「前田さん、先輩が元気ないの気にしてるみたいでしたから。もしかしたら、先輩にその気があるんじゃないかな、って。いきなり恋愛は難しいかもしれませんけど、お友だちから始めてもいいんじゃないですかね」

「……桐島くん、ホントにお節介だね」

 先輩が呆れたようにそうコメントした。もしかしたら僕に怒っているかもしれない、と思ったが、次の瞬間彼女は笑っていた。

「すいません」

「ううん。ありがと。――あ、タクシー来たから、あたし帰るね。桐島くん、絢乃さんのことちゃんとお守りするのよ」

「はい、分かってます。先輩、今日はお疲れさまでした」

 こうして、小川先輩はタクシーに乗り込んで帰っていき――。

「桐島さん、いたいた! これから座敷で親族一同の話し合いなの。一緒に来て」

「あ、はい!」

 僕のボスである絢乃さんが呼びに来た。横で加奈子さんも「早く早く!」と手招きしていたので、僕はお二人の後をついていった。――ここからが、ヒーロー桐島の出番だ。あまりカッコよくはないかもしれないが……。


   * * * *


 ――葬儀後の振舞いの席とは本来、美味しい仕出し料理などを頂きながら、故人を(しの)ぶ場のはずである。が、この時の〝振舞いの席〟は違っていた。源一会長の遺言書の内容について話し合う場、といえば聞こえはいいが、その実態は加奈子さん・絢乃さん親子に対して親族が言いたい放題言う場になっていたのだ。

 僕も絢乃さんの秘書という立場で、彼女の隣でご(しょう)(ばん)にあずかっていたのだが、場の空気が悪すぎて料理の味が分からないどころか胃が痛かった。……胃薬、持ってくればよかったな。
 絢乃さんは何の感情も表に出さず、黙々と機械的にお箸を動かしていたが、お父さまの悪口に耐えかねてとうとう爆発してしまった。

「……………………うるさい」

「絢乃?」

「絢乃さん?」

「うるさいうるさいうるさいうるさいっ!」

 加奈子さんと僕が呼びかけると、血を吐くようにヒステリックな声で叫んだ彼女は過呼吸を起こしそうになった。こんな状態になるまで、彼女はストレスをご自身の中に溜め込まれていたのか……。俺の出番はここじゃないのか、桐島貢!
 このままではいけないと、僕は迅速に動いた。彼女の背中をゆっくりさすりながら、そっと深呼吸を促した。
そして、彼女をこの場にいさせるわけにはいかないと思い、退出して頂くことにした。

「……加奈子さん、絢乃さんの具合があまりよくないみたいなので、ちょっと外へお連れします。よろしいですか?」