「――桐島くん、ありがとね。あなたの機転のおかげで、絢乃があれ以上傷付かずに済んだわ」

 加奈子さんも僕と同じ気持ちだったようだ。本当はご自身がそうしたかったが当主というお立場上そうもいかなかったので、代わりに僕が行動を起こしたことを評価して下さった。……僕はただ、絢乃さんのヒーローになりたくてああしただけだったのだが。

「いえいえ。秘書として、あの状況ではああするのが最善だと思いましたので」

 とはいえ、秘書としてボスを守ろうと起こすアクションは誰でもそう変わらないだろう。たとえ僕ではなくても、ああいう行動に出るのが最も無難ではないかと思ったまでだ。

「うん、ホントにありがと。わたし自身、あれ以上あそこにいたら自分がどうなっちゃうか分かんなくて怖かったもん。連れ出してもらえてよかった」

 絢乃さんにも感謝されたが、こちらは僕が思っていた理由とは少し違っていたようだ。これ以上傷付きたくなかった、というよりはむしろ、怒り狂うと何をしでかすか分からなかったというニュアンスに聞こえたのは、女性が怖いと思っている僕の考えすぎだったろうか?


   * * * *


 ――それから一時間ほど経ち、係員の人が「火葬が終了した」と呼びに来られたので、絢乃さんと加奈子さんは収骨室へ行かれることになった。

「桐島さんはどうするの? 一緒に来る?」

 絢乃さんが僕のことを気にして声をかけて下さったが、他人の僕がご一緒するわけにはいかなかった。

「いえ、僕は表のロビーで待っています。お骨上げはお母さまとお二人でどうぞ」

「…………分かった。じゃあ行ってくるね」

「お帰りの際も、僕のクルマでお宅までお送りしますから」

 絢乃さんは「ありがとう」と僕にお礼を言って、お母さまと一緒にお骨上げへ向われた。この日も寒かったので、僕はそんな彼女と加奈子さんのために車内の暖房を効かせておこうと考えた。


 ――その帰り、僕は斎場へ向かう時と同じく絢乃さんと加奈子さんの親子を愛車の後部座席にお乗せした。
 加奈子さんは源一会長のお骨が入った小さな骨壺を(大きな骨壺だと重くなるので持って帰れない、という理由で小さい方を選ばれたらしい)、絢乃さんはお父さまの遺影を大事そうに抱えられていた。

「――井上(いのうえ)伯父(おじ)さまも、今日のお葬式に来たかっただろうなぁ。お悔やみのメールはもらったけど」

 絢乃さんが唐突に、僕がそれまで耳にしたことがなかったお名前を口にした。そういえば、亡くなった源一会長の旧姓は確か井上っていったよな……。ということは、源一会長のお兄さまのことかと僕には理解できた。