ふとルームミラーに視線を移すと、絢乃さんは視線を落としてスカートの裾のラインを見つめておられた。車内ではコートを脱がれていたので、僕にも彼女の制服姿の全身がはっきりと見え、彼女がどんな想いでこの日、この服装を選ばれたのか僕にも理解できた。
彼女は意志の強い女性だが、やっぱり少なからず迷いや心配はあったのだろう。それは少し憂いを帯びた彼女の表情から窺い知ることができた。
「――ところで絢乃会長。そのお召し物は……、通われている学校の制服……ですよね」
僕がそのことを指摘すると、彼女は「ん? そうだよ」と顔を上げられた。きっと、僕からご自分の服装がどのように見えているのか気にされていたのだろう。もしかしたら、批判的な目で見られているのではないか、と。
でも、僕には彼女の覚悟が手に取るように分かったし、お亡くなりになった彼女のお父さまと約束したのだ。僕はいつでも絢乃さんの味方でいると。
「……それが、あなたの並々ならぬ覚悟の表れということですね。どんな批判も甘んじて受け止める、と」
もちろん、そうなった時は彼女一人に非難を浴びせるつもりはなく、秘書である僕も一緒にと思っていた。それくらいしか、彼女をお守りする術を知らなかったのだ。
彼女は僕に「理解してもらえて嬉しい」とおっしゃった。やっぱり、秘書である僕に反対されたらどうしようかと気を揉まれていたらしいので、ご自身の信念を受け入れられたことを喜ばれたのだと。
「まぁ、いくら反対したところで無駄なんだけどね。この子、あの人に似て頑固だから」
加奈子さんのこの辛辣なコメントに絢乃さんは困惑し、僕も「何もそこまでおっしゃらなくても」と思ったが、絢乃さんからの反論がないところを見るにこれは図星だったのだろうか。
僕も正直心配ではあるが、秘書の立場でボスがお決めになったことに異議は唱えられない。だからできる限り応援はしたいと自分の気持ちをお伝えすると、絢乃さんは花が咲いたような明るい表情で「ありがとう!」と言って下さった。
「――では、そろそろ参りましょうね」
出発まで少し時間がかかってしまったが、僕は丸ノ内へ向けてクルマを発進させたのだった。
しばらく走らせたところで、僕は練習していた秘書らしい口調で、ちゃんとスピーチの原稿を用意しておいたので会見前に確認してほしい、と絢乃会長に言った。
僕としては、ただ自分の仕事をキッチリしておいただけだったのだが。彼女からは「最初からそんなにマメすぎると後からストレスで胃がおかしくならないか」とかえって心配されてしまった。総務にいた頃の僕がどんな思いをしていたかをよくご存じだったからだろう。彼女は本当に優しい方だと胸が熱くなった。
彼女は意志の強い女性だが、やっぱり少なからず迷いや心配はあったのだろう。それは少し憂いを帯びた彼女の表情から窺い知ることができた。
「――ところで絢乃会長。そのお召し物は……、通われている学校の制服……ですよね」
僕がそのことを指摘すると、彼女は「ん? そうだよ」と顔を上げられた。きっと、僕からご自分の服装がどのように見えているのか気にされていたのだろう。もしかしたら、批判的な目で見られているのではないか、と。
でも、僕には彼女の覚悟が手に取るように分かったし、お亡くなりになった彼女のお父さまと約束したのだ。僕はいつでも絢乃さんの味方でいると。
「……それが、あなたの並々ならぬ覚悟の表れということですね。どんな批判も甘んじて受け止める、と」
もちろん、そうなった時は彼女一人に非難を浴びせるつもりはなく、秘書である僕も一緒にと思っていた。それくらいしか、彼女をお守りする術を知らなかったのだ。
彼女は僕に「理解してもらえて嬉しい」とおっしゃった。やっぱり、秘書である僕に反対されたらどうしようかと気を揉まれていたらしいので、ご自身の信念を受け入れられたことを喜ばれたのだと。
「まぁ、いくら反対したところで無駄なんだけどね。この子、あの人に似て頑固だから」
加奈子さんのこの辛辣なコメントに絢乃さんは困惑し、僕も「何もそこまでおっしゃらなくても」と思ったが、絢乃さんからの反論がないところを見るにこれは図星だったのだろうか。
僕も正直心配ではあるが、秘書の立場でボスがお決めになったことに異議は唱えられない。だからできる限り応援はしたいと自分の気持ちをお伝えすると、絢乃さんは花が咲いたような明るい表情で「ありがとう!」と言って下さった。
「――では、そろそろ参りましょうね」
出発まで少し時間がかかってしまったが、僕は丸ノ内へ向けてクルマを発進させたのだった。
しばらく走らせたところで、僕は練習していた秘書らしい口調で、ちゃんとスピーチの原稿を用意しておいたので会見前に確認してほしい、と絢乃会長に言った。
僕としては、ただ自分の仕事をキッチリしておいただけだったのだが。彼女からは「最初からそんなにマメすぎると後からストレスで胃がおかしくならないか」とかえって心配されてしまった。総務にいた頃の僕がどんな思いをしていたかをよくご存じだったからだろう。彼女は本当に優しい方だと胸が熱くなった。