このシステムは、今は亡き源一前会長が始められたらしい。が、それ以前の歴代会長も社員たちのために色々な工夫をして下さったと聞く。たとえば、秘書室と会長室からそれぞれ伸びる給湯室への通路。これも、絢乃会長のお祖父さまが秘書の負担を軽減するために設計してもらったのだとか。
きっと絢乃会長も、この先僕たち社員が働きやすくなる工夫を色々として下さるに違いない。
「へぇ……、それは助かります。会長秘書って仕事量も多そうですけど、それに見合ったメリットもあるわけですね」
僕は彼女に心から感謝している。もちろん会長秘書だけの特権に関してもそうだが、僕にここまでやる気を漲らせて下さったことにも。
思えば僕が男女問わず、誰かのために一生懸命に何かをしようと思ったのは、絢乃さんに対してが初めてだった。本気で恋をしたらそう思えるようになるのだと、この時初めて分かったのだ。
クルマを買い換えたのも、スーツを新調したのも、すべては絢乃さんをお支えするためだったのだから。
「そう。たからこれから一緒に頑張ろうね!」
「はいっ! では、車内へどうぞ。ここでは寒いですから」
僕はお二人を、暖房を効かせたクルマの後部座席へ誘導した。
そして、実は内心、早く絢乃さんに助手席にも乗って頂きたいなぁと思っていた。
* * * *
僕はクルマをスタートさせる前に、絢乃さんたちにIDカードを手渡した。それはネックストラップ付きのパスケースに入れてあって、それぞれ絢乃さんと加奈子さんのカタカナ表記のお名前と十二ケタのナンバーが刻字してある。
僕たち社員が携帯している社員証とほぼ同じものだが、社員証に入っている顔写真がないところが大きな違いだろう。
絢乃さんの会長ご就任が決まってすぐ、我がグループ傘下の〈篠沢セキュリティ〉から発行されたもので、僕はその前日、スーツを買いに行った帰りにカードができたと連絡を受け、その足で受け取りに行ってきたのだった。
「紛失されると再発行の手続きが面倒なので、くれぐれも失くされないようにお願いします」
お二人に言ったこの言葉は、実は僕自身の本音でもあった。受け取りに行った時、セキュリティ会社の担当の人からイヤというほど念を押されてウンザリしたからだ。
「分かりました。失くさないように気をつけるね」
絢乃さんが苦笑いしながらもそうおっしゃってくれた時、僕はホッと胸を撫で下ろした。彼女が「うるさい!」と機嫌を損ねるようなボスでなくてよかったなと思った。
きっと絢乃会長も、この先僕たち社員が働きやすくなる工夫を色々として下さるに違いない。
「へぇ……、それは助かります。会長秘書って仕事量も多そうですけど、それに見合ったメリットもあるわけですね」
僕は彼女に心から感謝している。もちろん会長秘書だけの特権に関してもそうだが、僕にここまでやる気を漲らせて下さったことにも。
思えば僕が男女問わず、誰かのために一生懸命に何かをしようと思ったのは、絢乃さんに対してが初めてだった。本気で恋をしたらそう思えるようになるのだと、この時初めて分かったのだ。
クルマを買い換えたのも、スーツを新調したのも、すべては絢乃さんをお支えするためだったのだから。
「そう。たからこれから一緒に頑張ろうね!」
「はいっ! では、車内へどうぞ。ここでは寒いですから」
僕はお二人を、暖房を効かせたクルマの後部座席へ誘導した。
そして、実は内心、早く絢乃さんに助手席にも乗って頂きたいなぁと思っていた。
* * * *
僕はクルマをスタートさせる前に、絢乃さんたちにIDカードを手渡した。それはネックストラップ付きのパスケースに入れてあって、それぞれ絢乃さんと加奈子さんのカタカナ表記のお名前と十二ケタのナンバーが刻字してある。
僕たち社員が携帯している社員証とほぼ同じものだが、社員証に入っている顔写真がないところが大きな違いだろう。
絢乃さんの会長ご就任が決まってすぐ、我がグループ傘下の〈篠沢セキュリティ〉から発行されたもので、僕はその前日、スーツを買いに行った帰りにカードができたと連絡を受け、その足で受け取りに行ってきたのだった。
「紛失されると再発行の手続きが面倒なので、くれぐれも失くされないようにお願いします」
お二人に言ったこの言葉は、実は僕自身の本音でもあった。受け取りに行った時、セキュリティ会社の担当の人からイヤというほど念を押されてウンザリしたからだ。
「分かりました。失くさないように気をつけるね」
絢乃さんが苦笑いしながらもそうおっしゃってくれた時、僕はホッと胸を撫で下ろした。彼女が「うるさい!」と機嫌を損ねるようなボスでなくてよかったなと思った。