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 ――その日の帰りには喪服姿だったのでどこへも寄れず、そのままアパートに帰った。昼食代わりだったはずの仕出し料理もあんな状況だったので食べた気がせず、まだ夕方にもなっていないのに空腹だった。

「あー、腹減ったな……。家に何か食うもんあったっけ」

 兄の出勤日なら店に食べに行こうと思っていたが、その日は兄も休みだと聞いていた。だからといって、喪服でコンビニに行くのも気が引けるしな……。
 そう思いながらアパートの外階段を上がり、玄関のドアノブを回すと鍵が開いていた。

「――よう、貢! おかえり!」

「兄貴、来てたんだ? ただいま」

 ドアが開いて出迎えてくれたのは兄だった。ちょうどよかったので、僕は兄に頼んで斎場から持ち帰ったお清めの塩を振りかけてもらった。

「サンキュ、兄貴。でもどうしたんだよ? 今日来るなんて俺聞いてなかったけど」

 部屋に入ると何やらいい匂いがして、僕の腹がグゥと鳴った。多分、この匂いはデミグラス系か?

「お前今日、篠沢会長のお葬式だって言ってたじゃん? 例の絢乃ちゃん? のお父さんだろ」

「うん、……そうだけど」

 確かにそうだが、絢乃〝ちゃん〟って。兄貴、会ったこともないのに馴れ馴れしくないか? 僕だって〝さん〟付けしかできないのに。

「んで、きっと腹空かして帰ってくるんじゃねぇかと思ってさ、メシ作って待ってたんだよ」

「そっか。んで、メシなに? 何かデミ系のいい匂いするな」

「お前の大好きなビーフシチューとポテサラ。今日()みいし、()ったけぇモンの方がいいかと思ってさ。ちゃんと白メシも炊いてあるぜ」

 いや、ポテトサラダは温かくないが。それを言いだしたらキリがないのでそこはツッコまずにいた。

「ありがとな。俺、ちょうど腹ペコだったんだ。仕出しも頂いたんだけど、雰囲気悪い中だからどこに入ったか分かんねえし。じゃあちょっと早いけど、食おうかな」

 僕はおいしそうなに匂いの誘惑に負けて、白旗を揚げた。兄は「ほいきた」と狭いキッチンに立ち、甲斐甲斐(かいがい)しく僕の食事の支度を始めた。

「――さ、たーんと食え! おかわりしてもいいぞ」 

「いただきまーす。……ん、美味い!」 

 ――僕は兄が作ってくれたビーフシチューで白飯をかきこみながら、この日正式に絢乃さんの秘書に任命されたことを兄に話した。

「そっかそっか、よかったじゃん? お前、これから忙しくなるな」

「うん。いよいよ、って感じがするよ」

 これから僕の新しい日々が始まるんだと思うと、何だか気が引き締まる思いだった。