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僕は課長から押し付けられていた残業を三十分ほどで片付け(多少おざなりにはなってしまったが、課長もパーティーの代理出席を押し付けた手前咎めることはなかった)、会社近くのカフェでパーティー開始時刻の六時まで時間を潰した。
そして夕方六時、会社に戻った僕は課長から預かった招待状で受付を済ませ(同じ総務課の同僚が受付に立っていたので、「代理出席ご苦労さん」と苦笑いされた)、会場入りしたのだが……。
「……俺、めちゃめちゃ場違いじゃん」
乾杯の音頭から一時間半。この呟きをもう何度繰り返したことだろう。
自分でも会場内で浮いている自覚はあったし、クルマ通勤している手前、アルコールを飲むわけにもいかなかったので(そもそも僕はアルコールが苦手であまり飲めないのだか)、上役から勧められる酒を断るたびに肩身の狭さが増していった。
ビュッフェに並べられた豪華な料理で食事も済ませたが、あまり食べた気がしなかった。
「……帰りにコンビニで何か買って帰るか」
さて、夜食は何にしようかなんてことをボンヤリ考えていた時だった。ふと鼻先を爽やかな柑橘系の香りがかすめ、一人の若い女性が僕の目の前を通りすぎたのは。
――それが、絢乃さんだった。
「誰だろう、あのコ。可愛い……」
僕は思わず彼女に見とれてしまった。フワフワにカールさせた茶色みがかったロングヘアー、上品なスモーキーピンクの膝下丈ドレスの上から白いジャケットを羽織り、おそらくは履きなれていないだろうハイヒールの靴で、速足に歩いていた。その様子から、誰かを探しているのだろうと予想がついた。ヒールの高さから正確な身長までは測れなかったが、百六十センチもないだろうとは思った。
もっとよく見てみれば、八の字に下がった形のいい両眉、クッキリ二重の大きな目に長い睫毛、大きすぎずスッと筋の通った鼻に、ピンク色のグロスで彩られたまだ幼さの残る唇……。まさに〝天使〟そのものの顔立ちをしている。
――と彼女のことをまじまじ眺めていたら、不意に目が合ってしまった。あまりにも熱心に見つめていたから気を悪くされてしまっただろうか?
ところが、目が合ったという気まずさは彼女も同じだったようで(後で知ったのだが、彼女の方も僕の顔を見つめていたらしい)、ごまかすようにニコリと笑いながらペコリと会釈してくれた。
その様子が何だか微笑ましくなり、僕も丁寧なお辞儀を返したのだった。