加奈子さんも「母親として鼻が高い」と悪ノリして盛り上がっていらっしゃったが、絢乃さんはそのことに苦言を呈しておられた。「グループの評判が上がるのはいいけど、わたし個人まで有名になっちゃうのはちょっと……」と。
 そして、それは僕も同感だった。彼女が大企業のトップとして表舞台に立つことは僕も秘書として大賛成だったが、有名人になってしまうことで彼女が妬みの対象となることは避けたかったのだ。
 ボスである絢乃さんのスケジュール管理は、僕の仕事になる。万が一(さば)ききれない数の取材を受けてしまうとその(シワ)寄せは僕に来てしまう、つまりは自分で自分の首を絞めてしまうということを意味していた。
 だから、彼女から「受ける取材の数は最低限に絞ってほしい」と懇願された時、僕はこう答えたのだ。

「分かってますよ。あなたが忙しくなりすぎたら、秘書である僕自身の首も絞めることになってしまいますからね。そこはこちらでどうにか調整します」

「よかった! ありがとう!」

 絢乃さんは満面の笑みで僕にお礼の言葉をおっしゃった。……そう、僕は彼女がこうしていつも笑顔でいられるようにしたいと思っていたのだ。お仕事中でもそれは変わらない。小川先輩の請け売りだが、それこそが僕の会長秘書としての〝愛〟なのだから。

「僕は秘書として、あなたに気持ちよくお仕事をして頂けるよう、これから色々な工夫をしていこうと考えてます。――絢乃さん、コーヒーお好きですよね?」

 これも先輩から仕入れた情報だったが、僕は絢乃会長にこんな質問をしてみた。
 彼女がそれに対して「どうして知ってるの?」と首を傾げられたので、僕は小川先輩から聞かされたという本当の理由を伏せて、お父さまの火葬中に缶入りのカフェオレをお飲みになっていたからだと答えた。

「僕も大のコーヒー好きなので、同じコーヒー好きの人は何となく分かるんです。実は昔、バリスタになりたいと思っていたこともあったので、()れる方にも凝っていて……。それで、絢乃会長がご休憩される時に、僕が淹れた美味しいコーヒーをぜひ飲んで頂こうと考えているんです。ご期待に沿えるかどうかは分かりませんが」

 彼女に喜んで頂きたいと思うあまり、僕は秘書としての決意を語りながら、つい自分がかつて抱いていた夢までもポロっと話してしまった。初対面の夜にはからかわれてしまうのがイヤで話すことを拒んでいたのに、弾みとはいえ言えるようになったのはきっと、彼女のことを信頼できるようになったからだと思う。