷かれただけだった。
そこで僕が彼女について分かったことは、彼女が親族を除く誰かのことを、決して悪く言わない人だということだった。
彼女は相手を貶したり、傷付けるようなことを決して言わないのだ。それは彼女の生まれ持った性格なのか、ご両親の教育の賜物なのか、どちらなんだろうか。もしかしたら両方かもしれない。
そうこうしているうちに、窓の外にJR東京駅の赤レンガ造りの駅舎が見えてきた。篠沢商事の本社ビルまではあと数分、というところだった。
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――入構ゲートをくぐった後、記者会見の行われる二階大ホールへ向かうエレベーターの中で、僕は絢乃さんにさりげなく司会進行役が久保であることを伝えた。
「……ああ、何となく憶えてるかも。ちょっと軽い感じの人だよね、確か」
彼女もお父さまの社葬の時、彼が司会を務めていたことを憶えておられたようで、その時のヤツに対する彼女の評価がコレだった。……久保、お前、絢乃さんからもチャラチャラしてるって思われてるぞ。
「……う~ん、確かにアイツはちょっとチャラチャラしてますよね。特に妙齢の女性に対しての態度が」
僕もその辛辣なコメントに賛同した。入社した時からの長い付き合いなので、ヤツの女性遍歴はよく知っていた。今の彼女と付き合うまでにも色々あったのだ。そんな男なので、絢乃さんにも色目を使ったりしやしないかと、僕は不安で仕方がなかった。
「――っていうか、司会って広報の人がやるんじゃないんだね」
「確かに、そこは僕も不思議なんですよね。もしかしたら元々は広報の仕事だったのに、総務課長が手柄を横取りしたのかもしれません。あの人ならやりかねない」
絢乃会長も僕と同じ疑問を口にされた。
久保は結局そのあたりの経緯を話してくれなかったので、僕は一番あり得るだろう可能性を持ち出して苦々しく吐き捨てた。
彼女に島谷課長の話をしたことは一度もなかったが、僕のこの毒舌から彼が一体どういう人物なのかを彼女も想像できたのではないだろうか。
ただ、あくまでもこれは可能性の問題であって、後から違うと分かったのだが。「目立ちたがりの久保が自分から名乗りを上げたかもしれない」と僕が言うと、絢乃さんは「なるほど」と曖昧に頷かれただけだった。
そこで僕が彼女について分かったことは、彼女が親族を除く誰かのことを、決して悪く言わない人だということだった。
彼女は相手を貶したり、傷付けるようなことを決して言わないのだ。それは彼女の生まれ持った性格なのか、ご両親の教育の賜物なのか、どちらなんだろうか。もしかしたら両方かもしれない。